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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
247/292

夷草の唄 8.

桜南の監督は無意識にベンチから立ち上がっていた。

この一年生チームはまだインターセプトの技術が無い上に、フルコートプレスも知らない。

高いパスを回されると手も足も出ないのが見ていて判る。

これではスリーポイントシュートを未然に防ぐ手立てがない……となると手段は一つ、あの32番のマークを代える。対応できる選手の個人技に頼るしかない。

誰を付けさせるか。

ゴール下では柳井美岬が26番、房生舞衣が24番でそれぞれ手一杯。

外は月ヶ瀬寿々音が例のスリーポイントシューター32番をマーク、そして湯澄まりもが30番。

シュート自体がほとんど無い28番に付けているのが悪虫愛彩、マークを代えるのはここしか無いか。

桜南の監督はベンチから更に前へ出た。


「悪虫、32番に付け! 月ヶ瀬は28番だ! ディナイしっかり!」


愛彩と寿々音は監督の方を見て頷いた。

二人とも自分のマッチアップ相手に向かって小走りで位置を代える。

寿々音が28番川村の横に立ち、ボールを目で追いながら言った。


「ねーねー、舞衣のお友達さーん、」


川村はチラッと寿々音を見たが、うるさそうな表情をしてすぐにボールの行方へと視線を戻した。


「ねーったらねー、ディナイってなーに?」

「え!?」


再び寿々音の顔を見た川村だったが、無視して寿々音から離れる。


…試合中でしょ! 無駄口なんか聴いてたら外されるのよ!


「むー。」


寿々音は少し不機嫌そうな顔を作ると、追いかけるように川村とゴールの間に走り込んだ。

そして川村と向かい合うと、パスが受け難くなるように両手で邪魔する。

川村は寿々音のしかめっ面が妙に面白く、思わず吹き出しそうになった。


…この16番の人、ちゃんと仕事するのね。ディナイ出来てるじゃない。


ゴール下では24番染谷のシュートを舞衣がブロックしていた。

やはり反応も高さも凄い選手だ、と染谷は改めて驚く。

こぼれ球を26番がキープ、すぐさま外から32番前川が呼んだ。


「イッコ、後ろ!」


26番は素早くターンしつつパスを出す……が、これを美岬がスチール。

それを見てマリモがフロントコートへと走り出した。

もつれそうになる足を必死に前に出すマリモ。


…一つゴール、足重いけど一つ、なんとかしなきゃ……


少し遅れて愛彩も走り出す。

美岬はロングパスのモーションに入りながら思った。


…ん? 舞衣はどこだ?


いつも攻守が入れ変わった瞬間真っ先に走り出す舞衣が視界に入らず、美岬は愛彩にパスを出した。

そして自分も走り……出そうとした時、舞衣がまだゴール下に突っ立っていることに気付いた。


…え?


ブロックに跳んで着地した後、舞衣はそこから一歩も動いていなかった。

彼女は首をやや下に傾け、両手をだらりと下ろしたまま佇んでいる。

カウンターのチャンスを逃すわけにはいかない、と思った美岬は舞衣を無視して走り出した。


カラン……コロコロコロ……


中二階ギャラリーの床に缶飲料が転がり落ちた。飲みかけの中身がトクトクと溢れる。

狩野かのうは柵に乗り出すようにバスケットコートを見た。

彼の顔から血の気が引いていく。


…む、紫!


その『光の帯』は確かに紫色だった。

体育館の床からいきなり伸び出し、房生舞衣の頭部辺りを包み込んだかと思うと、直後、消えた。


『狩野君、ちょっと手が足りなくてね。手伝ってもらえないかな』


そして、テレパシーが入って来る。


…いつの間に!


自分の後頭部の辺りに『紫』が出現していることに気付く。

それは数十センチ先で消え入るように途切れていた。

この思念の感覚、間違いない。

奈執志郎なとりしろうだ。

あまりにも突然のことに、狩野は対応に窮した。


『な、何が……何をした、んですか、房生に』

『関係無いでしょう、君には』

『う、だって、大丈夫なんですか、あいつ』


舞衣は今もゴールの下に立ったまま微動だにしない。


『どうかなぁ。自分で帰ってこられるとも思えないし、あのままかな、一生』

『一生って、待て……待って下さいよ! どうして、何で房生を、房生が……』

『そうだねぇ、そうそう、関係無いね、オレンジの君は』


テレパシーのやり取りは五秒くらいだっただろうか、再び紫の『光の帯』がバスケットコートに現れ、舞衣の頭部に透過した。

舞衣がふらっとよろけて、急に辺りを見回し始めたのが狩野に見えた。

そして、『紫』はすっと消えた。


『帰ってきたよ、彼女。さて、来てくれるよね、私の所へ、狩野君』


帰ってきた、ってどういうことだ?

彼女に何をしたんだ?

人質のつもりか。

いつでも殺せるということか。


『別に脅す気なんかないですよ。狩野君とオレンジちゃんは何も関係無いのでしょう?』

『……ちっ、思考がだだ漏れか。言われなくてもあんたを探すつもりでした』


その時、体育館の外に面している扉が勢いよく開いた。

そこに立っていたのは黒いスーツ姿の女性警官とサッカー部の生徒、風見かざみ巡査と紅河淳くれかわあつしだった。

二人とも中二階を睨み付けている。

二人が見つめる中、狩野のシルエットはゆらめき、そして消えた。


「『紫』も見えなくなった。奈執も狩野も、もうここにはいないわ。」


風見の言葉を聞き、紅河はサッカースパイクを脱ぎ捨てると、ずかずかと体育館に入って来た。


「ターイム! はいちょっと中断で!」


主審をしていた桐山きりやまは紅河の言葉に驚いた顔をし、そして桜南の監督に視線を向けた。

紅河は無遠慮にもどんどんコートの中に入ってくる。

風見も体育館へ上がってきた。

桜南の監督が紅河に走り寄り、言った。


「なんだ、どうした紅河。」

「どうしたじゃ無いっすよ先生。気付いたでしょ、舞衣ちゃんの様子がおかしいことに。」

「ん、ああ、まあ、動きが止まってたな。どこか痛めたなら交代させるか考えたが……」


紅河はため息をつき、Tシャツの腹の部分でごしごしと顔の汗を拭った。

そして、そのまま風見と一緒に舞衣のところへ走り寄る。


「房生さん、何があったの?」

「あれ、やっぱり風見さんだ! どうも、久しぶりです。」

「ご無沙汰ね。それよりも、どう? なんともないの?」

「え、と、なんだろ、立ち眩みかな、ジャンプしてブロックして、その後なんかふらってして……砂嵐みたいに目が霞んで、だんだん目の前が暗くなって、目を開けようとしたけどなんか出来なくて、でもすぐ目が開けられて、もう平気です。」

「砂嵐?」

「私あんまり目眩とかしないんですけど、チラチラチラって目が、あ、ザラザラザラ、かな、ホラー映画に出て来そうなテレビ画面みたいなやつ。」


…迷走神経反射とは違うようね。


それは使い手が能力によって起こす失神の過程には見られない症状だった。

調べてみないと何とも言えないが、奈執は舞衣を失神させたのではないらしい。

その証拠に、その数秒間、舞衣は倒れずに立っていた。


「あの……」


愛彩が紅河の後ろから声を掛けて来た。

彼女は開きかけた口を閉じるとチラッと風見の方を見た。どこか助けを求めるような目だ。

それを見て、紅河は察した。

恐らく見えたのだろう。普通の人には見えないものが。

紅河は愛彩を体育館の隅に連れて行った。


「何か見えたのか?」

「はい、あ、あの人、湖洲香こずかさんの?」

「うん、代わりの警察の人で、風見さん。能力者だ。」

「……きらきら、紫の光っこで、でもいっとまがで、うぬうぬどはっけで……」

「えっと……ごめん、もうちょい東京弁よりで。」

「あ、見えだけど、光っこ、紫の、あっという間で走らないとって、負げでるし、ちょっとオフェンス遅れで。」

「一瞬見えたけどすぐ消えた、ってこと?」

「うん。」

「他には?」

「それだけ。」


紅河は風見が透視した時の発言と併せて状況を整理した。

まだ愛彩にはいくつか聴いておきたいことがありそうだ。


「わかった、ありがとう。後で少し時間もらえるか?」

「はい。」


風見の要請で舞衣は試合から抜けることとなった。

大丈夫だ、と食い下がる彼女を説得するのは骨が折れたが、使い手に何かされたとあっては精密検査を受けさせなければならない。

風見の職務上紅河を学校に残すわけにもいかず、彼も早退させ、三人は県警に向かった。


試合再開直前、コート上で城槍の川村亮子が心配そうにつぶやいた。


「どうしたんだろ、舞衣……」


それを横で耳にしていた寿々音が言う。


「舞衣ぽん、わりといきなりサボる風味。」

「ちょっと、舞衣は馬鹿が付くくらい真面目だよ。同じチームにいてわからないの? あなた。」

「あなたじゃなーい、りんりん。お友達さんは?」

「え、川村、川村亮子。」

「真面目っ子全開なの知ってる。だけどなんか謎の休み時々する。お亮ちん、なんか知らない?」


…お、お亮ちん?


「んー、お婆ちゃんと二人暮しだから、いろいろあるのかなぁ、舞衣……」

「むみゅ!?」


寿々音は変な声を出し、頭のツインお団子を両手で掴んだ。

何か考えているのか、妙に真剣な表情をしている。そして、おもむろに言った。


「お亮ちん、今度さー、一緒に舞衣んち行こっか。」

「ふぇ?」


今度は川村が変な声を出してしまった。

その時、試合再開のホイッスルが鳴った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


美馬詠泉みまえいみの実家は吉野川を上流方向へ登った山間の農家だった。

八十半ばの両親は二人とも健在だったが、玄関口で碓氷うすい巡査を目にした時、父親の方が急に険しい表情になった。


「あれとはもう縁も無かけん、帰れぇ!」


それはどこか腑に落ちない反応だった。

インターフォンで警察庁刑事局の者だと名乗った時は二人揃って玄関口に出て来たのだ。

それを、碓氷の姿を見た途端、父親が表情を変えたのだった。

そして、父親は家の奥に戻ってしまった。

困ったような顔で玄関にとどまっていた母親は、碓氷を玄関に招き入れると一段高くなっている玄関間に彼を座らせ、お茶を運んで来た。


「こらえてなぁ、あんないがらんでも……何のご用で?」


碓氷はまず美馬の夫について聴いた。

夫は婿養子で結婚後すぐに関東を離れ、この実家の農業を継いでいたらしい。

当時、厚労省指定病院に勤務していた詠泉は息子の出産を機にしばらく実家に身を置いていたが、出産後すぐに東京へ戻った。


「あん人も、普通の子が生まれよった言うて喜んじょったに……」

「普通の子?」


母親の話では父親に霊感体質があるらしく、それは娘の詠泉にもあったとのことだった。

人のオーラがはっきり見える体質で、その力は“魂の光”をも透視するのだと言う。


…間違いない。クレヤボヤンスの能力者だ。


だが、碓氷の透視には父親の魂は明滅しては映らなかった。

そのため非能力者だと思っていたが……父親が急に機嫌を損ねたのは、おそらく碓氷が能力者だと気付いたからなのではないか。

だとすると、父親は能力者の存在を知っていた?……でも、どうして知っているのか。

娘の詠泉にも仮に透視能力があったとしても、記録では非能力者として刑事局のデータに残されている。


「それな、詠泉が東京で就職した少し後やったか、小松島の魚市場にあん人と詠泉が買出しに行きよってな、事件に巻き込まれたんじゃ。」


…美馬詠泉の就職となると、三十年以上前……ん、孫の恒征こうせいが生まれる前なら三十一年より前か。


「魚市場で働いとった、確か、渋木さん言よったか、魂がはみ出す人言うてな……」


…渋木!? 魂がはみ出すだと!?


思いも寄らなかった。ここで渋木という名を耳にするとは。

詳しく話を聴くと、どうやら渋木という男性は能力者、それも使い手だった可能性が高かった。

それを目にした美馬の父親と娘は『普通ではない特異体質の人』という認識を持ったらしい。

その後父親は、霊を透視する自分や娘から禍々しい遺伝子を受け継いでいないか、孫の恒征を心配したのだろう。

まだ渋木夫妻が第一子の遥子ようこを産む前の話だが、これを聴いて碓氷の頭にはあることが過った。

それは、このような四国の地でなぜ渋木遥子の傷害事件が目を付けられたのか、使い手の事件としてマークされたのか、ということだった。


美馬詠泉が渋木の父親を能力者としてマークした、とはさすがに考えにくい。

なぜならまだ刑事局が『能力者狩り』の方針を秘密裏に打ち出す前であり、詠泉自身も能力者を熟知するのはもっと後の話だ。

だが、詠泉の頭の片隅にあったのだろう。

渋木に娘が生まれたこと、そして後に渋木の父親が亡くなったことが。

どこにでもあるような渋木遥子の傷害事件が、美馬詠泉によって能力者聴取に掛けられたことに繋がったのだろう。


美馬詠泉と実家との考えの隔たりは、帰郷の素振りもなく孫息子も農家を継がせる気はないとの意思表示もあり、結果的に離婚へと繋がってしまった。

婿養子の詠泉の夫はこの実家に残ったが、詠泉が『無人テロ事件』を起こして自殺したと連絡を受けてから、孫の恒征も縁を切られたも同然とされた。

以降、詠泉の夫が亡くなった後も恒征が呼び戻されることは無かったと言う。


碓氷は小松島の魚市場で起こったという事件について聴くため、父親と話をさせて欲しいと頼んだが、結局会ってはもらえなかった。

『光の帯』が見えている父親に、精神感応を仕掛けるわけにもいかない。

碓氷は美馬の実家を後にすると、小松島警察署の事件記録を洗うため、再び小松島市へ車を向けた。

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