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灰色男と恋わずらい  作者: 榊原啓悠
幻想の裏側
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第二十五話

 時刻は午後四時を過ぎ、太陽も西へ傾いていく中で、静間達は家主の書斎と思われる部屋の壁にある回転扉の奥に目的の手記を見つけた。

「やっと見つけた…。忍者屋敷かよ、ここは」

「まったく同感ね。こんな汚い手帳を三時間近くかけて探したのだと思うと、ホントムカつく」

 ぼやきながら手帳を開くと、そこには手書きのメモ書きの羅列がびっしりと書き込まれていた。読めやしない、と早々に覗き込むのをやめたあきらとは対照的に、静馬は食い入るように読み込んでいく。

「静馬、読めるの? それ」

「僕も字が下手だから、何となく読める」

 ざっと目を通して、一瞬の沈黙の後に、静馬はぱん、と音を立てて手帳を閉じた。

「やっぱり、アレは麻倉香織の人格を上書きしただけの別人だ」

 覚悟していたこととはいえ、あきらの心に影がさす。それでも今は前に進むのだ、という決意が、彼女を支えた。今はまだ、終わった後のことは考えない。

「…でも、人格の上書きだなんてこと、普通できないじゃん」

「そこは財団の謎技術なんだろうけど…。あ、でも人格の上書きは僕も含めた改造人間に用いられる洗脳技術が発展したモノらしいよ」

 またもや謎のワードが飛び出し、タジタジといった様子のあきらに補足説明をしようと口を開いたところで、静馬はふと悪い想像をした。


 改造人間に深く関わりすぎたこの少女は、今夜やって来る財団の刺客に消されてしまうのではあるまいか?


 ありえない話では無い。それどころか、佐条あきらの処遇はそれ以外に無いとも言える。自分が死ぬのは構わなかったが、どこか妹に似たこの少女が、理不尽な理由でその命を散らすのは許容し難く感じた。

「……ありもしない情が移ったかな」

「へ?」

「いや、別に。――なぁあきら、一つ約束してくれるか」

「……なに?」

「改造人間だとか財団だとか、そういうことは全部、金輪際誰にも言わないって誓ってくれ」

「……大丈夫、誰にも言ったりしないから」

 穏やかな表情で告げるあきらだが、内心恐怖を抱いてもいた。静馬の言うことをそのまま裏返せば、『言えばただでは済まない』ことに相違無いのだから。

「じゃあ簡単に説明するよ。この場合の洗脳っていうのは、改造人間の強力な力を制御するための追加設定みたいなモノでね。例えば、クライアントの意向に無闇に逆らったりしないように人格の調整を行ったり、本来できるはずのない運動をするための電気信号を脳から発することができるように手を加えたりすることなんだ。ちなみに、僕には洗脳がイマイチかかってないらしい」

 丁寧に説明されても、何の予備知識もなく突然そのようなことを言われてすぐに理解出来るはずもない。あきらは説明を反芻して理解するのに数秒を要した。

「って、クライアントって何? そもそも改造人間って何のために造られたの?」

「西島が言うには、財団っていうのは改造人間みたいな危険な技術を研究開発する組織で、最終的な目的は平和利用なんだと。でもそれだけじゃお金とか厳しいから、改造人間は武力として販売されてるみたいだね」

「販売って、誰に」

「ヤクザ屋さんとか、企業のトップとか、小規模なゲリラ部隊とか」

「そんなの人身売買じゃない……! いや、それより酷いよ!」

「そこは、僕みたいな勤め先も無くフワフワしてるような奴を捕まえて改造するんだよ。なるべく誰の心も痛まないようにね」

「そんなの勝手すぎる!」

 およそ人道的とは言えない所業にあきらが正義の怒りを燃やすのに対し、静馬は説明中、一貫して冷めた態度をとっていた。そういう人もいるんだな、と諦めているからである。その身に刻まれたヒトの悪意が、静馬から正義感を奪い去っていた。

「僕から言えるのはこれぐらいかな。質問は受け付けるよ」

 それじゃあひとつ、とあきらが口を開こうとしたその刹那、静馬は半ば本能的にこちらに向けられる尋常では無い殺気を知覚する。そしてその殺気に飲み込まれそうになる最中、静馬は確かに、声を聞いた。


「みぃつけたぁ」


窓が、弾け飛んだ。


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