第二十四話
目に映るモノ全てから色彩が失われ、生きている実感すらも失っていく。撫でられることで得ていた僅かな安心感も全て消え去っていき、今、佐条あきらに残されたモノは深い悲しみと絶望だけだった。
「彩乃も、香織も、麻倉家の人たちも。みんなみんな、死んだ」
ふらふらと立ち上がって、あきらは部屋のドアノブに手をかける。静馬はそっと後ろから近づいて、少女の名を呼んだ。
「……なに」
「いや、大分まいっているみたいだったからさ。大丈夫かなーと」
「……放っといてくれる? アンタの言葉って軽すぎて、全然心に響かないし」
僅かに振り向いた少女の瞳からは、先程までの光は失われ、深い絶望に包まれていた。
「……せいぜい、僕みたいにならないことを祈ってるよ」
※※※※
広い麻倉邸を徹底的に調べ上げるのならば、二手に別れて捜索するのが最も妥当な方法である。しかし動きから精細を欠いてふらふらと彷徨う少女が相方では、その方法は使えない。静馬は当初の予定を変更して、佐条あきらを連れて屋敷を探索することにした。
住人が今や誰もいなくなった空っぽの屋敷は、平日の昼間だというのに夜の帳に包まれたかのような静けさを保っている。使われていない部屋も数多くあるようで、家具の一つも置かれていない場所すらある。
先程までやかましいくらいに話しかけてきた少女も、今では魂が抜けたようにふらふらと歩くばかり。静馬もやがて急に黙り込んだあきらを気遣うことをやめて、黙々と家宅捜索を行った。
本やパソコンをいじりながら黙々と何かを探す静馬をぼんやりと視界に捉えながら、あきらは楽しかった思い出を振り返っていた。
初めて出会ったとき
双子の誕生日にプレゼントを一つしか持っていかず、ケンカを誘発させてしまった時
香織に初めての彼氏ができた時
彩乃がフルートのコンクールで金賞をとった時
だが、そんな幾多の思い出の中の少女は、もはや自分だけになってしまった。
底のない喪失感に、身体を支える力さえ奪われる。壁に寄りかかると、その冷たい感触がまるで今の自分の心のようだ、とあきらは自嘲じみた苦笑いを浮かべた。
「あきら、大丈夫か?」
手近な本棚を調べ終えた静馬が少女に歩み寄る。だが当のあきらは、それに応える気力も失っていた。本人も気付かないうちに床に膝をついていたあきらを、静馬が眉一つ動かさず、まるで作業のように抱き起こす。
そこに、優しさが介在する余地など存在するはずも無い。静馬の胸中に渦巻くのは、自責の念だけ。絶望に暮れる少女の顔に、守ると約束した妹の面影を見る度、その念は強くなっていった。
「静馬はさ」
「うん?」
「脳みそ、入ってるんだよね」
「……中枢神経といくつかの内蔵は生身のままだよ」
でもさ、と短く前置きをして、あきらは一息に言い放った。
「あんたって、ロボットみたい。心が無いっていうか、違和感があるっていうか。……案外、人間だと思い込まされてるロボットなんじゃないの?」
あきらの言葉に言い返すでも無く、合意するでも無く、静馬は人形めいたその顔に微妙な表情を浮かべた。
「どっちにしろ、僕はあの改造人間と決着をつけなきゃいけない。もし僕がロボットだったとしても、今はそれを確認する手段なんて無いし、そもそもそんなことは重要なことじゃない。僕は、僕の心に従って行動してる」
「……あんたに心なんてあるの?」
「さあ? でもさ、例え、それがただのプログラムだったとしても、それを信じるしか無いんじゃないかな」
今にも消えてしまいそうな笑顔を浮かべてたたずむ目の前の少年の言葉に心を揺さぶられる。佐条あきらは、桐谷静馬の人生に、少しばかり興味を持った。
「……ごめんね。静馬は人間だよ。ロボットなら、そんな言葉、出てこない」
「改造される前も、よくロボットとか人形とか言われてたから、別に気にしなくていいよ」
「ありがと。ちょっとだけ元気出たよ、静馬。今はしょげかえってる場合じゃないもんね。あいつの正体を暴くためにも、何か一つでも証拠を見つけないと」
瞳に光を取り戻し、少女はその小さな口を真一文字に結んだ。失った友を悼むより、残った大切なモノを守る覚悟を決めたのだ。それは、死を悼むことを先延ばしにしただけともとれる、危うい覚悟。未だ幼さの残る少女の瞳に危うく揺れる炎を見て、静馬はそっと頭を撫でた。
「な、なんで撫でるのっ」
「あはは。僕にはそんな覚悟を決められなかったから、偉いなぁと思ってね」
頭に乗せられた少年の手を振りほどこうとして、その冷たさに驚いてあきらは僅かに後ずさる。戸惑う少女のそれより遥かに脆く、摩耗した心を抱いて、静馬は探索を再会するべく、少女に背を向けた。




