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白き黒豹~老害と呼ぶならお好きにどうぞ  作者: 秋月 忍


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7/16

日記

 セバスが持ってきた日記の表紙をメアリーはそっと撫でる。

 革の張られた表紙は、かなり黒ずんでおり、使い込まれているのが見て取れた。

 眼鏡をかけ、開いてみると、どうやら最初のページは三年前。ちょうどメアリーの夫リチャード・ラスカルゴの葬式から戻ってきたばかりの日付だった。首都を離れていた間の仕事が溜まっていて多忙な様子が見て取れた。

 几帳面な字だが、ほんの少し癖のある字。

 エリックとは離れていても、折りあるごとに手紙のやりとりはしていた。もっとも嫁のユキアの方がもっと頻繁にメアリーに文をくれた。メアリーの勝手な思い込みかもしれないが、ユキアはメアリーを慕ってくれており、日々の小さなことまで連絡してくれたものだ。


 〇月〇日。

 母から葬式の参列にたいしての礼状が送られてきた。

 これを機会に首都に来るように誘ったことに対しては丁寧に辞退すると書かれていた。まだ、父と離れたくないのだろう。

 とはいえ、いずれこっちに呼び寄せたほうがいいのではと、ユキアも心配している。もっとも母は大丈夫だろう。あの人はどんな状況でも楽しみを見つけて生きていける人だ。もし残ったのが父の方だったのなら、すぐに後を追ってしまいそうだけれど。


「そうかも……しれないわね」

 メアリーは過去のエリックの言葉に頷いた。

 夫が亡くなった時、辛く悲しくはあったが、絶望はしなかった。さすがにメアリーが先に逝っても、夫が絶望して動けなくなったとは思わないが、実は誰よりも寂しがり屋であったのは間違いない。

 そんなことを考えながら、メアリーは息子の心の中を覗いているような後ろめたさも感じた。日記は人に見せるために書いているものではない。親兄弟であっても、あまり見られたくはないだろう。

「ロクスタン男爵はなぜこれを?」

 ふと、メアリーは疑問に思う。彼の姉であるユキアが書いたものであれば、故人を偲んで読みたいと思うこともあるだろう。が、これを書いたのはエリックである。そもそもユキアからの手紙から感じるロクスタン男爵とユキアの関係は、あまり親しいとは言い難いものだった。

 メアリーはぱらぱらと後半のページをめくる。


 △月〇日

 職場の執務室が荒らされていた。アルコル文書を捜しているのか。伯父上に連絡をし、秘密裡に捜査を願う。


「何、これ?」

 エリックは結婚を機に軍を辞め、法務省につとめ、現在は大臣職にあった。だから職場の執務室というのは、いわば省庁が荒らされたということになる。コソ泥が入った、なんて簡単な問題ではない。狙われたのはおそらく機密書類であろう。

 メアリーは前後の日付を読んでいく。

 どうやらアルコル文書というのは、エリックが視察中、馬車の横転事故に巻き込まれたときに、偶然、手にした書類をさすようだ。

 かなりの機密事項なのだろう。私的な日記といえども慎重な記載になっており、詳細はわからないが、どうやら人身売買に関するリストで、そのトップにいるのは、かなりの重要人物と思われた。エリックはその『アルコル文書』をどこかに隠し、真相を探っていたと思われる。

「ということは、ロクスタン男爵は、『アルコル文書』のヒントを得るためにこの日記を?」

 金庫を開けようとしていたのもそのためなのだろうか。

──でも、あの子が家庭にそんなものを持ち込むとは思えない。

 エリックは公私を分けるタイプだった。厄介ごとの種をわざわざ家に持ち帰るだろうか? それに、大切な証拠品ならなおのこと、省庁に保管するほうが安全だ。

「男爵の意図は別な気もするわ」

 私欲の塊のようなロクスタン男爵だから、金をちらつかされれば、コソ泥のような真似をしてもおかしくないが、あまりしっくりこない。やっていたことが稚拙すぎるからだろう。

 メアリーはページを繰る。アルコル文書にまつわることの合間に、ユキアとの話が記されていた。どうやら、ユキアがメアリーに手紙で相談してきた内容のようだ。


 ユキアから母が多少の金を男爵にくれてやって縁を切ろうと書いてよこしたと言っていた。私もそれがいいと思うが、ただ、誓約書を書かせたところで、あの男がそれを守るかどうかは信用できない。魔術誓願をさせるべきだろう。ユキアも賛成するとはいっていたが、内心はきっと複雑に違いない。なんにしても、レイハスさまに相談しなければ……。


 レイハスというのは、宮廷魔術師でメアリーもよく知っている。魔術誓願というのは、『契約』に関する高度な魔術で、扱えるものが少ない。確実に誓約させるためにレイハスに頼もうとしていたのだろう。なお、魔術誓願に関する内容に反しようとすれば、契約者は苦痛にのたうつことになる。

 レイハスに会うとの記載は亡くなる十日前。魔術誓願をしたかどうかの記載はない。

「金を渡したのであれば帳簿でわかるし、魔術誓願をしたのであれば、請願書を金庫に入れる可能性はあるわね……」

 うだうだ考えているよりも、見てみる方が速い。メアリーは腰を上げ、エリックの仕事部屋に向かった。

 廊下を歩いていくと、エリックの部屋の扉から光が漏れている。メイドが男爵によって散らかされた部屋を整えているのだろうか?

 それにしたって、既に就寝時間だ。部屋の主人は既にいない。こんな時間まで清掃する必要はないだろう。

 不審に思い、メアリーは足音を忍ばせ、扉の陰から中をのぞく。

 金庫の前に人影があった。

「どなたかいらっしゃるの?」

 メアリーはわざとらしく中に声をかける。

「お、大奥さま」

 右手を後ろに隠しながら、おどおどとした表情で彼女、オリヴィア・ダランドが振り返る。

「ちょっと授業の用意で資料をお借りしようかと」

 彼女はにこりと微笑むと、右手を振りかざして、メアリーに襲い掛かった。

 



お読みいただきありがとうございます。たぶん、明日は更新できません。

今日は、これから『ちいかわ』の映画を見に行きます……

次回更新はたぶん月曜日以降です。こんなところで止めてすみません(;^_^A

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