オリヴィア・ダランド
本日二本目
メアリーとウォルクの二人の夕食会は、和やかな雰囲気で進んだ。
病み上がりであるウォルクにあわせ、メニューは質素であったが、長旅をして疲れたメアリーの胃にもその方がありがたかった。
食堂での食事は、喪失感を感じさせてしまうのではないかと周囲は危惧していたようだが、メアリーがいることで気がまぎれたようだ。
結局のところ、無理をして平気なふりをする必要もないが部屋にこもっていては余計に考えに沈んでしまう。
少しずつ新しい日常を作っていって、痛みが薄れるのを待つしかない。
ただ、何が正解なのかはわからないから、周囲の大人が注視して守っていかなければと、メアリーは思う。
それからロクスタン男爵一家がいなくなったのも、ウォルクの心を軽くしたようだ。腐ってもウォルクの叔父と思い、穏便に追っ払ったメアリーだったが、少々温情が過ぎたのではないかと、反省する。
ロクスタン男爵とすれば、ウォルクを手なずけ、いいように操る魂胆だったのだろう。
「セバス、少しいいかしら」
夕食を終えて、ウォルクを部屋に送った後、メアリーは家令のセバスを部屋に呼んだ。
「あの家庭教師のオリヴィア・ダランドって、どんな人なの?」
「ダランド子爵家の三女で、王立女学校を優秀な成績で卒業したと聞いております。二年ほど前からこちらに住み込みで働いておりますが勤務態度はいたってまじめですね。休みの日にはよく街にでかけているようですが、個人的な交友関係について聞いたことはございません」
メアリーの為にシャンパンをグラスに注ぎながら、セバスは答えた。
「ロクスタン男爵家と何かつながりとかあったりするかしら?」
「よくは存じません。ただ、ダランド家の経済状況はあまり思わしくはないという話は聞いております」
セバスからグラスを受け取ると、メアリーはグラスを揺らした。
「まあ、美味しい。素敵ね」
「お好きでいらしたと記憶しておりましたので」
セバスはにこりと微笑んだ。
「あなたや、アンリのように私に面識のある使用人はともかく、そうでない者の中には、私がロクスタン男爵家を追い出したことをよく思っていなかったりするかしら?」
いくら元侯爵夫人とはいえ、二十年も顔を出さなかったメアリーだ。ロクスタン男爵の方がウォルクの後見人に相応しいと思っている人間はいるかもしれない。
「あのような品のない方々に好意を抱くものがいるとは思いたくはないですけれども──」
ふうっとセバスはため息をつく。
「大奥さまと、ロクスタン男爵のどちらにつくのが正解なのか、決めかねている使用人はいるかもしれません。もっともご到着の折のやりとりを見れば、あちらにつく阿呆はいないと思いますけれども」
セバスは思い出したように口の端を上げた。
「男爵も『プラチナ』のスウィートを差し出されたなら、大奥さまの悪評を流しようがございませんし」
「少し大盤振る舞いが過ぎたとは思うわ」
ウォルクの心に毒を植え付け、不安をあおった男だ。それこそ、本当に刑務所に放り込んでも良かった気がする。
「話は戻るけれど、あのダラントって子、男爵がウォルクに暴言を吐いた時はフォローしなかったみたいなのに、私には何かと不満があるみたいだったわ。虐待しているとまでは思わないけれど、ウォルクも彼女の顔色を疑うようなところが見受けられたの」
「アンリを呼びます。私よりは知っていることもあるでしょうから」
セバスは呼び鈴を鳴らした。
「こんなことは申し上げたくはありませんが、彼女はメイドの間の評判はよろしくありません」
部屋に現れたアンリは、メアリーの問われて、言いにくそうに口を開いた。
「へえ。付き合いが悪いの?」
家庭教師は、メイドたちより一ランク上の扱いになる使用人だ。給金もよいため、やっかみがあってもおかしくはないし、逆にダラントの側からも、メイドたちを下に見ていても不思議ではない。
「それもございますが、授業以外の時間もウォルクさまにべったりのことが多く、ウォルクさま付きのメイドを追い出したりすることも多いそうなので……」
アンリは肩をすくめた。
「特にここ数日は、ウォルクさまの看病を一手に引き受け、メイドを寄せ付けないようにしていたそうです」
「まあ」
両親の訃報を聞いてショックを受けたウォルクを守りたい一心なのかもしれないが、やりすぎに思える。ウォルク付きのメイドが虐待でもしているなら話は別だが。
「なんにしてもウォルクが懐いているのであれば、引き離すのは気が引けるけれど、しばらく距離を置かせた方いい気がするのよね」
彼女といるとウォルクが余計に不安定になるようにメアリーには思えてならない。もっとも彼女は単にメアリーに反発しているだけなのかもしれないが。
「私の過去を知っていて単純に怖がっているだけなら、まあいいのだけれど」
「怖いだなんて。大奥さまと大旦那さまは、この国の英雄ですのに」
アンリはムッとしたような顔になる。
「ありがとう。でも、今はもう、ただの老婆よ。老眼で書類を読むのもままならなくなってしまったもの」
くすくすとメアリーは笑う。
「セバス、告別式が終わったら、後見人の手続きができるように手配をお願い。そういえば、男爵一家は何か持ち出そうとしていた?」
「夫人の方は、例によって貴金属を持ち出そうとしておりました。男爵の方は、旦那さまの日記を持ち出そうとしたようです。本当は金庫をあけようとしていたようですが、さすがにそれはかなわなかったようです」
「日記?」
メアリーは首を傾げた。不動産や金融の書類を漁ることは考えていたが、日記とはどういうことだろう。日記に、何か金になるようなことが書いてあるとでも思ったのだろうか。
「その日記を持ってきて。読んでみるわ。アンリもご苦労だったわね。ゆっくり休んで」
「承知いたしました」
二人が部屋を出ていくのを見送ると、メアリーは飲みかけたシャンパンのグラスをそっと机の上に戻した。




