ウォルク 2
九歳は幼いとはいえ、既に世の中の仕組みをうっすらと理解しかかっている年齢だ。言動からもかなり早熟で、両親を亡くした今、自分がラスカルゴ家の当主として生きて行かなければいけないという使命感も理解しているのだろう。
両親を亡くしたショックも大きいが、その肩には抱えきれないほどの重圧がかかっているのかもしれない。
その不安につけこみ、ロクスタン男爵は毒を吹き込んだ。自分が喪主の座につき、ランドル侯爵家の実験を握ったと世間に知らしめたいと思ったのだろう。
「キーラ、先生。少し外していただける? ウォルクと秘密の話がしたいから」
「お待ちください。坊ちゃまは人見知りが激しいのです。あまり知らない方と二人きりなんて!」
家庭教師のオリヴィア・ダランドが間髪を入れずに反発した。キーラの方はダランドを横目に見ながら「承知いたしました」と頭を下げて、部屋を出ていく。
「あまり知らない……まあ、そうね。先生はいつもそうやってウォルクを守ってくださったのね。当然、ロクスタン男爵との時もそのように守っていただいたのでしょう」
メアリーはにこりと微笑んだが、その目を見た家庭教師の顔は青ざめた。
「ウォルクがそのほうがいいなら、それでもいいわ」
メアリーはウォルクに向き直る。
ウォルクは、ちらちらと教師の顔を伺っているようだ。精神的に依存しているというより、支配されているのではないだろうか。そんな危惧がメアリーの中に生まれたが、それを話すのは今ではない。
メアリーはダラントを無視して、まっすぐにウォルクをみつめた。
「ウォルク。大切な人を亡くした時、怖いと思ったり、悲しくて泣いたりすることは大人でもすることなのよ。私も立っていられるかわからないの」
メアリーは秘密を打ち明けるように小声で話しながら、ウォルクの手に触れた。まだ小さくて可愛らしい手だ。
「あなたがおうちにいたいというのなら、それでもかまわない。でも、私はあなたに一緒にいて欲しいと思います。お祖母ちゃん一人では、お父さまたちを天国に送り出せないかもしれないから」
「でもボク、きっと泣いてしまいます。立派な大人みたいなことはできないから、みんなが困ってしまうって……」
「お別れで泣くことは恥ではなくってよ」
メアリーは首を振った。
「それはそれだけウォルクがお父さまとお母さまのことが大好きだったってことだもの。お祖母ちゃんもね、あなたのお爺ちゃんが亡くなった時、エリック、あなたのお父さまがそばにいてくれたから、きちんとさようならができたの。どうかお祖母ちゃんをそばにいて助けてほしいわ」
「泣いても……いいの? いかないでって、言ってしまってもいいの?」
ウォルクの目に涙がたまる。
「ええ。そうね。いかないでと言いたいわよね。戻ってきてと言いたいわよね。その気持ちを伝えても、あの子たちは帰ってこない」
メアリーはこみあげるものをぐっとこらえる。
「伝えることは、みっともないことではないの。そんなことで笑う人などいないわ。ただ、叶わない願いなだけ。でも、その気持ちを伝えて、さようならを言わなければ、あなたも私もきっとこの先後悔する」
メアリーはウォルクの頭をなでた。
「でも、そんなことを言っていたら偉大な人にはなれないって……」
ウォルクは肩を震わせながら、教師に目をむけたあと、うつむいた。
「あなたのお爺ちゃんは、陛下から勲章をいくつももらった英雄だったけれど、泣き虫だったわ」
メアリーはウォルクの顔を下から覗き込む。
「もちろん無理強いをするつもりもないの。大切なのは、あなたがどうしたいかだわ」
「お婆さま……」
ウォルクは肩を震わせたまま、メアリーに手を伸ばした。
「ボク……さよならは言いたくないです。だって…だって……」
「ええ、そうね。私も本当は言いたくないわ」
メアリーはウォルクの体を引き寄せて抱きしめる。
「さようならは言えたらでいいわ。無理はしなくていいの。ただ、お別れに来てくれた他の方たちに『来てくれて、ありがとう』と言えたら、とても立派よ」
「ありがとう?」
「お父さまたちの代わりに、お礼を言ってあげるの。きっとお父さまたちは喜ぶわ」
「ボク……頑張ってみる」
泣きながら、ウォルクは小さな決意を口にする。
「坊ちゃま!」
「ええ、偉いわ。ウォルク」
ダラントの悲鳴じみた声をメアリーは無視した。
悪意はないのかもしれないが、あまりウォルクに良い影響を与えているようには見えない。
「まずは体を治しましょう。起きられるなら、一緒に夕ご飯をどうかしら?」
「ウォルクさまは、まだ普通のお食事は……」
「一緒に食べるだけよ。メニューはもちろん考えてだしてもらうわ」
メアリーはウォルクの背をなでた。
「それとも、あなた。遠路はるばるやってきた祖母の小さなお願い事は、そんなにもこの子に悪影響だとおっしゃるの?」
「と、とんでもないことでございます……」
メアリーにぎろりと睨まれ、ダラントは震え始めた。
「キーラ、そこにいる?」
「はい。大奥さま」
メアリーが声を張ると、扉の向こうからキーラの声がした。
「ウォルクづきのメイドを一人よこしてちょうだい。先生も看病でお疲れのようだから休ませたいわ。それから、私とウォルクの食事を食堂に用意するように伝えて」
「承知いたしました」
「あの、私は!」
「孫の看病でお疲れでしょう? 少しお休みになって。ウォルクはしばらく私が一緒にいるから安心なさって」
言葉は気遣っているようでも、有無を言わさぬ『命令』であることに気づいたダラントは、一礼して部屋をゆっくりと出て行った。




