ラスカルゴ侯爵家 1
昼過ぎから降り出した雨は夕刻に近づくにつれ、激しさを増してきた。
ジェイムズ・オスティブは、自らたずなを握り、軍医のハンス・ザルードとともに、ラスカルゴ邸へと向かっている。既にあたりは暗くなってきており、ランプの明りが頼りだ。
幌がついているとはいえ、横なぐりの雨のため、二人とも雨具を着こんでいる。
目に雨が飛び込んでくることもあって、視界はあまりよくない。
「しかし、本当に魔力中毒症なのでしょうかねえ?」
ザルードは半信半疑だ。
大雨の中、駆り出されたこともあって、あまり乗り気ではないのは間違いない。しかも軍務というよりは、オスティブの私用である。若いザルードは、英雄であったリチャード・ラスカルゴもメアリー・バーバリンも直接は知らぬのだ。
「ラスカルゴ侯爵家の医師、ヴァルマードは腕のいい医師ですから、診立て間違いということはないでしょうが、非常に珍しいケースです。それこそ医学界に衝撃を与えるレベルです」
「そうだな。首都で魔獣を食べるとなると、普通の肉より高くつく。間違えて食べるなんてこともないだろうからな」
魔力中毒症が魔獣を食べること以外で発症する可能性もゼロではないが、今まで聞いたことがない。そもそも辺境で魔獣の肉を食べるのは、駆除のついでのようなものだ。美味いことは美味いが、魔力中毒症だけでなく、毒素があって食中毒の危険も高い。辺境の民とて、このんで常食しているわけではない。
「しかし、メアリーがわざわざレイハス宮廷魔術師に聞こえるように頼んできたというのは、例の文書絡みの可能性もある。案外、ややこしい話になっていそうだ」
「バーバリン大佐の伝説は聞き及んでおりますが、宮廷魔術師に喧嘩を売るのは正気とは思えません。もちろんラスカルゴ侯爵家相手では、宮廷魔術師殿としても迂闊に手を出せるものではありませんが……」
ザルードは肩をすくめる。
今は当主不在とはいえ、ラスカルゴ侯爵家は王国でも名門の貴族だ。財力も権勢もかなり持っている。加えて、王族とも懇意な関係を保っており、主席宮廷魔術師であっても、簡単に手出しできない。
「メアリーは必要とあれば、陛下にだって喧嘩を売る奴さ。年を取って髪は白くなったが、相変わらず根っこの部分は、黒豹のままだ」
オスティブは苦笑する。
お節介で正義感が強く、厄介ごとに飛び込んでいく。かつての盟友が少しも変わっていないことで、オスティブは自分も若返ったような気分だ。
「例の薬ですけれど、あれは何なのでしょう。文脈的に魔力中毒症の治療に使った薬剤とかなのでしょうか?」
「さあて。分析しろとしか言われてないからな」
メアリーから託された薬瓶は、分量が少なく正確な分析だとは言えないが、おそらく魔力欠乏症の治療のあとに使われる薬剤だとわかった。他人の魔力が体内に入った時に異物としないためのいわば魔力の中和剤のようなものだ。
薬剤そのものは怪しいというほどのものではない。
「もう少し情報が欲しいところです」
「さすがに墓の前でする話ではないし、メアリーも孫の前ではしたくない話だったとは思う」
「それはそうでしょうけれど──」
ラスカルゴ侯爵邸が見えてきた。人通りはほとんどない。激しく石畳を叩く雨音せいか、他の音はほとんど掻き消えている。
「ん?」
「閣下、どうかいたしましたか?」
「いや──あの角に、人がいた気がしたものだから」
「こんな雨の日でも、歩いている人がいてもおかしくないですよ。ここは一等地ですから」
ラスカルゴ侯爵邸は、街の喧騒からは離れていても、決して人里離れた場所にあるわけではない。官庁街にも近く、住宅もある場所だ。
「それはそうなのだが」
オスティブは自分の感じた違和感を、うまく言語化できないまま、ラスカルゴ邸の門をくぐる。
守衛は顔見知りで、オスティブの顔を見るとすぐに開門してくれた。
「大奥さまから伺っております。大雨の中、ありがとうございます」
「いや、君も雨の中、ご苦労だね」
守衛をねぎらうとそのまま馬車を走らせる。
「さすが侯爵家。門から玄関まで遠いですね」
「まあな。ちなみに、厩舎もちょっとした駐屯地並みに広いぞ。亡き閣下の方針だそうだ」
「それはすごい」
ラスカルゴ邸に来たのは初めてだったザルードは、興味津々だ。
「以前は要塞並みに守りを固めているという話も聞いたことがある。ただ、エリックはそこまで武闘派ではなかったから、今はどうなのかわからないが……」
オスティブは目に入ってくる雨の雫を拭きながら、玄関へと馬車を進めた。
今週、何かと忙しくて更新できなくて済みません。来週はもう少し更新できるはずです……




