昼食会 1
無事に告別式が終わり、メアリーはウォルクとともに馬車に乗り込んだ。
緊張していたのだろう。ウォルクは、ようやく安堵の表情を見せ、馬車が動き始めるや否や、眠ってしまった。
──さすがに、私も疲れたわ。
鍛えてはいるとはいえ、メアリーはもう六十歳だ。昨日は乗馬もしたし、睡眠も不足している。
──軍にいたころは、三日三晩の行軍でも平気だったのに。
若い頃と同じつもりで動くと、あとから体にくる。無茶をするのはあまり得策ではない。
この後は親しい親族を招いて遅めの昼食会をラスカルゴ邸で行う。それで事実上儀式的なことは終了する。侯爵位の継承については、通常なら五日ほどで王から承認の書類が届く。後見人の認可もその時に降りるはずだ。
──よほどのことがない限り、ロクスタン男爵が後見人になることはないと思うけれど……。
ロクスタン男爵家の家系は火の車だという話であるし、メアリー自身が子爵である以上、爵位も上だ。二十年間、首都にいなかったとはいえ、ラスカルゴ家の内情もメアリーの方がよく知っている。告別式での様子を見る限り、ロクスタン男爵はメアリーより人脈を持っているわけでもなさそうだ。
──ただ後には引けなさそうではある、か。
メアリーの兄、トーマス・バーバリンから聞いたところによれば、ロクスタン男爵家の財政は、かなりまずい状況にあるらしい。
──仕掛けるとしたら、私ではなく、ウォルクにかしら。
後見人の座の逆転を狙うなら、ウォルクの推薦を得ることだ。
──本気でウォルクが私よりロクスタン男爵の方がよいというのであれば、私がでしゃばるのもどうかとは思うけれど……その場合、ラスカルゴ侯爵家を食いつぶされるのを甘んじて受け入れるべきかどうかも迷うところだわ。
ロクスタン男爵には娘がいる。彼の思惑としては、その娘をウォルクに嫁がせて、ウォルクが成人後もラスカルゴ侯爵家を牛耳ろうと考えているに違いない。
──全く頭の痛いことだわ。
なんにせよ、昼食会にはロクスタン男爵家も招待することになっている。
──とにもかくにも、もう少し頑張らなくては。
降り始めた雨が馬車の屋根を叩き始めた。
ラスカルゴ侯爵邸の大広間に集まったのは、ロクスタン男爵家とメアリーの兄、トーマス・バーバリンとその妻のレイ。
リチャードの妹の嫁ぎ先であるネーザン伯爵家からは、エリックの従弟に当たる、カーティス・ネーザン伯爵の六名だ。
正直に言えば、カーティス・ネーザンが後見人に立候補してくれるのであれば、メアリーは喜んで身を引くのだが、ネーザン自身は持病があることもあり、自分がでしゃばるつもりはないという。
後見人というのは、あくまでウォルクが成人するまでの財産の管理運営であり責任も大きな仕事だ。堅実な伯爵家の経営をしているカーティスだからこそ、簡単に引き受けることは出来ないと考えるのも当然だ。
「今日は故人の為にお集まりいただき誠にありがとうございました。おかげさまでつつがなく、故人を見送ることができましたこと、亡きエリックの母として御礼申し上げます」
「どうもありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます」
ウォルクが丁寧に頭を下げたのを合図に、使用人たちがテーブルに食べ物を運んでくる。
「わぁ、おなかすいたぁ」
素直な言葉は、ロクスタン男爵家の娘、アンだった。まだ、五歳だったはずだから、大人の中で彼女も大変だっただろう。彼女は、自分の前にパイが置かれるとすぐさま食事を始めた。
通常、いったん食べ物が全員に行き渡るまで待つのがマナーではあるが、思わず手を伸ばしてしまった幼子をとがめるつもりは、メアリーにもない。ただ、何も注意する気もない男爵夫婦については呆れた。
「こちら、邪気払いの酒にございます」
セバスが果実酒を注いで回る。
昼食会は邪を払うという意味で、成人した参加者は酒が振る舞われるのだ。もっとも、めでたいことではないので、特に乾杯などはしない。
成人していないウォルクとアンには、果実水である。
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
飲み物が注ぎ終わると、静かに昼食会が始まった。
「セバス」
メアリーはセバスを呼び、小声で囁く。
「男爵と男爵夫人の手元を注視しておいて。何かやってくる可能性があるわ」
「……承知いたしました」
メアリーやウォルクの席と、男爵夫妻の席は離れていて、直接何かをしてくることは難しい。だが、この食事会で何か問題があれば、メアリーの責任ということになる。
──考えすぎかしら。いくらなんでも、自分の子供の前ですることはないわよね。
「美味しい!」
メアリーの内心を知るはずもなく、アンは、無邪気にパイを夢中で食べていた。




