馬車待ち
ジェイムズ・オスティブは妻の墓を訪れたのち、神殿の正面入口へと戻ると、ちょうど王太子が馬車に乗って出て行ったあとらしく、ラスカルゴ侯爵家の参列者たちが次々と馬車に乗り込んでいくところだった。
オスティブの迎えの馬車はまだ来ていないようだ。
曇天の空はさらに黒くなり、どことなく鼻孔をくすぐる雨のにおい。
「ああ、降ってきそうだ」
オスティブは神殿の正面入り口に植えられた大樹の下に移動した。少し風が出てきたようで、木の葉が揺れる音がする。
「馬車はまだ来ませんか?」
「ええ、まだです。レイハスさまもですか?」
オスティブは声の主に微笑みかけた。
世代も違い、役職もそれほどに接点はなく、特に親しいわけではない。挨拶を交わすことはしても、わざわざ話しかけられるというのは、墓の前でオスティブがメアリーと交わしていた会話のせいだろうか。
「あの、先程、ラスカルゴ侯爵元夫人と話していた内容を聞こえてしまいました。魔力中毒症の患者がいたというように聞こえました。私は魔力に係る病気を専門に研究しているもので、気になりまして」
「どうでしょう? ありえない話だと思いますけれどね」
オスティブは首を振る。
「辺境に行きますと、珍しくもない病気ですし、私も軍が長いですから実際に患者をみたことはあるのだが、さすがに診たて違いではないかと思うよ。魔物を食べる以外で中毒症になることはまずないのだから」
魔物起因でないとしたら、相当なレアケースだな、とオスティブは冗談めかしながら、レイハスの表情を観察する。
にこやかに微笑んではいるが、少しでもオスティブから情報を得ようとくらいついているのが見て取れた。
──なるほど。メアリーはこいつを釣るために、わざとあの場で話したな。
餌をちらつかせるだけで、大した情報も与えなかった。とすると分析を促すように言われた薬瓶もかなり曰く付きのものだ。
「詳しい話はまたゆっくり聞いてきます。何かありましたら、レイハス宮廷魔術師にもご連絡を差し上げますよ」
「ええ、ぜひ。後学のために私もお呼びいただけるとありがたいです」
レイハスは微笑するが、その目が笑っていないことに気づき、オスティブはどこかうすら寒いものを感じた。
「レイハスさま、あなたの馬車が来たようだ」
オスティブは、レイハス家の紋章の入った馬車が神殿の敷地に入ってきたのを見つけ、指をさす。
「雨が本格的に降る前でよかったですな」
「閣下の馬車もあちらに来たようですね。それでは先にお暇いたします。もし本当に魔力中毒症でございましたら、私にもご連絡いただけると嬉しいです」
レイハスは念を押して馬車に乗り込んでいった。
──ふむ。これは、本当に魔力中毒症な気がしてきた。
メアリーの話を信じていなかったわけではない。
──ということは、この薬瓶、かなり重要なものなのだろうな。
「閣下、お待たせしてすみません」
オスティブ家の御者に声をかけられ、オスティブは小さく息を吐く。
「すまんが、屋敷に戻らず軍の本部に向かってくれ。急用ができた。くれぐれも気をつけてな」
ぽつぽつと、細かい雨が降り始めた。




