告別式 3
墓地には既に、墓穴が掘られていた。
棺が神官たちによって、穴の中に安置され、大神官が祭詞を唱え始める。
曇天の空は今にも泣きだしそうに黒い。
メアリーはウォルクの手を握り締めながら、息子夫婦が土に埋められていくのを黙ってみつめていた。
首都を離れて二十年。息子夫婦たちに会った時間は非常に少ない。傍にいれば、もっと母としてできることはきっとあったように思われる。
首都を離れたのは、夫、リチャードのためだった。だが、リチャードが亡くなってからもメアリーは首都には戻らなかった。領地の仕事を一手に引き受けていたといえば聞こえはいいが、メアリー自身、首都での生活を煩わしいと感じていたのも事実だ。
やがて棺は完全に土を被り、見えなくなった。墓碑には、エリックとユキア二人の名を刻んである。神官長は祭詞を唱え終わり、すっとウォルクとメアリーに頭を下げた。
「ウォルク、みなさまにご挨拶ができる?」
メアリーが訪ねると、ウォルクはこくりと頷いた。
「この度はお忙しいところお集まりいただきありがとうございました。お父さま、お母さまに代わり、お礼を申し上げます」
ウォルクはそっと頭を下げた。あらかじめ考えてあったとはいえ、しっかりとした挨拶に、周囲の大人は舌を巻いた。
「どうか、今後も変わらぬご厚意を賜りますようお願いいたします」
メアリーはそれだけ口添える。余計な言葉は必要ない。参列者への謝意はウォルクの言葉で充分に伝わるのだから。
「ウォルク、ラスカルゴ次期侯爵として、実に立派な挨拶だった」
ファフニール王太子は、ウォルクの頭をそっと撫でた。
「ええ、そうですね。優秀な甥っ子で、私も鼻が高いです」
ロクスタン男爵が会話に割って入る。なんとしても、王太子との『縁』をつなぎたいとの考えがまるわかりだが、彼としても必死なのだろう。
メアリーと王太子が顔見知りだと知り、ロクスタン男爵は危機感を抱いている。後見人の座につくためには、より有力な貴族の後押しが必要なのだ。
後見人争いで負けるつもりはないが、必死なロクスタン男爵を止めるつもりはない。ウォルクの前で争う姿をあまり見せたくない。
「メアリー、顔色が悪いが大丈夫か?」
「ジェイムズ」
声に振り向くと、オスティブが心配そうにメアリーを見ていた。
「ありがとう。平気よ」
メアリーは微笑する。
「公私混同というか、思いっきり私的な用事で悪いのだけれど、軍医に診ていただきたい患者がいるの」
「軍医に?」
「ええ。実は、新しい使用人が魔力中毒症みたいなのよ。首都育ちなのに珍しいでしょう?」
周囲の人間にも聞こえるように、メアリーは話す。ロクスタン男爵は王太子との会話に夢中で気づいていないようだったが、少し離れた位置にいるレイハスの表情が動いたような気がした。
「辺境なら珍しくもないが、首都なら金持ちしかならない病気だと思っていたが?」
「ええ。私もそう思っていたわ。でもうちの専属の医師がそういうものだから。信じがたいけれど、もしそうなら軍医に診てもらうのが一番だと思って」
メアリーは肩をすくめる。
「わかった。ちょうど君に話しておきたいこともあるから、夕刻にもお邪魔するよ」
「助かるわ」
メアリーは頭を下げる。
「それと……これを」
メアリーはそっとディビットが飲んだ薬瓶をオスティブに渡した。
「悪いのだけれど、分析をお願いできないかしら?」
「いいけど、これは何だい?」
「詳しくは夕方に話すわ。故人の前で話すことではないから」
メアリーは苦笑する。
「では、俺は妻に報告してから帰るとするよ」
「……リンダによろしく伝えて」
「ああ。君も落ち着いたら、一度、花を手向けてやってくれると嬉しい」
「そうね」
メアリーは頷く。
「では、また」
一礼をしてオスティブは亡き妻であり、メアリーの親友だったリンダの墓の方へと歩いて行った。
リンダが亡くなったのは、もう三十年以上前になる。オスティブは後妻を娶るように周囲に何度もすすめられたが、結局オスティブは未だ独り身だ。本人曰く、彼は次男だったためオスティブ家本家を継いだわけではないから、跡継ぎは必要ないらしい。
「ラスカルゴ侯爵夫人」
「殿下?」
不意にファフニール王太子に声をかけられ、メアリーは我に返った。
「君がこの男をウォルクから引き離すためにラスカルゴ侯爵家から追い出したと言っているのだが?」
半ばうんざりしたような顔だ。無論、彼の立場ならロクスタンを無視するくらいどうということもないのだが、大声でまくしたてる彼の主張はメアリーに不利と踏んで理由を尋ねることにしたようだ。
「まあ。主が不在の侯爵家では行き届かぬことが多いからと、ホテル『プラチナ』のスウィートをご用意したのですが、それで『追い出した』と解釈なされたのでは、非常に残念ですわ」
メアリーは辺りに聞こえるように話しながら、首を振る。
「そうか。ロクスタン男爵、君がウォルクの傍にいたかったのは理解したが、『プラチナ』のスウィートに泊っておいて、そのようなことを申し立てるのは、さすがにラスカルゴ夫人に無礼であろう」
「……そ、それは」
ロクスタン男爵はたじたじになった。
「君は勘違いをしているようだが、後見人はあくまで、ウォルクが成人するまで見守る立場だ。決して、君が侯爵になるわけではない」
「それは、もちろんです、殿下」
ロクスタン男爵の声は消え入りそうだ。
「君がエリックと同じだけの仕事ができるのであれば、たとえ後見人の立場を得なくても、存分に出世できよう。それは私が保証してもいい。そう思わないかね、ラスカルゴ夫人」
ファフニールは少々嫌味っぽくいうと、メアリーに笑みを向ける。
「相変わらず、殿下は優秀な人間が大好きなのですわね」
メアリーはくすりと微笑み返した。
やっと、いろいろ動き出しそうになってきました。




