魔力中毒症
ディビットの検査はジェーンが見守る中、念入りに行われた。
「結論から申し上げれば、彼は自分の属性とは異質な魔力の『核』が体内に残っている。いわば魔力中毒症ですね」
医師ギルク・ヴァルマードは、いくつかの検査をした後で、結論付け、メアリーたちに説明を始めた。
「魔獣を食べる辺境などではよくみかける病気です。首都ではほとんどみません」
「魔力中毒症ね。確かに酷いと生死をさまよう病だわ」
メアリーは得心する。
魔物の多い地域であれば、狩った魔物を食べることはよくある。メアリーも軍にいたころはよく食べた。味は悪くない。が、確かに魔力中毒症の危険はあると言われていて、あまり食べることは推奨されていなかった。
「僕、魔獣を食べたことはないと思います」
ディビットは不思議そうに首を傾げる。
「そうよねえ。首都で魔物を食べるなんて、物好きな金持ちくらいのものだわ。その辺のお店で買えるものではないし──」
「それに、僕とジェーンは、ほぼ同じものを食べています。僕だけ病気なのはどうしてですか?」
ディビットはヴァルマードに質問する。
「口から他の生物の魔力を食べたところで、普通はすぐ排出されるから害にはならないのです。ところが魔力が消化器官のどこかに張り付いて『核』になってしまうことがあって、そうなると簡単に排出できなくなります」
ヴァルマードは大きく息を吐く。
「原因はよくわかりませんが、魔力の『質』によるものだと言われています。親兄弟といえども『質』は違いますから、同じものを食べていたとしても病気にならないこともありましょう。症状も現在は安定しているようですから、私より、それこそ軍医どのに診ていただいたほうがいいかもしれません。残念ながら今日は手持ちに必要な薬剤もございませんし」
「そうねえ。軍医のほうが、症例をよく診ているでしょうね」
メアリーは頷く。
「魔物を食べたのでなければ、魔石の誤食の可能性もありますが……それにしても、薬剤の服用とは変わった治療法です。魔力中毒症の場合は、魔術陣を描いて強制的に『核』を吸収して排出するのが一般的のはず……」
ヴァルマードは眉間に皺を寄せた。
「なんにせよ、現在、体内に回っていた魔力毒はほとんど見られませんが、『核』は依然としてあります。根本的な治療をするなら、魔術陣による処置をしたほうがいいでしょう」
「わかったわ。遅い時間にありがとう医師」
メアリーが礼を述べると、ヴァルマードは頭を下げて帰っていった。
「あの薬、病気を治す薬ではなかったの?」
ジェーンが悲しそうに呟いた。それだけが兄の病気を治すものだと信じて、かっぱらいまでしようとしたのだ。かなりショックだっただろう。
「たぶんだけれど、全身に回った魔力の毒を消す効果はあったはずよ。だから偽薬というわけではないと思うわ」
メアリーは首を振る。
「魔力中毒症の処置って、ちょっとした手術みたいなもので時間がかかるわ。昔、同僚が突然苦しみだしたことがあって、治療を見たことがあるけど半日くらいかかった……」
珍しいとはいえ、それでも四十年以上も前に治療法が確立していた病気である。グノラ医師はなぜ、『魔力中毒症』だと言わなかったのだろう。診立ての間違いなら仕方がないが、高価な薬を売るためだとしたらかなり悪質だ。いくら体中に広がった毒を消したとしても、体内にある『核』が消えなければ、また毒を作り続け、体をむしばむ。再発するのは当然だ。
もちろん他の医師に診せれば、中毒症であることが分かるかもしれない。だが、平民の多くは医師に診てもらうことは難しいだろう。また、お金があるものでも、グノラ医師が引き続き診療しつづければ、気づかないかもしれない。
──私の仮説が正しいのであれば、グノラ医師というのは、相当なクソ野郎だわ。
そこまで考えて、メアリーはふと気づいた。
「ねえ、ジェーン。朝顔会って、炊き出しがあるって言っていたわよね?」
「はい。たいていはパンだけですが、たまにシチューなんかもありました」
ジェーンは頷く。
「お野菜とお肉を食べると健康になるから食べましょうって」
「そう……」
貴族は孤児院やスラムなどで炊き出しを行うことがある。朝顔会に参加しているのは、いわゆる平民で貧民とは違うが、おそらくそういった奉仕活動の一環のようにもみえる。
だが、グノラ医師が治せるはずの病気を治さず、薬を売りつけて儲けようとしているような悪党であるのであれば、病の原因をあえてまき散らしている可能性はないだろうか。
もしそうなら、ミラ製薬が急激に成長したというのも無関係とはいえないだろう。
「あら。もうこんな時間。明日は屋敷内がバタバタすると思うけれど、あなたたちは、部屋でゆっくりするといいわ」
「でも──」
「必要以上に恩にきることはなくってよ。施しのつもりはないから。仕事を覚えてもらって、滞在の間の食費分くらいは働いて返してもらうつもり」
メアリーはにこりと笑い、セバスをよぶ。
兄と妹はどう返事すべきかわからないらしく、じっとメアリーを見つめていた。




