転ばぬ先の杖
ジェーンたちが屋敷を出ていくと、メアリーは遺体を安置している部屋に戻る。昔ながらのランプを灯しているせいで、部屋全体が暗い。そのせいで魔よけの陣を施してある床がぼんやりとした光を放っているのがわかる。
新しい香を炉にくべ、メアリーは目を閉じた。
息子たちを殺そうとした黒幕はいったい誰なのか。
警察に任せるのが最良とはわかっているのに、メアリーの思考は止まらない。もともと待つだけというのが苦手なのだ。
黒幕はウォルクにも牙を向けてくるだろうか。メアリー自身にむけてくれるなら、むしろ探す手間が省けてありがたいとは思う。
「大奥さま」
「どうしたの、アンリ」
メアリーは振り返った。
「実は灰捨て場で見つかったものがございまして」
「何かしら」
メアリーは立ち上がり、アンリとともに勝手口のほうへと向かうと、塵取りの上に廃置き場から持ってきたと思われる紙の燃え残りがいくつか置かれていた。
「セバスさまのお言いつけで、屋敷全体の魔力探査をしておりましたところ、この燃え残りに魔力が宿っていることがわかりました」
メアリーの出かけた後、警察がオリヴィア・ダランドの部屋でいくつかの魔道具を見つけたと報告を受けたセバスは、念のため屋敷全体を調べさせたようだ。
「手紙のようね」
「はい。詳しくは読めませんけれど……『元侯爵夫人が帰ってきたら』『翌日に手紙を送る』と書いてあるように読めます」
「……指示書よね」
軍にいたころ。遠隔地同士の連絡をすみやかにする方法はないかと、魔術の研究をしたことがある。結局、メアリー自身は新たな方法を見つけることは出来なかったが、速やかな通信手段の研究は常に行われ続けていた。
「これが今ではどの程度普及しているものなのかどうか、ジェイムズに聞けばわかるのだろうけれど」
なんにしても、一般人が使用するレベルであれば、さすがのメアリーだって知っている。
「さすがにこの燃え残り、どこの灰なのかはわからないわよね?」
「おそらくはウォルクさまの部屋の暖炉かと。他の部屋の暖炉は使用しておりませんでしたし、灰置き場の灰は、数日前に処理したばかりでしたので」
暖炉や台所から出た灰は、一度灰置き場に集めておき、湿らせて領地へと運ぶ。ちなみに、使用人の部屋で火を使うことは基本、禁止だ。ラスカルゴ侯爵家では、使用人の部屋も魔道灯を設置しているため、ランプで火を灯す必要もない。
台所のかまどで紙を燃やすとなると、人目がかなりある。料理人が料理をしながら燃やすことは可能だが、紙ごみを燃やすと灰が舞う可能性が高いため、叱責されかねない。その場はしのいでも、灰の処理段階で注意される可能性が高くなる。
「と、なるとダランドが燃やした可能性が高いわね」
ウォルクの部屋の暖炉であれば、人目が少ない。ダランドは部屋付きのメイドを追い出すこともあったというから、可能性は高くなる。
「警察に届けてあげて。もろくなっているから、十分に気を付けるように」
「承知いたしました」
アンリが頭を下げる。
「ああ、それから、ジェーンが戻ってきたら、彼女たちがお風呂に入れるようにしておいて。できれば着替えの用意もお願い」
「そのようにおっしゃると思って、手配は済んでおります」
「ありがとう。あの子の意思にもよるけれど、見習いとして雇いたいと思っているの。兄の方は会ってみないとわからないけれど」
薬を飲んでよくなったとはいうものの、再発の危険があると言われている。また、十四歳ならそろそろ自分で仕事を選べる年齢だ。やりたいことがあるのであれば、それを支援すべきだろう。
「大奥さまは、本当に昔から変わられませんね」
アンリがくすりと笑った。
「サラさまにご同情いたします。さぞや領地でもご活躍なさったのでしょう?」
「そうね。私が奔放でお節介だから、あなた達には苦労ばかりさせている自覚はあるわ。でも反省はしないから、諦めて」
「いいえ。私どもはそんな大奥さまが大好きでございますから」
「ありがとう」
メアリー自身は自分を偽善者だと思っている。世の中全ての不条理を変えるつもりもなければ、変える力もない。ただ、目に見えるものだけをどうにかしようとしているだけだ。そのせいで自分以外の人間を振り回している自覚があるだけに、アンリの言葉は心から嬉しかった。
ジムはジェーンの案内で下町に向かう馬車を馬で伴走していた。
メアリーとともに行動していたから、メアリーが何故ジェーンの兄の話に興味を持ったのかは理解できている。ただ、護衛までつけるのは、少々やりすぎではないかという気はしなくもない。
ジェーンの住んでいるモンドー地区は下町の中では治安のよい地区だ。悪名高きハウザー通りからは遠く、スラムが形成されているわけでもない。そして、隣から悲鳴が聞こえれば近所の誰かが駆けつけてくれる程度に、相互扶助が成り立つ地域でもある。
逆に言えば、そんな場所にあえて貴族の家門のついた馬車で乗り付ける行為は、目立って仕方がない。メアリーもそれはわかっているだろう。ひょっとすると、ワザとかもしれない。
──食えない人だ。
常に姿勢正しく、優雅な老貴婦人でありながら、どこか好戦的だ。
「そちらをすぐ右です」
ジェーンが御者のヘンリーにそう告げた時、あらかじめジェーンから聞いていた赤い屋根の建物がみえてきた。
ジェーンたちの父親は、魔道灯の職人で、一階を職場に、二階を生活の場にしていた。今は店を閉めてしまっている。子供二人で住むには広すぎてもったいないが、いずれ父の仕事を継ぐつもりがあるのかもしれない。
──ん?
ジムは馬をおり、たずなを御者のヘンリーに渡していると、路地の影に人が潜んでいるのに気付いた。
ジムはジェーンにしばし待つように伝え、自身はそのまま路地の方へと向かう。
「やあ」
ジムは潜んでいた人物に話しかける。逆立ったようないかにもいきっているていの髪形。彫り物をした腕に、いかにもチンピラじみた服装をし、腰に剣をさしている。
「なっ」
本人は隠れていたつもりだったのか、度肝を抜かれたような顔をした。
「あの家に何か用かね?」
「べ、別に」
男は一瞬、剣を抜こうと柄に手をあてたが、それより先にジムの剣が男の喉元に向けられた。
「用がないなら、こんなところに立っているんじゃない。さっさと帰りな」
「くっ……」
ジムの剣先が離れると、男は脱兎のごとく走り出した。プライドの欠片もない逃げっぷりである。
「なんだ、あれ?」
ジムは呆れて見送った。
「嬢ちゃんを狙ったのか、見張っていたのか知らねえけど、大奥さまはこんなことまで見越していたのかねえ」
もしそうなら、さすが伝説の英雄というべきだろうか。ジムは思わず肩をすくめる。
「まあ、大金使ったあとは、用心に越したことないよな」
話によれば、ジェーンはハウザー通りで高価な薬剤を購入したと聞いている。幼い子供相手とタカをくくり、金銭を巻き上げようとする輩に目を付けられた可能性も高い。店そのものの所業でなくても、そこに出入りするチンピラが何を考えるかなど、想像力の必要もないくらいだ。
「嬢ちゃん、兄ちゃんを説得してできるだけ早く屋敷に戻ろう」
ジムは辺りを見回しながら、ジェーンを馬車からおろす。
「騎士さま?」
「たぶんだけれど、嬢ちゃんから金をたかろうと考えている奴らがいそうだ。貴重品は持って、戸締りはくれぐれもきちんとな」
「……わかりました」
ジムの表情に深刻なものを感じたのか、ジェーンは神妙に頷いた。
連休中の更新は未定です。




