ジェーン
メアリーは玄関ホールわきのラウンジでジェーンから話を聞くことにした。公爵家の椅子に目を丸くしながら座るジェーンは十二歳だという。年齢の割には背が高い。そしてよくみれば、少女だった。
「母ちゃんは五歳の時に病気で父ちゃんは一年前に事故で死にました。それからは兄ちゃんと二人で暮らしています」
「お兄さまは何歳なの?」
「十四歳」
「そう……」
幸い父親は腕の良い魔道灯の職人だったこともあり、貯えが多少なりともあった。二人で小銭を稼ぐことで暮らしていくことは可能だったらしい。
「二か月前、兄ちゃんが倒れてしまったの。その時は無料でお薬を分けてもらえてよくなったのだけれど、また倒れてしまって。お薬は金貨五枚なの。イヤリング一個渡したけれどお釣りはもらえなかった……」
「それは高価ね。どこで換金したの?」
言いながら、メアリーは苦笑する。彼女に渡したイヤリングは、片方だけでも金貨十枚の価値はあるだろう。かなり安く買いたたかれたようだ。
「ハウザー通りの、『赤い燕』。そこで薬に換えてもらったの。アタイみたいな子供が表通りの宝石店に行ったら警察に通報されてしまうから……」
「まあ。それは私の配慮が足らなかったわ」
浮浪児の身なりをした子供が宝石を持ってきたら、盗品だと思われてもしかたがない。そんな子供と取引をしてくれるのは、後ろ暗いものでも平気で買い取ってくれる怪しい店になってしまう可能性に気づかなかったのはメアリーのミスだ。
「それにしても『赤い燕』って薬屋なの?」
「ううん。なんでもあるお店」
要するに怪しげなものを売買している店なのだろう。
「そこで薬を買って、兄ちゃんに飲ませたら、また元気になったの。でも兄ちゃんはアタイが盗みを働こうとしたことを知ってすごく悲しんでとても怒って……」
兄のディビットは、最初に薬を飲んだ時に再発する可能性があることを聞いていたらしい。そしてその薬がとても高価で、再発した場合、繰り返し飲む必要があるということも知っていた。だからこそ、妹には話さなかったらしい。
「最初に薬をくれたというのは?」
「朝顔会のグノラ医師です。兄ちゃんが倒れたから、アタイ、一人で相談に行ったの。そしたら、今はもうお薬を持ってないって言われて」
「つまり、薬を自分で買って飲むようにと言われたのね」
こくりとジェーンは頷く。
金貨五枚という値段設定は微妙だ。子供たちが自分たちで稼ぐにはかなり難しい金額だが、たとえばメアリーのような貴族のアクセサリーを盗めば手に入らない金額でもない。症状についてはわからないが、法務省のムスタヴがスパイ活動を要求されたのと状況は似ている。同じグノラ医師がかかわっているのであれば、薬価は医師の胸先三寸で決まっているのではないだろうか。
「朝顔会にはよく行くの?」
「うん。週一回、体操のあとに炊き出しがあってパンがもらえるし、あとグノラ医師に健康相談ができるの」
朝顔会そのものの活動とは違うらしいが、参加メンバーの有志で貧民たち相手に炊き出しをしている。また、グノラ医師は無料で健康相談のようなことをしているらしい。
「なるほどね……」
炊き出しが行われるとなれば、貧民たちの参加は増える。平民たちも無料で簡単な健康相談ができるとなれば、参加するだろう。
朝顔会が平民の間で人気になるのは当然ともいえる。
「ねえ、ジェーン。お兄さんはグノラ医師以外に診てもらったことはある?」
「いいえ。お医者さまは高いので……」
「だったら一度診てもらうほうがいいわ」
メアリーはセバスを呼んだ。
「今からこの子の家に行って、お兄さんを屋敷に連れてきて。できれば買って飲んだという薬の空き瓶があればそれも一緒に持ってくるように。それから、それとは別に医師を呼んでくれる?」
「あの! どうして、そんなに親切にしてくれるの? アタイ、泥棒をしようとしたのに!」
ジェーンは状況が理解できないというように叫ぶ。
「そうね。でも返しに来てくれた。私はそれが嬉しいの」
メアリーは微笑する。
兄に言われたからでも何でも、返しに来るには勇気も必要だったはずだ。特に、再発の可能性を示唆されたのなら、なおさらお金はもっと欲しかったに違いない。
「お兄さんの件は、私の大切な息子が気にしていたこととよく似ているから調べてみたいだけ。同情や哀れみからのほどこしとは違って、個人的な興味だからあなたたちが負担に思う必要はないわ」
メアリーはジェーンに近寄り、その頬に手を触れた。
「大奥さま、それでは馬車を用意いたします」
「明日の準備が忙しいところ申し訳ないけれどよろしく頼むわ。念のため、ジムについていくように伝えて」
「護衛もですか?」
セバスが驚いたように首を傾げる。
「よほど大丈夫だと思うけれど用心に越したことはないわ。年を取ると、いろんなことが心配でしかたがなくなるわね」
メアリは自嘲気味に微笑んだ。




