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白き黒豹~老害と呼ぶならお好きにどうぞ  作者: 秋月 忍


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19/32

通夜

 エリックが魔術誓願を依頼にレイハス宮廷魔術師をたずねた時、何を思ってレイハスに疑念を抱いたのかはわからない。

 が、おそらくレイハスの魔力量の増加を人為的に行われたものと仮定し、アルコル文書の中のベン・スミスではないかと推理した。

 その証拠を求めるため、エリックは書類を捜し続けた。

 おそらくその証拠となるものは、まだ見つかっていない。

 だが、それはすぐそばまで来ていて、エリックは狙われた可能性がある。

 いずれにせよ、捜査が進めばあきらかになるだろう。

「とりあえず、私は屋敷に帰ったほうがよさそうね」

「そうだな。まだ、君が狙われるようなことはないと思いたいが、くれぐれも気を付けろ」

「ええ。そうね」

 息子夫婦を殺した相手は憎い。すぐにでも問い詰めたい気持ちはあるが、憶測で動くのは、愚の骨頂だ。

 メアリーはバーミニアンから、残っていたエリックの私物を受け取ると法務省を後にした。



 侯爵夫妻と長年仕えていた御者のマークが無言の帰宅となり、ラスカルゴ侯爵家に弔問客が次々と訪れた。

 エンバーミング化粧のほどこされた遺体は、穏やかな笑みをたたえている。

 幼いウォルクはメアリーに支えられながら、目を赤くしながらも、弔問客に挨拶を続けた。病み上がりにもかかわらず、その背は常に伸びていて、周囲が思っているより早く、次期侯爵としての責任をその肩に背負おうとしているのかもしれない。ロクスタン男爵は、ウォルクの隣に立ちたかったようだが、メアリーを恐れ、近寄ることができないようだった。それでも、自分こそが後見人に相応しいと周囲に印象付けたいらしく、積極的に弔問客に話しかけている。もっとも、多くの弔問客は男爵の評判を知っているようで、あまり相手にしていないようだった。

 告別式と違い、通夜は遺族と弔問客が和やかに思い出を語り合い、死者を悼む。二十年もの年月を首都から離れて暮らしていたメアリーは面識のない人間も多かったが、息子夫婦が周囲に愛されていたことをひしひしと感じ、誇らしいと同時に胸が痛んだ。

 通夜の訪問の時間が終わると、遺体を魔よけの陣を張った部屋に安置する。本来なら、ロクスタン男爵一家は、ラスカルゴ侯爵家に留まり、最期の夜を故人とともにすごすこともできる立場だが、ホテル『プラチナ』のスウィートの魅力には勝てなかったのか、おとなしく帰っていった。メアリーが怖かっただけかもしれないが、唯一の親族である弟がアレでは、ユキアが気の毒に思えてならない。

「さあ、食事にいたしましょう」

 メアリーは疲れた様子のウォルクに声をかけた。

「お婆さま、ボク、食欲がありません」

「そうね。無理はしなくてもいいわ。食べられるものだけ、いただきましょう」

 成長期のウォルクとはいえ、こんな日に食べることを無理強いしても仕方がない。

 メアリー自身も食欲はなかったが、こんな時ほど食べられるときに食べなくてはいけないことはよく知っている。

 ここから数日間は、告別式の後も財産の相続など、目まぐるしくやることが山積する。悲しみにくれる暇がないのは、ある意味でありがたいのだが、体力と気力を根こそぎ持っていかれてしまう。それは亡き夫の時に嫌というほど経験した。軍の行軍での疲労とはまた違う、喪失感を伴う忙しさだ。

──ウォルクのためにも、私が倒れるわけにはいかない。

 メアリーは消化に良さそうなスープを胃に流しこむ。ひとたび口にいれると、存外、空腹だったらしく、気が付けば皿はからになっていた。

「大奥さま、少しよろしいでしょうか?」

「どうかしたの、セバス?」

 メアリーは食事をする手を止めた。

「例の子供が訪ねてまいりました。いかがいたしましょう?」

 忌中を理由に追い返しても良いが、勇気を奮って訪ねてきたであろう子供を追い返すわけにはいかない。

「会うわ」

 メアリーはウォルクにゆっくり食事をするように伝えてから、玄関ホールへと向かう。

 件の子供は、所在なさそげに立っていた。

 服装はメアリーの記憶と変わらない。背だけがひょろ長く、やせ細って薄汚れている。

「よく来てくれたわ」

 メアリーはにこやかに笑んだ。

「これ──返す」

 子供はメアリーをみて、腕をつきだした。手のひらにはイヤリングが一つのっている。

「まあ。ありがとう」

 メアリーはイヤリングを受け取った。

「全部じゃなくてごめん……なさい。働いていつか返し……ます」

 子供は震えながら頭を下げる。

「お金が入用だったのね?」

「……はい」

 子供はこくりと頷いた。

「兄ちゃんが……病気で、薬が欲しかった。でも、兄ちゃんにとても叱られました。人さまのものに手を出してまで、生き延びたくはないって。本当はこれも返したくないけれど、兄ちゃんが絶対にダメだって言うから」

 声が震えている。片方のイヤリングは薬の一回分にしかならなかったらしい。随分と高価な薬が必要なようだ。

「そう……あなた、名前は?」

「ジェーン」

 子供はかすれるような声で、そう名乗った。

 

風邪ひいて、更新できなくてすみませんでした。

気候が不順な時期ですので、みなさまもお身体ご自愛くださいませ。

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