推理
ピーター・ムスタヴの身柄を警察に引き渡すと、バーミニアンは手ずからお茶を淹れなおした。
「音声を記録するための魔道具なんて、今はあるのですね」
メアリーは大きくため息をついた。自分が首都から離れている間に、技術はどんどん進んでいっていることを改めて感じる。
「発明されたのは十年ほど前だ。性能にもよるが、一般人に買える値段ではない」
オスティブが首を振る。
「そうですね。先程のアレ、小さな国なら一年分の国家予算ですよ」
「つまり相当な資金力ということね」
当然、ムスタヴ本人が用意したものではなく、グノラ医師とやらに渡されたものらしいが、そのような高価なものをほいほい渡すなら、薬剤を安価で提供してやればいいのにと、メアリーとしては思わなくもない。
薬剤はあくまでもムスタヴをスパイにするための道具。ひょっとすると、本当に薬だったのかも怪しい。
「それにしたっておかしいわ。私が国家機密をここで話すわけはない。エリックが何を知っていて、周囲がどれだけそれを把握しているのかを知りたい人がいるってことね」
朝顔か昼顔なのか知らないが、高価な魔道具を使ってまでメアリーたちの会話を盗み聞きしようとした。
「エリックは、レイハス氏について調べていたのよね?」
「ええ、私が知る限りはそうですね。本人印の捺印がないかと、魔力量の検査結果まで含めて調べておいででした」
バーミニアンは頷く。
「トゥバン・レイハス氏に関しては、彼の母親が皇后陛下の最側近で、陛下のお手がついて解任され、身重の状態で子爵家に嫁いだなどという噂もございまして──」
「まあ。それは知らなかったわ」
メアリーは首を傾げる。
「あくまで噂です。レイハス子爵は自身の子として認知しております。容姿につきましてはあまり似てはおりませんけれども」
「綺麗な顔をした少年で、令嬢たちが騒いでいたという記憶しかないわね」
社交界では噂になっていたものの、メアリーから見れば、一回り以上も年下だ。異性として興味を持つことは全くなかったし、魔術師としてもメアリーは既に一線から退いていた。
「とにかくやり手ですね。レイハス子爵家はいまやミラ製薬を経営し今では巨万の富を得ております。数年前に、彼のライバルといわれていた、メルード宮廷魔術師が公金横領で失脚してからは、もう飛ぶ鳥を落とす勢いです」
「公金横領?」
メアリーはオスティブの方を見る。
「ああ。大きなスキャンダルだった。政府高官が何人も連座したな」
「そうなの。全然知らなかったわ」
メアリーは苦笑する。
田舎暮らしのせいで、すっかり情報弱者になっていたようだ。
「メルード宮廷魔術師の方が実力が上と言われていただけに、なかなかショッキングな話でした」
「人間性と実力は別の話ですものね」
優秀であることと、人格は別の話だ。
「実力があるからといって、不正を許すわけにはいかないわね。非常時ならそうもいっていられないかもしれないけれど」
メアリーは苦笑した。
「でも、今の話は、私が知らないだけで、誰もが知っていることよね?」
メアリーの言葉に、オスティブもバーミニアンも頷く。
「誰もが知っていることなら、わざわざスパイするまでもないわ。それこそ、ベン・スミスがレイハス宮廷魔術師であるくらいの突拍子もない証拠があるならまだしも……」
言いかけて、メアリーは息をのむ。
「待って。さっき、魔力量の検査といったわよね?」
「ええ。健康診断を兼ねての書類です。その資料ならすぐにお見せできますよ」
バーミニアンはすぐさま人を呼び、過去二十年間の記録を持ってこさせた。
メアリーはレイハスの魔力量の測定値を抜き出しはじめ、エリックが何をもって本人印を捜していたのか理解した。
「人の魔力量が徐々に増えるのは普通にあることですけれど、レイハス氏は、最初の十年の増え方に比べ、次の十年はむらがあるというか、非常に伸び率が高すぎる年があります」
「つまり、自然成長とは違うものを感じるということか?」
オスティブも数値をみつめ、険しい顔になる。
「あくまで仮定ですけれど、欠乏症の治療法を健常者に使用すれば、多少なりとも魔力量は増えると、マードック医師はおっしゃっておられました。レイハス氏が例えば研究の為に、自分で実験なさったとするなら、この数値もわからなくもありません」
メアリーは目を閉じた。
「だから、それ自体は違法行為とは限らない。アルコル文書と同時期に押された本人印があれば、答え合わせが可能になるわ」
「答えはもう出ているのかもしれないな。奴以外に、希少な魔道具を使える人間は、この国にそんなにはいないはずだ。そんな道具を使ってスパイ活動をするなら、後ろ暗い理由があってもおかしくない。だが、今のところ証拠はないが」
オスティブは苦い顔で呟いた。




