書類
マードックの話を聞いた後、メアリーにある疑念が生まれた。
エリックは、宮廷魔術師であるトゥバン・レイハスに魔術誓願書を作ってもらうために、亡くなる十日前に会っている。
が、その段階では、ロクスタン男爵と縁切りにはなっておらず、手切れ金も支払われてはいない。そして唐突に、ミ・アプラ・キドゥスの医学書を読み、書類を捜していた。
そして、オスティブには、ベン・スミスのことで調べることがあるというような連絡を入れている。
亡くなる前日に、マードック医師に魔力欠乏症と過剰症の治療について聞きに来た。
もともと、ベン・スミスが魔力欠乏症患者ではないかという疑念は持たれていて、患者の捜査は行われており、該当者は見つかっていない。それはエリックも承知していたはずだ。
「法務省に行くわ」
マードック医師に礼を述べた後、メアリーはオスティブとジムに告げる。
「エリックが何の書類を捜していたのか気になるし、もともと後見人の手続きに行くつもりでしたし」
「なら、そちらも同行した方がよさそうだな」
オスティブはにやりと口の端をあげる。
「そうねえ。よろしくお願いするわ」
メアリー一人でも邪険にされるようなことはないが、エリックが何をしていたかという確信に触れる何かを調べることは難しい。今のメアリーはただの遺族であって、捜査権はないのだから。
「それにしても、エリックはなぜ、マードック医師に会いに行ったのだ? ミ・アプラ・キドゥスの治療法について一番詳しいのは間違いないが、もともとスミスが魔力欠乏症の可能性は我々も疑っていたことだ」
馬のくつわを並べながら、オスティブは首を傾げる。
「詳しいことはわからないけれど、エリックは、亡くなる十日前に、魔術誓願の件でレイハス宮廷魔術師と面会しているの」
「魔術誓願?」
「ええ。ロクスタン男爵と正式に縁切りするためにね。ただの書類では、あの男、守りそうもないから」
その点については、メアリーもエリックと同感だ。聡明なユキアとは違い、金づるを簡単に手放すようなことはないだろう。
「待て。それなら、なおのこと、ロクスタン男爵が黒幕の説が強くなるのではないか? 一時的な金銭を受け取れたとしても、侯爵家との縁切りなど、望まないはずだ。そのような魔術誓願、了承するとは思えない」
「それはそう。でも、男爵は当然、兄上、警察も怪しいと思って調べているわ。今のところダリという男との接点もないようだし」
ダリに馬車の細工と馬に服毒を迫った男の正体は未だつかめていない。
「それに、思うに男爵には、ダリが男から受け取ったという薬剤や報酬を用意できたかどうか疑問なの。男爵がそれだけのまとまった資金を調達するとなると、それなりに無理をしたはずだから」
こればかりは、メアリーの『勘』でしかないが、そこまで用意周到な犯罪を犯すようには思えない。
「あの男なら、もっと衝動的な行動をする気がする。たとえ毒を使ったとしても、エリックを直接狙うように思えるのよね」
ただ、自分から手を下すほどの度胸があるようにも思えないから、彼が黒幕という説も捨てきれるわけではない。
「気になるのは、それ以降の日記で、魔術誓願について何一つ書かれていないということね。帳簿から見てまだ金銭は支払われていないから、魔術誓願はまだなされていない。レイハス宮廷魔術師が依頼を受けてくれなかったのかもしれないし、男爵が反対してうまくいかなかったのかもしれない。それについてなんの記載もないからわからないわ。ただ、突然、ベン・スミスについて調べだしたのは、レイハス宮廷魔術師と会ったことで、何か思いついたことがあったのだと思う」
それが何かはわからない。
メアリーは馬の速度を速めた。
法務省でメアリーは副大臣との面会を申し込んだ。
約束もないので断られるかと思ったが、応接室に案内され、しばらく待つようにと言われたのは、隣にオスティブがいるおかげだろう。
「持つべきものは、権力のあるお友達ね」
「大臣の母だろう、君は」
オスティブは苦笑する。
「ある程度の特別待遇は当然だ」
「そうね。普通にお悔やみくらいはもらえるかもね」
メアリーは肩をすくめる。
職場の私物の一部は、警察の方に引き取られたらしいが、筆記用具や着衣の類ばかりだったらしい。書面の類は、機密もあるので、法務省側が持ち出しを禁止したりするため、捜査がより遅れる原因でもあるとか。
「お待たせいたしました」
入ってきたのは、三十代くらいのひょろ長い男性だった。ニクス・バーミニアン副大臣は、かなり憔悴しきった顔をしている。
エリックの突然死で、目が回るほど忙しいのかもしれない。
「ラスカルゴ夫人ですね。このたびは、お悔やみ申し上げます」
「生前は息子を支えて下さり、ありがとうございました」
メアリーは丁寧に頭を下げた。
「お忙しいと存じますので、要件を先に申し上げます。亡くなる前、息子は何かの書類をずっと探していたと聞きました。いったい何を捜していたのか、ご存知ないでしょうか?」
単刀直入なメアリーに、バーミニアンは少し戸惑ったようだった。だが、隣のオスティブ将軍の無言の圧に負けたようだ。
「過去十年間の魔術省の書類、とくに、トゥバン・レイハス宮廷魔術師の魔術の本人印がないかを捜しておいででした」
「レイハス宮廷魔術師の?」
「はい。ただ、五年前から省庁の魔術の本人印は廃止されておりましたので、なかなかに難しくて」
そもそも本人が署名をすれば、魔術の本人印はあまり必要はない。アルコル文書の場合は、偽名だから署名に意味がないゆえに捺印が求められたと思われる。
「それこそ魔術省に行けば簡単に手に入るのではありませんか?」
メアリーが首を傾げる。
レイハスは宮廷魔術師であるから、魔術省の書類にならいくらでもありそうだ。
「私もそう申し上げましたが、それをするには少々きな臭いとおっしゃっておられまして」
「きな臭い?」
「レイハス宮廷魔術師が主席宮廷魔術師になった経緯ですよ」
バーミニアンはあたりを伺うように、声を低くした。




