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白き黒豹~老害と呼ぶならお好きにどうぞ  作者: 秋月 忍


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マードック医師

 マードック医師の診療院は郊外にあるということなので、移動は馬ということになった。

「それにしても、民間人の私が軍服をお借りして、本当に大丈夫なの?」

「君なら全然大丈夫だ。それに、今の俺は権力がある」

 心配気なメアリーにオスティブはニヤリと口の端をあげる。

 メアリーが着ているのは、討伐などで軍から支給されるものだ。鎧は付けていないので、非常に動きやすそうだ。

「大奥さま、大丈夫なのですか?」

 馬で行くと決めた時、ジムは、メアリーが自分、もしくはオスティブのどちらかと二人乗りをすると思った。まさか、メアリー自身が馬にまたがるとは思わなかったし、ジムが反対しなければ、サイドサドルを使って喪服のままの乗馬する気だったようだ。無茶がすぎる。

「心配しないで。さすがに行軍はもう無理だけど、普通の乗馬は田舎でもやっているから平気よ。筋肉痛にはなると思うけれど」

「メアリーはもともと馬の扱いが巧い。心配することはないと思う」

 手際よく馬具を取り付けていくメアリーの横で、オスティブは止めるどころか太鼓判を押す。

「まあ、年寄りの冷や水を心配する君の気持ちもよくわかるが、メアリーは出来ないことは出来ないと言える人間だから、心配はしなくていい」

「……はあ」

 ジムは半信半疑だったが、馬にまたがったメアリーのたずなさばきをみて、オスティブやメアリーの言葉が嘘ではなかったと知った。むしろ、若いジムが置いて行かれそうになる。

「嘘だろ……」

 ジェイムズ・オスティブは現役の将軍だから、年老いても乗馬が巧みなのは当然なのだが、メアリーも全然引けを取らない。

 ──大奥さまって、年齢詐称してないか? あれで俺の母さんより年上とか、嘘だろう?

 ジムは驚嘆しながら、二頭の馬について馬を走らせ始めた。



 民家のまばらな場所に、マードック医師の開く診療院はあった。

 事前連絡はしていなかったが、将軍の肩書のおかげか、すぐに面談することができた。

「こちらへどうぞ」

 案内されたのは、貴族用の診察室だろうか。執務机の他に大きなソファが置かれていて、壁面には薬棚と専門書の並ぶ書棚があった。

 マードック医師は三十代のひょろ長い、いかにも研究者という感じの男性だった。

「それで、軍の方がいったい何をお聞きになりたいのですか?」

 マードックは訪れた三人の客を興味深げに見ている。

 オスティブはともかく、下級士官の制服を着た年配の女性、そして貴族の護衛のような身なりをした若者。実に奇妙な取り合わせだ。

「先日亡くなった、エリック・ラスカルゴ侯爵のご母堂、メアリー・ラスカルゴ夫人だ」

「侯爵の?」

 マードックは驚いたようだった。

「諸事情があって、このような格好をしております。お許しくださいませ」

 メアリーはそっと頭を下げる。

「息子がこちらに来たと聞きました。どこか病気だったのでしょうか?」

「ご病気ではありません」

 メアリーの質問に、即座に否定をするとマードックは少しだけ話すかどうかためらったようだ。

「侯爵さまには、他言無用と念を押されましたが、将軍閣下とおいでになられたということは、話したほうがよさそうですね。お話は、ミ・アプラ・キドゥス先生の医学書についてのご質問でした」

「医学書?」

 マードックは書棚から、分厚い本を取り出して、メアリーの前にある机に置き、パラパラとページをめくった。

「こちらの魔力欠乏症の治療法の治験についてのご質問でした」

「治験?」

 指示されたページに書いてあったのは、魔力欠乏症の治療の魔力注入量の実験だ。

 減少していく魔力量もスピードも個人差があるため、一概には語れないが、まずは患者の体に陣を描き、魔力が外に漏れて行かないようにし、それからゆっくりと魔力を注入していく。八割の症例で、病状はこれで改善していく。

 治験では、欠乏症ではない人間への注入も記録されていた。

「この注釈にあるように健康体に注入した場合、魔力量が増えるとあるが本当なのかというお話でした」

 マードックはさらにページをめくる。

「結論から申し上げれば、魔力量は増えます。ただし、過剰症の危険も出てきます。欠乏症は注入のタイミングが遅くならなければ、致命傷に至ることは少ないですが、過剰症は暴走の危険がある状態での治療になりますから、より危険です。魔力量を増やしたいがために、魔力を注入するのはあまりにもリスクが多すぎるため、『禁忌』であると申し上げました」

「……エリックは何か申しておりましたか?」

「そうでしょうね、と」

 マードックは一つ息を継いだ。

「それから、他人の魔力を注入した後、すべての魔力が自身のものに置き換わった後、前との違いが判るのか、などもお尋ねでした」

「ちなみに、それはどうなるの?」

「どれだけ注入したのかによります。欠乏症の場合の症例しか存じませんが、その場合はノイズ程度の違いはあるでしょう。ただ、他人の魔力が入らなくても多少は変化します。ただ、魔力そのものは変わりませんが、注入した陣の痕は残ります」

「……つまり、皮膚の方に、陣が残るということか?」

 オスティブが身を乗り出した。

「はい。注入はたいてい心臓の位置にいたしますから、服を着ていれば目立ちませんけれど、他人の魔力を受け入れる『入り口』になるわけですから」

 マードックは苦笑する。

「それから、私の他に専門家はいないかと問われました。宮廷魔術師のレイハスさまくらいしか存じ上げないと言いましたら、随分と険しい顔をなさっておられましたね」

「レイハス宮廷魔術師ね」

 メアリーは手をギュッと握り締めた。







線状降水帯発生区域ですがとりあえず無事です

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