真相
警察署を訪れたメアリーたちは、そのまま応接室に案内された。
職員たちの態度が常に低頭低身なのは、メアリーが元侯爵夫人であることもあるが、メアリーの兄、トーマス・バーバリンが警視局長だという理由が大きそうだ。
「警察は軍隊ほどではないが、上下関係が厳しい世界なのね」
「大奥さまが英雄だからですよ」
応接室で出されたお茶に手を伸ばしながら、メアリーが呟くと、ジムが首を振る。ちなみにメアリーはソファに腰かけているが、ジムはそのソファの後ろに立ったままだ。護衛というものはそういうものではあるが、警察で護衛が必要となる事態が起きては問題だろうとメアリーは苦笑する。もっともそれを指摘したらジムも困ってしまうだろうから、あえて口にはしない。
「お待たせいたしました」
やがて入ってきたのは、メアリーの兄のトーマスだった。トーマスとは、メアリーの夫の葬式以来だから三年ぶりだ。頬が記憶よりこけていて、顔色が悪い。甥っ子の死に心を痛めているのかもしれない。
「やあ、メアリー、久しぶりだね」
トーマスは僅かに微笑む。
「今回のこと、なんというか……私にも責任がある。すまない」
トーマスはメアリーに向かって頭を下げた。
「兄上、話がよく分かりませんわ。まず説明をしていただけますか?」
「ああ、そうだな」
トーマスはメアリーに向かい合って座る。
そして書類をメアリーの前に置いた。
「結論から言う。エリックは──ラスカルゴ侯爵夫妻は事故に見せかけて殺された」
「……そう」
メアリーは頷く。
薄々そんな気はしていた。もし、ただの事故であれば、警察の取り調べがこんなに長く続くわけもないし、家庭教師が突然金庫破りをするとも思えない。
「馬車の車軸に細工がしてあった。それから、馬からも毒が検出された」
「毒?」
「犯人はダリという男だ。ハフスーン男爵の雇われ人だが、借金をして首が回らなくなったところに、知らない人間から依頼されたらしい」
こほんと、トーマスは咳払いをした。
「犯人は既に捕まっているのですか?」
「ああ。事件であることの発表を控えているのは、それを命じた人間が分からないからだ。こちらが事故であると判断したと思ってくれれば、きっとどこかで尻尾を出すと考えている」
メアリーは書類に手を伸ばした。
供述によれば、舞踏会の日、ラスカルゴ侯爵家の御者である、マークが馬車から離れた一瞬をついて、ダリは車軸に細工をした。そののち、マークと世間話をしながら、馬に薬剤を仕込んだ角砂糖を与えたらしい。
薬剤は依頼人から受け取ったもので、毒であることは知らなかったと自供しているらしいが、そもそも車軸に細工をしたところで、犯罪は成立している。 ここから先は、残った轍からの推測だが、服毒した馬が帰路の途中で苦しみ始めて暴れだして、蛇行。車軸の緩んでいた馬車は、そのせいで崖から転落したと考えられる。たまたま通りかかった貴族の馬車が通報し救助活動をしたものの、エリックとユキア、それから御者のマークも既にこと切れていた。
「あの日、舞踏会では王女殿下の婚約が発表され、振る舞い酒が出た。夫妻そろって珍しく深酒をしたこともあり、対応ができなかったと思われる」
「──そう」
エリックは剣も魔術も人並み以上に使えた。だが、とっさの事故に対応できないことだってある。酔っていれば、なおのことだろう。
「借金をしていたということは、ダランドの事件と根っこは同じということかしら?」
「ああ。おそらくな。彼女は、まだ黙秘をしているが間違いないだろう」
トーマスは肩をすくめ、そっとため息をついた。
「もう三年近く前になるだろうか。エリックがカキーラ村の視察に行った時、土砂崩れが起き、そこで二十人ほどの人間が生き埋めになった。そこの青年もエリックに同行して救助に当たっている」
メアリーの視線を受け、ジムが頷く。
「生き埋めになったのは、旅芸人の一座だったのだが、実際には人身売買を生業にしていた」
エリックの日記に書いてあったアルコル文書のことだろうか。
「参考までに、どうして人身売買をしているとわかったの?」
「まず第一に、樽に閉じ込められた子供が発見された」
たまたま生き延びたその子供は、別の街でさらわれた子供だった。
「その子供の証言や、見つかった遺留品などから彼らが『アルコル』という人身売買をする『結社』であったことがわかったんだ」
「助かったのは一人だけでした。あとはひどい状態で……ただ、あの子だけでも救えたのは不幸中の幸いでした」
ジムが口をはさむ。
確証はないが、二十人ほどの犠牲者のうち、さらわれたと思われる子供が二人ほどいたらしい。
「エリックはそこで、組織のメンバーのリストと購入履歴と思われるものを手に入れた。通称、アルコル文書だ。内容はそこにある」
メアリーは書類のページをめくった。
「西風のドルレイク、咆哮のヴァラン……なんですか、これは?」
「おそらく通り名か、偽名ってところだな」
「子供のお遊びではないのですよね?」
メアリーは思わず頭を抱えた。
「こういうものに本名を書かないのは普通だ。そこは問題じゃない」
「……そうなのですか」
人身売買の結社だから、名前を残したりすることに必要以上に慎重になっているということなのだろうか。
「これはあくまで複写だが、アルコル文書には、魔術による本人印がいくつも残っている」
「魔術の本人印ですか……」
人はだれしも魔力を持っている。たとえ本名の記載がなくても、本人の魔力を捺印する形にすれば、本名記載の魔術請願書にはおとるものの、それなりの効果はえられる。
「ああ、だから、エリックのオフィスが狙われたのですね? 昨日、うちの金庫を破ろうとしたのもその文書があると思われたということなのですね」
メアリーは合点した。
大切なのは、書類の内容だけではない。その魔力の本人印なのだ。魔力が誰のものだとわかれば、これ以上にない『証拠』になる。
「知っていたのか?」
トーマスは目を丸くする。
「詳しくは存じません。昨日、エリックの日記を読んだときに法務省が荒らされたという記載がありましたから」
「ああ、そうだ。法務省にも、この警察にも、組織のスパイがいる。警察署のスパイは根絶したと思いたいが──そういった経緯があって捜査が進まない」
トーマスは声を潜めた。
「本物はエリックが一番信頼のおけるところに預けたと言っていて、私も知らない。そちらで本人印の捜査が進むと、我々が動く。どこで誰が魔力の本人印の捜査しているのかは、エリックだけが知っていた。もっとも魔力の本人印を調査できる場所となると、限られてくるが」
「……そう」
メアリーは頷く。エリックが一番信頼のおけるところとなると、それはもう一つしかない。メアリーはそっと目を閉じた。
「兄上、あの子たちに会わせていただける?」
「──ああ。もちろんだ」
トーマスは立ち上がり、メアリーの手を取る。
霊安室に案内されたメアリーは、変わり果てた息子の遺体を見るなり、声を上げて泣き崩れた。




