第五話 天翔ける滅びを招く星 ~ネメシスドライブ~
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「母なるガイアよ目を覚ませ。」
男が、叫ぶ。
「ジェネシス再び巡り来たり。」
女も、叫ぶ。
「お主らは朝から何をやっておるのじゃ?」
爺さんは、呆れた。
「もちろん、詠唱の練習です、師匠。」
元気よく答えたのは、どさくさに紛れて秀隆に弟子入りしたルーカスである。
「ルーカスはともかく、嬢ちゃんはそーゆーのを止める立場じゃろうて。」
「私も、危険な魔導書に関して理解を深めようと思って。」
アンジェリカの所属する世界救世教会は、危険な魔導書やアーティファクトが世に出回らないように管理しなければならない、と言う理念を持つ魔術結社である。
危険な魔導書の代表格である終末魔導書に関して、理解を深めるだけならまだしも、ルーカスと一緒になって詠唱の練習をして良い立場ではなかった。
「それはともかくとして、何故そのポーズをとるのじゃ?」
「「形から入ろうと思いまして!」」
そろって元気よく返事をする二人に、秀隆は頭を抱えてしまった。
二人が呪文と共にとる奇妙なポーズ、それはもちろん秀隆のまねである。
スイッチの入った秀隆が呪文の詠唱とセットで披露したポーズは、若き日の中二病真っ最中の秀隆が考案したものである。
今となっては恥ずかしいばかりの若気の至りだが、若い二人にとっては刺さるものがあったようだ。
こうして、黒歴史は受け継がれて行くのである。
「「創造せよ、グランドデストラクション!」」
「止めんか! 練習するにしても、その呪文は止めるのじゃ! 万が一にも発動したら、大変なことになるわ!」
その後、三人は街を離れて人気のない場所まで来ていた。
「終末魔導書の魔法を練習するのならば、この魔法が最適なのじゃよ。」
秀隆は終末魔導書をしまうと呪文を唱え始めた。
「地獄の門は開かれた。冥府の王の名の下に、咎人に裁きを与えん。罪に罰を。罪科に相応しき量刑を。罪人の悪しき魂まで焼き尽くせ。顕現せよ、地獄の業火!」
スイッチの入っていない状態の秀隆が、終末魔導書無しポーズも無しで淡々と唱えた呪文だったが、それでも魔法は発動した。
秀隆の前に出現した魔法陣から、一条の黒い炎が飛び出し、狙った木の枝に着弾した。
以前、煉獄のザムザ相手に使ったときに比べてささやかな炎だが、その威力は高い。
当たった部分を一瞬で消し炭に変え、枝の先が落ちてくる。
延焼はしない。
火力が高すぎて瞬間的に灰になるから燃え広がらないのだ。
「このように、地獄の業火は狙った対象を選択的に攻撃することが可能なのじゃ。失敗しても大規模な破壊につながる暴走はしにくいこともメリットじゃのぉ。」
終末魔導書の魔法は影響範囲の大きなものが多い。
砂漠を巨大な湖に変えた神罰の大水。
国レベルで地形を変えた蠢動する大地。
補助魔法である巨人の一撃でさえ、本気で暴れれば街一つを壊滅させるくらいの力を与える。
ライエン邸の一部を破壊しただけで済んだのは幸運だったのだ。
不慣れな魔法で意図しない破壊を行わずに済ますためには、一般的な攻撃魔術に近い使い勝手の地獄の業火が最適なのだ。
「こうかな? ヘルズケードは開かれた。」
「いや、こうだろう? ヘルズケードは開かれた。」
……ルーカスとアンジェリカはいきなりポーズを考え始めた。
二人とも秀隆のポージングがよほど気に入ったらしい。
「重要なことは、呪文の意味と魔法の原理を理解することだ。魂で感じろ! 形は自ずと現れる。」
唐突にスイッチの入った秀隆が、謎のポーズを決めながら言う。
「師匠!」
「ヒデタカ殿!」
カオスになった。
◇◇◇
「教主様、アンジェリカからの報告が届きました。」
「はい、ありがとうございます。」
教主は届けられた報告書に目を通した。
実は、教主はアンジェリカに対して秀隆の行動を報告するようには命じていない。
スパイとしてではなく、あくまで秀隆の手伝いを行うことを命じ、その中で秀隆の人となりを見定めるように言っただけである。
ただ、アンジェリカの真面目で律儀な性格から、何も言わなくても詳細な報告を送ってくることは分かっていた。
世界救世教会教主、イアン・クリフトは有能な男である。
魔術の技術云々ではなく、人を使う技術に長けていた。
優秀な魔術師には癖のある人物が多い。
優秀さを褒めたたえられ、周囲からちやほやされるうちに妙な特権意識を持つようになる者もいる。
天才的な才能故に他人と話が合わず、孤立する変人もいる。
強い特権意識を育みながら自分以上の才能を持つ者の多さに絶望し、他人を蹴落とすことに心血を注ぐようになった者もいる。
幹部連中が嫉妬し蹴落とそうと躍起になる才能を見せたアンジェリカは、そんな状況にもかかわらずずいぶんと真っ直ぐな性格に育った。
だが、その真っ直ぐな正義感が強すぎて、使いどころを間違えれば様々な問題を引き起こすトラブルメーカーになった。
そんな一癖も二癖もある魔術師をまとめあげ、適材適所で上手に活用しているのがこの男なのである。
「……外法聖典の収集を始めましたか。後々問題にならなければ良いのですが。」
困ったことのように言うが、これは想定の範囲内である。
「ワールドエンドグリモワール? 相変わらず異名の多い魔導書ですね。」
終末魔導書には異名が多い。
理由は単純で、正式名称が伝わっていないからだ。
一枚ずつの紙切れとして見つかるため、同じ一冊の魔導書の断片だろうと予想されるものの、全体像を知る者は誰もいない。
何より、タイトルの書かれた表紙は秀隆が持っていて、一般には知られていないためだった。
紙片を見つけた人がそれぞれに勝手に呼ぶから異名が増えていくのである。
「目的は、外法聖典をすべて集めて処分すること? これは嘘……いえ、我々に対する牽制ですね。あれは処分できるようなものではありませんからね。」
終末魔導書に関わる者の中でも一部に知られていることがある。
終末魔導書は破壊不能。切ることも破ることも燃やすこともできない。
教主はそのことを知っていたから、でまかせだと断じたのだ。
まさか、秀隆が終末魔導書を消滅させる方法を知っているとは思わないだろう。
しかし、世界救世教会への牽制のために語ったという点についてはその通りだった。
少なくとも、世界救世教会の理念に反した行いではないのだから、アンジェリカに秀隆の妨害を行わせることは困難になった。
「外法聖典をさらに二つも手に入れたというのですか、この短期間で!?」
報告を読み進めていた教主の顔が険しくなった。
終末魔導書を求める者は多い。
国レベルの組織から、大小さまざまな魔術結社、個人に至るまで。名称は様々だが、魔術のある程度深い部分に携わる者にとっては割と有名な伝説の魔導書なのである。
だが、その大半は一生かかっても一頁も目にすることなく終わるのだ。
全世界に百枚しか存在せず、うっかり使って大惨事を引き起こした者は厳重に隠すだろう。
組織としても複数枚確保していることは稀だというのに、ライエン邸で得たものを含めて既に三枚も集めてしまっている。
(最初に入手した地獄の業火に関しては世界救世教会は把握していない)
「やはり背後には大きな組織が……いや、どこかからの指示で動いているのならばアンジェリカも気付くはず……」
存在しない裏に悩まされる教主であった。
「ナグラ海を作った? 地形を変えて国を滅ぼした? いくらなんでも誇張が過ぎるでしょう……外法聖典が絡むと絶対にありえないと言い切れないところが恐ろしいですが。」
この世界には魔術が存在する。終末魔導書の魔法が規格外だと知っていても、つい魔術の常識で考えてしまうのである。
終末魔導書の裏設定まで知り尽くした秀隆とは、この点が大きく異なっていた。
「……は? 外法聖典が異世界の魔導書? は、むしろ納得してしまいますが、そのヒデタカと言う老人が作者で、異世界人? 外法聖典なしで魔法を使った? さすがにそれはでまかせでしょう。」
教主は常識人である。(アンジェリカが非常識とは言っていない)
終末魔導書の非常識さ加減はまだしも、話が飛躍しすぎて許容範囲を超えていた。
「アンジェリカさんの報告は、少し注意して読まなければなりませんね。」
世界救世教会の理念に傾倒し、教主を信頼しきっているアンジェリカが嘘を書いてくるとは思わない。
しかし、秀隆に騙されたアンジェリカが誤った情報を送ってよこす可能性は十分にあった。
騙し合いをやってアンジェリカが秀隆に勝てるとは微塵も思っていなかった。
もっとも、今回秀隆は推測した部分はあれども意図的に嘘を言ってはいなかった。
終末魔導書や秀隆自身が非常識すぎる存在であるため、真実を知った教主が勝手に混乱しているだけである。
まあそれでも、今後秀隆が嘘を吹き込んで世界救世教会を攪乱してくる可能性がある以上、教主の判断は間違いとは言えないだろう。
◇◇◇
この世界には魔術と呼ばれる技術がある。
魔力と呼ばれる不思議な力を利用して様々な現象を引き起こすこの技術は、既に基本的な理論が確立している。
この、確立され体系化された魔術理論に則って行使される技術が魔術である。
魔術を実用レベルで使いこなす者を魔術師と呼ぶ。
魔術理論は優秀だ。一定の魔力と魔力を扱う能力さえあれば誰でも魔術の行使を可能とする。
一人前の魔術師と呼ばれるには努力と才能が必要だが、魔術を特別な人間だけが使える異能から、多くの人間が習得可能な技術に押し上げたのが魔術理論である。
だが、魔術理論も万能ではない。説明のできない現象は数多くある。
神官の使う奇跡。
僧侶の使う法術。
祈祷師の使う呪術。
死霊術師の使う死霊術。
魔術理論では説明のできない現象も、そうした現象を利用した技術も、この世界にはいくらでも存在する。
そうした、魔術理論から外れたところで引き起こされる不思議な現象全般を魔法と呼ぶ。
魔法には明確な定義はない。
魔術理論とは別の理論体系を持っている場合もあれば、理論は存在せずにただ手順だけが伝わっている場合もある。
中には人の扱う技術ではなく、地域の風習としての祭事がある種の儀式となって不可思議な現象を引き起こす、と言った場合もある。
魔法を扱う者のことは、魔法使いとでも呼ぶべきなのだろうが、慣習的に魔術師と呼ばれている。
魔法も魔術も両方使う者も多くいることや、ある特定の魔法現象の術者に対する呼称として「魔法使い」が既に使われていて総称として使用するには向いていないといったことが理由である。
そんなわけで、魔術理論の体系から外れる終末魔導書の魔法は、この世界の基準でも間違いなく魔法である。
また、魔術は知らないが魔法を使うことのできる秀隆が魔術師を名乗っても問題ないのである。
さて、魔術や魔法に関連した組織を魔術結社と呼び、この世界には大小さまざまな魔術結社が存在する。
魔術結社を作る方法は簡単だ。
これこれこういう魔術結社を作ったと宣言すればそれでよい。
特別な資格も手続きも必要ない。
別に魔術師でなくても魔術結社を作れるし、一人しかいなくても魔術結社だと言い張ることもできる。
国によっては魔術結社を登録制にしている場合もあるが、未登録の非公認魔術結社でも国による優遇措置が受けられないだけで活動自体は可能だ。
国としても、雑多な小規模の魔術結社を全て管理することなどできないから、国益に関わりそうな大きな魔術結社以外は放置しているのが現状である。
様々な魔術結社が存在しているが、その多くは活動方針や結社の目的、理念などを明示し、公開している。
魔術結社の方針に賛同する仲間を集めるためである。
魔術結社だけあって魔術や魔法の探求を掲げることが多いが、それ以外の目的を主張することもある。
例えば、世界救世教会ならば「危険な魔導書やアーティファクトを管理して世に出さないようにすること」と言う社会性の強い理念を掲げている。
このように、社会問題の解決や政治的な主張を行う社会派の魔術結社もあれば、個人的な利益を追求することを目標にする魔術結社も存在する。
変わったところでは、有名な魔術師の追っかけをしているファンクラブ的な集まりが魔術結社を名乗ることがある。
そうした、多種多様な魔術結社の中に「黎明の探究者」がある。
その主要な活動は魔術や魔法の探究であり、魔術結社としてはありふれたものだ。
特徴的なのは、その方向性だ。
彼らの求めるものは、強さ。
魔術でも魔法でも、高威力、あるいは広範囲を一気に攻撃する殲滅力。とにかく高い火力を追い求めるのである。
その高い火力を使って何かを為そうという目的は無い。
ただ、他人よりも強い力を持っていることを自慢したいだけの、子供じみた考えの連中なのだ。
だから、同じ魔術結社のメンバーであっても、仲間同士あまり仲は良くない。
彼らにとって、結社の仲間は自らの成果を自慢しあうライバルなのだ。
一般人がドン引きするような高火力の魔術も、威力は高いが実用性のない欠陥魔法も、黎明の探究者のメンバーに見せれば本気で悔しがってくれるのである。
そういう意味ではかけがえのない仲間なのだが、会えば自慢話を始めるか悪態をつくか、とにかく仲が悪いのだ。
そんな仲の悪い彼らが意気投合するのは、他人をこき下ろす場合である。
有名な魔術師の魔術を「あんなもの大したことない」と見下し、醜態をさらした仲間を「恥さらし」と罵る。
特に何もなくても、その場にいない者の陰口などは日常茶飯事である。
「最近ザムザの野郎を見かけたか?」
「ザムザ? そういや見てねぇな。また宝探しにでも行ったのじゃねぇのか。」
「ああ、前に見つけてきた魔導書がしょぼかったから新しいのを探してるのかもな。怪しげな古文書とか買い込んでいたらしいし。」
「どうせまたガセだろ。何にも見つかんなくて帰ってこれないんだろう。」
「あるいはドジ踏んで死んじまったか。」
「ありそうだな。」
「「ハハハハハ。」」
魔術師として強くなる方法はいくつかある。
その一つは、強力な魔術や魔法が記載された魔導書を手に入れることである。
この世界には、威力は高いが何か欠点があって廃れてしまったり、危険すぎるとの判断で秘匿された魔術や魔法が存在する。
世に出ないまま遥か昔に忘れ去られたり秘匿されたりしていても、魔導書の形で残っていることがある。
そうした魔導書を見つけ出して、中に記された魔術や魔法を自分のものにすれば、強力な武器になる、こともある。
だが、当然ながら容易なことではない。
一般的に、魔導書は高価だ。
ものすごーく運が良ければ、古書店で一山いくらで叩き売られている魔導書を見つけることができるかもしれない。
しかし、専門書である魔導書は高価で、希少だったり有用だと思われればさらに値が上がる。
さらに言えば、高価な魔導書だからと言って、強力な魔術が記載されているとは限らない。
魔術にしても魔法にしても、威力が全てではないのだ。
目的の魔術や魔法が手に入るまで魔導書を買い漁っていたら金がいくらあっても足りない。
だから、金に余裕のない者は所有者の存在しない魔導書を狙う。
古い遺跡には昔の魔導書が遺されているかもしれない。
古代の権力者の墓ならば、一族を繁栄させた魔法が副葬品に含まれていてもおかしくはない。
様々な宝物が無節操に得られるダンジョンならば、魔導書も出てくるかもしれない。
目的の魔導書が得られなくても、金目の物が出てくればそれを売って魔導書を買う資金にすればよい。
だから宝探しと呼ばれる。
だが、この方法は危険を伴う。
魔物の溢れるダンジョンはもちろん、副葬品の残る墳墓には盗掘除けの罠が付き物だ。
手付かずの遺跡も、人を寄せ付けない何らかの危険があるからこそ手付かずなのだ。
実は、黎明の探究者の者達は、それほど戦いに長けているわけではない。
彼らの求める強さとは魔術や魔力の威力であり、実用性を無視することも多い。
一発放てば魔力切れになる燃費の悪い魔術とか、発動するまでに何分もかかる魔法とか、そんなものばかりありがたがる連中なのだ。
危険な真似をしていれば、志半ばで倒れることは十分にあり得る事だった。
それを承知の上で笑い飛ばしてあるあたり、仲間に対してどれほど薄情か分かるというものだろう。
ところで、皆様は「煉獄のザムザ」を憶えているだろうか?
そう、古代の神殿っぽい遺跡で終末魔導書の頁を見つけたものの、秀隆に攻撃を仕掛けて返り討ちにあった男である。
彼は、黎明の探究者の一員であり、先ほどの会話で話題にされていた本人であった。
仲間の予想通り、しっかりお亡くなりになっていた。
ところ変わって、ここは街外れの住宅街。
空き家も目立つ閑静を通り越してさびれた一角の一軒のボロ屋に近づく怪しい人影があった。
「クックックッ、ザムザの野郎は隠していたつもりだろうが、ここが奴の隠れ家だということは分かっているぞ。」
彼はザムザと同じ黎明の探究者のメンバーである。
男は周囲と家の中に人の気配がないことを確認すると、取り出した工具で手早く鍵を開けて中へと侵入した。
正体が判明しても、変わらず怪しい人物だった。
「……これか。」
室内を物色していた男が、目的の物を見つけた。
テーブルの上に乱雑に置かれた資料の束である。
それは、ザムザが魔導書を探すために手掛かりとして集めたものだった。
「これなんかよさそうだな。」
男は資料から一枚抜き取ると、残りは元に戻して家を出た。
根こそぎ持って行くつもりはないようである。
良心、と言うよりも、ザムザが戻ってきたときに警戒されないようにして、今後も利用するつもりなのである。
「ザムザよ、生きているのか死んじまったのかは知らんが、お前の集めた資料はこの俺、彗星のガレスが有効に使ってやるからな!」
その日から男――彗星のガレスは、資料に記された魔導書と思われるお宝を探しに動き回ることになった。
そして――
「本当にありやがったよ。しかも、最強の魔導書と名高い大魔導書じゃねえか。ザムザの野郎、当たり引きやがったな。」
終末魔導書の頁を見つけ出していた。
ザムザ自身が見つけたものを含めて二枚目である。かなり優良な資料を集めたらしい。
「だが俺は慎重な男だ。まずは魔法の効果を確かめるぞ。」
以前、ザムザは手に入れた魔導書の魔術を披露したら、効果がしょぼかったという出来事があった。
自信満々だった分余計に大恥をかいたザムザは、次こそはすごい魔導書を見つけてやろうと躍起になって資料を集めまくったわけだが、その様を見ていたガレスは同じ轍を踏むまいと考えた。
そのために、この場でこの場で試してみることにしたのだ。
「栄華の時は終わりを告げる。……」
呪文を唱え終わると、頭上に魔法陣が現れた。
そして――
「何も、起こらない?」
特に何の変化もなかった。
「不発か? いや、手ごたえはあった。効果が表れるまでに時間がかかるのか……」
戦闘において、魔法の発動から効果が表れるまでに時間がかかるというのは大きな欠点だ。動いている相手に当てることは困難だし、味方の動きも制限してしまう。
ただ、そうした欠点があっても必要とされるほど強力な魔術や魔法は存在するし、なにより、黎明の探究者は威力さえ高ければ欠点など気にしないのだ。
ガレスは何か変化がないかと周囲を見回しながらしばらく待つことにした。
そして、ふと空を見上げた時のことだ。
「ん? あんなところに星があったか?」
日も暮れかけて暗くなり始めた空に、ひときわ輝く明るい星が見えた。
「流れ星……ではないな。動いていない。」
ガレスはちょっと気になったが、それよりも魔法の効果が表れるのを見逃すまいと意識を切り替えた。
※静止流星
流れ星の進行方向が真っ直ぐ観測者に向かっている場合、見かけ上夜空の一点に止まっているように見える。これを静止流星と呼ぶ。
ほとんどの場合、流星は途中で燃え尽きて消えるので危険はない。
しかし、燃え尽きずに地上まで落ちてくる場合は直撃コースになるので即座に逃げるべきである(何処へ!?)。
「あの星、なんか大きくなっていないか?」
◇◇◇
「見えましたよ、師匠。あれが目的の丘ですよ。」
「ヒデタカ殿、本当にあそこにあるのか?」
「たぶんな。ワシの持っている終末魔導書も反応しておるし、間違いないじゃろう。」
秀隆達は、終末魔導書の頁を探すために次の目的地へと向かっていた。
「この先にある丘は、その昔は『星降る丘』と呼ばれて、ちょっとした観光地になっとったそうじゃ。じゃが、その丘への入り口となる麓の村がある時一夜にして壊滅してしまって、それ以来訪れる人もいなくなったらしいのじや。」
「つまり、壊滅した原因が魔導書だと? ならば、その麓の村の方を調べるべきではないのか?」
「嬢ちゃんの言う通りなんだがのぉ、この話には続きがあるのじゃ。壊滅した村を発見したのが一人の魔術師で、彼は慰霊のために星降る丘に祠を建てて、そこに何かを奉納したらしいのじゃ。」
「師匠はその祠に納められた物がワールドエンドグリモワールの一枚だと考えているのですね。」
「可能性はありそうじゃからの。ま、行ってみれば分かるじゃろう。」
そして、三人は星降る丘に到着した。
「ここがかつての観光地? 何もないではないか!」
アンジェリカが思わず叫んだ。
確かにそこには何もなかった。観光地の名残どころか、魔術師が建てたという祠らしきものも見当たらない。
その時、一陣の風が吹いて、一枚の紙切れが秀隆の方へと飛ばされてきた。
その紙を手に取った秀隆は唸る。
「どうやら、先客がいたようじゃのぉ。」
「師匠、もしかしてその紙が?」
「うむ、終末魔導書の一枚じゃ。」
「それはどういう魔法なのだ?」
「この頁に書かれているのは、落日の妖星。簡単に言えば、隕石を落とす魔法じゃな。」
「隕石? それが落ちてきただけでこうなるものなのか?」
「恐ろしく高いところから落ちてくるから威力が桁違いなのじゃ。直撃せずとも、余波だけで致命的な破壊力になるじゃろう。」
そこで秀隆は手元の終末魔導書の頁を見てちょっと悲しそうな表情をする。
「効果範囲が広いから、知らずに使うと自分をまきこんでしまうのじゃよ。ここで使われたのはまだ小規模じゃが、知らねば逃げられなかったんじゃろうな。」
「これで小規模だと……いや、ナグラ海に比べれば小規模だが、しかし……」
目の前にあるのは、直径が数十メートルに及ぶクレーターだった。丘が縁の部分を残して陥没してしまっている。
小さな集落ならば、これ一つで壊滅しているだろう。
これで小規模だとすれば大規模ならばどうなるのか?
そう考えて、アンジェリカは絶句した。
「規模が大きくなれば一撃で大都市を壊滅させたり、もっと大規模になれば地上のほとんどの生物を死滅させることになる、恐ろしい魔法なんじゃよ。」
直径100m程度の隕石の落下で広島型原爆の500倍以上のエネルギーを放ち、1km以上になれば人類の生存が脅かされるレベルの災害になると言われている。
これもまた、迂闊に使用してはならない禁断の魔法である。
「これ以上の犠牲者を出さぬためにも、回収を急がねばならんのぉ。」
☆☆☆
終末魔導書
No. 006
落日の妖星
呪文:
栄華の時は終わりを告げる。
古き者は去り、新しきもの生まれ来る。
死の星の導きにて、天翔ける星よ雨となれ。
天より来りて地を穿つ。
降り注げ、落日の妖星!
効果:
隕石を落とす魔法。
数メートルから数キロメートルの隕石を落として相手を攻撃する。
影響範囲が広いので、近距離で使用すると自滅する。遠距離、超遠距離専用魔法と思った方がよい。
なお、キロメートルサイズの隕石を落とすと人類を絶滅させかねないので注意。
・ネメシス
1.ギリシャ神話における復讐の女神。
2.隕石の落下による恐竜の絶滅説を考えた科学者が、その隕石に付けた名前。
(参考:リチャード・ミューラー著「恐竜はネメシスを見たか」)
3.約2,600万年の周期で発生する大量絶滅の原因として考えられた仮説上の天体の名前。




