第四話 大地を揺るがす創世の再来 ~グランドデストラクション~
「ここまで世話になったのじゃ。」
「こちらこそ、ご利用ありがとうございました。またの機会がございましたら、どうぞよろしくお願いましす。」
にっこにこの営業スマイルの船長に見送られて船を降りる秀隆。
この船は、相続したライエン卿の財産に物を言わせてチャーターしたものである。
船長にとってもよほど実入りの良い仕事だったのか、海の男とは思えない腰の低さである。
……ナグラ海は、海ではなく湖なのだが。まあ、それは些細なことだろう。
「ところでヒデタカ殿、せっかく目的の魔導書が手に入ったのに、屋敷に戻らなくて良かったのか?」
同じく船を降りたアンジェリカが秀隆に問う。
ここでいう屋敷とは、秀隆が相続したライエン邸のことである。
百年間空き家だったライエン邸であるが、ライエン財団がしっかりと管理していて即時入居可能な状態に保たれていた。
また、アンジェリカが破壊したのはライエン邸の中でも謎を仕掛けた区画だったので、住居部分はほぼ無傷だった。
秀隆としては広すぎて落ち着かない豪邸だったが、せっかく自宅があるのに宿に泊まるの馬鹿らしい。
だから、ライエン邸を拠点に旅の準備を進めていた。学術都市ニリアは調べ物をするには良い環境でもあった。
そんなわけで、アンジェリカは終末魔導書の頁を回収した秀隆が一度屋敷に戻るものと思っていた。
一つの任務が終われば戻って報告して次の任務を受ける、世界救世教会での仕事の仕方が頭にあったのかも知れない。
「あの屋敷で調べられることは一通り調べたつもりじゃ。別の場所に行けばまた見えてくるものもあるじゃろう。」
ナグラ海を横断してやってきたこの地は、既に別の国である。
学術都市ニリアはラムリア王国に属する都市であるのに対して、秀隆達が到着したムルグはブリオニア帝国の東端に位置する地方都市である。
お隣の国ではあるが、海のように広いナグラ海を隔てているため直接の交流は少なく、風土文化が大きく異なっていた。
それだけ異なる国ならば、異なる情報や解釈に出会うこともあるだろう。
「それにのぉ、もっと直接的な手掛かりがあるかもしれんしのぉ。」
「何かあるのか?」
「五百年前にナグラ海ができる前は、このムルグの近辺は砂漠と同じ高さの平坦な土地が広く続いておって、東風が吹くと奥の方まで砂が飛んできて大変じゃったそうじゃ。」
「……はぁ?」
アンジェリカは周囲をぐるっと見回した。
ナグラ海に面した辺りは高台になっていて水の侵入を防いでいる。
少し奥に入ると土地が低くなっていて、さらにその向こうには小高い丘がいくつも見える。
切り立った崖や急峻な坂も多く、中には切り立った岩の柱のような地形も見える。
平坦には程遠い光景だ。
「記録の通り平坦な地形だったら、ナグラ海ができた時に水没したじゃろうな。こちら側は土地が低いようじゃし。その時に、水を防ぐ可能性のある手段が手元にあれば、使うじゃろうなぁ。」
「あっ、……まさか!?」
「まあ、五百年も昔のことじゃし、確かなことは言えんが、調べてみる価値はあるじゃろう。」
秀隆は、ムルグの街で情報収集をすることにした。
◇◇◇
昔々、ナグラの国に二人の賢者がいました。
一人は善き賢者、カール・ケスラー。
一人は悪しき賢者、クラウス・フィーマン。
フィーマンは、いつもケスラーばかりがもてはやされることが気に入りません。
いつか大きな功績をあげて見返してやろうと常々思っていました。
そんなある日、フィーマンは一つの外法の秘術を手に入れました。
それは、大雨を降らせて洪水を引き起こすという恐ろしいものでしたが、フィーマンはこれだと思いました。
その当時、ナグラの国には悩み事がありました。
国の東に広がる広大な砂漠。その砂は風に乗ってナグラの国に降り注ぎます。
降砂の多い年には農作物が不作になり、家畜の育ちも悪くなり、肺を病む人も増えます。
そのうち国中が砂に埋もれて砂漠に呑まれてしまうのではないかと多くの人が恐れていました。
もしも、砂漠に水を撒いて緑の大地にすることができたなら、国を救った英雄として褒めたたえられることでしょう。
そう考えたフィーマンは、ケスラーの忠告にも耳を貸さず、多くの弟子を連れて砂漠の奥へと入って行きました。
砂漠の中央に着いたフィーマンは、自らの家族を生贄に捧げて外法の秘術を発動しました。
けれど、その非道な行いを神はお許しにならなかったのでしょう。
砂漠に入ったフィーマン達は、誰一人として戻ってきませんでした。
代わりに砂漠からやってきたのは、大量の水でした。
フィーマンが秘術で生み出した大量の水は、地を潤すだけに留まらず、砂漠から溢れてナグラの国を襲ったのです。
このままでは砂漠の代わりに水によって国が呑み込まれてしまう。
人々が絶望したその時、賢者ケスラーが天に祈りを捧げました。
すると、突如として大地が持ち上がり、水の侵入を堰き止めたのでした。
こうして、ナグラの国は救われたのでした。
賢者ケスラーはその後、南側に新たにできた岩壁に穴を掘り、神像とともに家宝の聖典を収めて神に感謝をささげたのでした。
◇◇◇
「五百年も経つと、すっかり昔話になっておるようじゃのぉ。」
秀隆は冒険者ギルドに併設された酒場――真昼間から飲んだくれている冒険者はほぼいないので今はただの食堂――で食事をしながら情報を整理していた。
「それにしても、そのフィーマンは酷いな。己の名声のために家族を犠牲にするとは!」
もちろんアンジェリカも一緒である。
世界救世教会の任務で調査活動を行うこともあり、普通り聞き込みをしたり資料を調べたりする分にはそれなりに役に立った。
ただし、集めた情報を評価する部分に関しては怪しいものがあった。
今も昔話の内容を言葉通りに捉えていた。
「それはどうかのぉ。」
一方で、秀隆はそこまで安易に考えない。ちゃんと裏を読む。
「ん、どういうことだ?」
「誰も帰ってきておらんのに、砂漠で何が行われたかなど分かるはずないじゃろう。そもそも終末魔導書は生贄など必要とせんわ。」
「た、確かに!」
「おおかた、国民の動揺を抑えるために、分かりやすい悪役やら英雄やらを作り上げたんじゃろう。」
歴史は勝者が作るもの、である。
フィーマン本人とその主要な弟子がそろっていなくなったのならば、悪役に仕立て上げられても文句を言うこともできなかっただろう。
「気になるのは最後の『家宝の聖典』と言う部分じゃな。終末魔導書の魔法を神の奇跡と称したのじゃったら、聖典とは魔導書の頁そのものであっても不思議はないじゃろう。」
「つまり、『南の岩壁』に隠されているかもしれないと?」
「問題は、これほどあからさまなヒントが残っておることじゃな。魔導書ではなくとも何らかのお宝があるとみて探しに来る者がいてもおかしくなかろう。今でも残っておるかどうか……。まあ、行ってみるしかないじゃろうな。」
場所は確認済みであった。
さして遠くもないので、秀隆はそのまま向かうことにした。
「む?」
そして、冒険者ギルドの建物を出たところで、秀隆は不意に立ち止まって周囲を見回した。
何か視線を感じた気がしたのだ。
「どうしたのだ、ヒデタカ殿?」
「いや、何でもない。」
だが、秀隆は気配を察知するとか、殺気を感じるとかいった能力は持ち合わせていない。
分からないものはどうやっても分からないのだからどうにもならない。
秀隆は、少しだけ警戒しながら足を進めた。
「これは……絶景じゃのぉ。」
秀隆達は、ムルグの町の南、人里離れた場所にやってきていた。
ナグラ海と接する南端近く、水の侵入を食い止める高台の裏側は岩がむき出しの急峻な崖になっていた。
「まさか、こうなっていたとは……」
「じゃが、聖典とやらが残っておる可能性も出てきたのぉ。」
岩壁には横穴が掘られ、その奥には神像らしきものが設置されている様子が見える。
いわゆる石窟である。
その石窟が、岩壁一面、無数に掘られていた。
「賢者ケスラーに倣って後から掘られたんじゃろうか? すごい数じゃのぉ。」
「不確かな昔話を根拠に本当にあるのかも分からない何かをこの数の中から探すのは現実的ではないだろうが……何か残っているとして、ヒデタカ殿はどうするつもりなのだ。また本を倒すのか?」
「ワシは終末魔導書以外は必要ないから、それが一番じゃな。じゃが、あれはあれで大変じゃったから、もう一工夫するかのぉ。」
終末魔導書を地面に立てて倒す方法は有効だった。
ただ、地面にしゃがんで本を立て、倒れた方向を確認したら回収して立ち上がる、この立ったりしゃがんだりの繰り返しが地味に負担だった。
前回は船旅だからまだよかったが、秀隆はあの後二、三日ほど筋肉痛で苦しむことになった。
だから、今回は別の方法を考えた。
秀隆は、終末魔導書と共に一本の紐を取り出した。
そして、終末魔導書に紐を巻き付けて縛ると重心の辺りで結び目を作り、そこから一本上に伸ばした。
上に伸びた紐の部分をつまむと、終末魔導書が空中で好きな方向を向けるようになる。
しばらくはフラフラしていた終末魔導書だったが、ふいに一方向を指し示して動きを止めた。
「どうやらここにあるようじゃの。」
秀隆が歩けば、指し示す方向も変わる。
遠くにある頁に反応しているのならば、少しの距離を移動したくらいではそこまで大きく向きが変わることはないはずだ。
「あのあたりか……ちと高めじゃのぉ。」
しばらく歩き回っておおよその位置を特定したのだが、終末魔導書が指し示す方向は斜め上、岩壁の中腹辺りだった。
「あそこから登れるようだな。」
アンジェリカの見つけた道を登り、秀隆達は目的の石窟目指して向かって行った。
岩壁は急勾配ではあるが完全に垂直に切り立っているわけでもなく、それなりに凹凸もある。
高い位置にも石窟は作られているのだから、当然その場所まで到達するための道も作られていた。
ただし、そこまできれいに整地された道でもないし、手すりや柵が作られているわけでもない。
足を滑らせるとちょっと怖い坂道を、杖を突きながらえっちらおっちらと秀隆は登って行った。
魔術師の持つ杖は、魔術を行使する際の補助を行うための魔道具の一種である。
しかし、この世界の魔術を知らない秀隆にとってはそんなものを持つ意味はない。
ただ、ローブと共に魔術師っぽく見せるための小道具として用意した普通の杖だった。
その形だけ持っていた杖が、今本来の杖として使われていた。
「この辺りかのぉ。」
いくつもの石窟の前を通り、時々終末魔導書で方向を確認しながら、秀隆達は進んで行った。
石窟は、奥深く掘られたものもあれば、神像がすぐそこに顔をのぞかせているほどに浅いものもある。
中に設置されている神像も様々で、人の姿をしたもの、獣の姿をしたもの、半人半獣のもの、既に信仰は失われ神話にのみ残る神、伝承すら失われた正体不明の神。
神像も、外から持ち込まれたものだけでなく、岩壁を彫って作られたレリーフや彫像ではなく絵画として描かれた壁画もあった。
この石窟群だけでも学術的価値は高そうだった。
「間違いない、ここじゃな。」
終末魔導書は、真っ直ぐに石窟の奥を指していた。
中に入ると、山羊を連れた女神、らしき石像が置かれていた。
この世界の神話に詳しくない秀隆にはどういった神様なのかは分からない。
アンジェリカも知らないようなので、あまり有名な神様ではなさそうだ。
そして、賢者が納めたという聖典――終末魔導書らしきものは見当たらない。
「さすがに隠されておるか。どれ?」
秀隆が終末魔導書をかざすと、女神像……ではなく、その隣の山羊を指していた。
「こっちか!?」
アンジェリカが山羊の像を詳しく調べてみると、口の中に丸めて突っ込まれた紙片を発見した。
「これだ、あったぞ ! ――あっ!?」
アンジェリカが紙片を取り出したその時、ふいに背後から忍び寄った何者かに紙片を奪われた。
「何をする! 返せ、泥棒!!」
「……嬢ちゃんが言うかのぉ。」
アンジェリカの叫びも秀隆の突っ込みも無視して、闖入者――アンジェリカよりも年上に見える青年は紙片を広げて食い入るように見つめる。
「これだ! 賢者様の聖典。我が家の家宝をついに取り戻したぞ!」
その青年の言葉に疑問を覚えた秀隆は、青年に向かって声をかけた。
「お主、何ものじゃ?」
すると、青年は紙片から顔を上げ、秀隆とアンジェリカの方に向き直った。
「僕の名前は、ルーカス・ケスラー。かつて国を救った英雄、賢者カール・ケスラー直系の子孫だ!」
青年改めルーカスは、なぜかどや顔で言い切った。
「そして、この聖典は賢者カール・ケスラーが残したケスラー家の家宝! 盗人はお前たちの方だ!」
「くっ、……」
ライエン邸では泥棒と言われようとも奪いさろうとしたアンジェリカだったが、それで反省したのか、それとも今回は秀隆の手伝いであって世界救世教会の任務ではないからか。
正当な所有者であると主張するルーカスの登場に、アンジェリカは動揺していた。
一方で、秀隆はその程度では諦めることはなかった。
「じゃが、その賢者ケスラー自身が『聖典』を子孫に遺さず、こんなところに隠したんじゃろ? 子孫であるお主ら渡したくなかったのではないかのぉ。それに、行方不明のまま五百年間も放置しとったんじゃから、今更自分のものじゃと主張するのはどうおと思うのぉ。」
「うっ、……」
今度はルーカスが言葉に詰まった。
賢者ケスラーが聖典を子孫に残すつもりが無かったことは薄々気が付いていたようだ。
五百年間も行方不明で管理されてこなかった物を先祖が所持していたからと言って所有権を主張することは少々無理があった。
「う、うるさい! 賢者様は聖典を誰にも渡さなかったのだから、何年経とうと僕のものだ!」
ルーカスは開き直った。
賢者ケスラーが最後に所持していて、その後他の誰の手にも渡っていないのだからその所有権は子孫に存在する、という理屈だ。
賢者ケスラーとその血縁を尊重するような人物ならばその説明で納得しただろう。
だが、秀隆は当然そんなことを認める気はない。
「じゃがのぉ、そもそも、その『聖典』とやらが本当に賢者ケスラーのものじゃと言えるのかのぉ?」
「あ、当たり前だろ!」
「五百年前に賢者ケスラーがその『聖典』を使ったことは本当だとしてもじゃな、賢者ケスラーが自分でその『聖典』を作ったわけではあるまい。どうやって『聖典』を手に入れたのかは知らぬが、本当に賢者ケスラーのものになったと言えるのじゃろうかのぉ?」
「は? 何を言っているんだ?」
悪魔の証明と言う言葉がある。
これは、所有権の帰属を過去に遡って証明することの困難さを表現したものである。
例えば、ある人が土地を買ったとする。
しかし、自分の買った土地に行ってみたら、別の人が住んでいて「ここは自分の土地だ」と主張したらどうすればよいか?
もしも、「この土地は自分が金を出して買ったのだから自分のものだ」としてそこに住んでいた人を追い出すことが認められてしまうと、少々問題が発生する。
自分の所有する土地に住んでいる人が、本人の全く知らないところで行われた詐欺によって所有権が移動して、住む場所を追い出されると言ったことが起こり得ることになるのだ。
自分のあずかり知らないところで財産が奪われてしまっては自衛の手段も存在しない。これはまずい。
だから、その土地が自分のものであることを証明するためには、売買が正しく行われたことに加えて、土地を売った人間がその土地の権利を保有していたことを証明する必要があるのだ。
だが、これを厳密に証明することは非常に困難だ。
土地を売った人間がその土地を所有していたことを証明するためには、その土地を売った人間に土地を売った人間がその土地を所有していたことを証明しなければならない。
土地を売った人間に土地を売った人間がその土地を所有していたことを証明するためには、(以下略)。
つまり、前の所有者、前の前の所有者と無限に遡って証明しなければならないのである。
本当に無限と言うことはないのだが、過去に遡るほど記憶や記録は曖昧で不確かになっていくから、必ずどこかで分からなくなる。
土地と異なり人の作った工芸品ならば、製作者まで遡れば証明は完了するが、作者不明の古い品となるとやはり証明は困難になる。
ルーカスは、本人は意識していないだろうが、この悪魔の証明を行っているのである。
すなわち、「五百年前の賢者ケスラーが他の人間に譲渡していないのだから、他の人間の所有権はすべて無効であり、自動的に相続した子孫に所有権がある」とする考えである。
この考えには、他にもいろいろと問題はあるのだが、一つ大きな抜けがある。
そもそも、五百年前の賢者ケスラーが『聖典』を所有していたことを証明しなければならないという事である。
賢者ケスラーが聖典の持ち主であったことを前提として考えいるルーカスには、指摘されても理解できなかったのだが。
「お前さんの持っておる『聖典』はこの終末魔導書の頁の一枚じゃ。そして、終末魔導書を作ったのはワシじゃ。ワシは終末魔導書を頁の一枚とて他人にやったことはないぞ。」
「はあ!?」
「ええ??」
終末魔導書に関して言えば、作成者がここにいるのだ。
途中経過を完全に無視したルーカスの論法を使えば、自分で作った間違いなく最初の持ち主である秀隆が誰にも譲渡していないのだから、終末魔導書の全ての頁は秀隆のものと言うとになる。
ただ問題は、秀隆にとっては自明のことであっても、他の者にとっは荒唐無稽な話に過ぎないと言うことだった。
ルーカスだけでなく、アンジェリカも訳が分からないという顔をしていた。
「嘘をつくな! 賢者様が聖典を使ったのは五百年も前なんだぞ、爺さんは五百歳だとでも言うのか!」
秀隆自身、信じられないような現実なのである。これが普通の反応だろう。
アンジェリカも、口には出さないものの、ルーカスと同意見である。
「確かにワシは五百年も生きてはおらんがの。じゃが、お前さんも、嬢ちゃんも、終末魔導書に関わったのならばその異質さに気付いておるんじゃないか?」
「……世界救世教会では、外法聖典を魔導書としてもアーティファクトとしても他に類を見ないものとして特別扱いしていた。」
「確かに、既存のいかなる魔術や魔法の系統にも属さず、強大な力を秘めているから賢者様は聖典と呼んだらしいが、それがどうかしたか?」
秀隆の意図が分からないながらも、アンジェリカにつられたのか、ルーカスも普通に答えた。
「終末魔導書は本来この世界のものではない、異世界の魔導書なのじゃ。」
「そうだったのか! つまり、アル=ブラムス魔法文字で描かれた魔導書がアル=ブラムス以前には外法聖典以外に見つからない理由は、異世界の魔法文字だったからなのか!」
何故か、アンジェリカが大きく反応した。
元から興味のある話題だったらしい。
なお、言い方がまどろっこしいのは、終末魔導書以外にもアル=ブラムス魔法文字で描かれた魔導書が存在するからだったりする。
終末魔導書に使用されている魔法文字は秀隆が作ったオリジナルであるが、アル=ブラムスと呼ばれる人物が解読してアル=ブラムス魔法文字と呼ばれるようになった。
その結果、終末魔導書を読み解くことが可能になっただけでなく、新しい魔導書をアル=ブラムス魔法文字で記述することが可能となった。
強大な魔導書にあやかろうとしたり、あまり有名ではない魔法文字を使用することで秘匿性を高めようとしたり、様々な理由でアル=ブラムス魔法文字を使用する者が現れた。
こうして、秀隆の黒歴史はこの世界の一部に深く浸透していったのだ。
「力を求めた誰かが異世界から強力な魔導書を召喚しようとして失敗、したのじゃろうな。」
「失敗?」
アンジェリカが不思議そうに聞き返す。
現に終末魔導書が存在するのだから、召喚には成功したのだと思ったのだろう。
「そう、失敗じゃよ。終末魔導書はこの世界に呼び寄せられたものの、ばらばらの頁に分解され、時空を超えて過去の時代の様々な場所に現れてしまったのじゃよ。」
「……まさか!?」
ここまでくると、ルーカスも秀隆の言いたいこと見当がついた。
「そして、終末魔導書の表紙と持ち主のワシがこの時代に放り出されてしまったわけじゃな。」
ルーカスは渋い顔をする。
推測交じりの秀隆の話は、秀隆がそう主張しているだけで決定的な証拠が提示されたわけではない。
だが、堂々と語る秀隆の言葉を否定する言葉が出てこなかった。秀隆に呑まれた状態である。
そして、もう一つ気付いてしまった。
秀隆の言葉が本当だろうと嘘だろうと、とんでもない力を持った『聖典』を賢者ケスラーが自力で作ったとはさすがに考えられない。
賢者ケスラー以前は出所不明の『聖典』である。賢者ケスラーの手に渡った経緯は不明だが、誰かが古い遺跡等から見つけ出した拾得物だと言うことがもっともありそうなパターンである。
ちょうど、秀隆とアンジェリカがこの石窟で見つけ出したように。
賢者ケスラーが聖典の所有者であることを正当化しようとすれば、再発見した秀隆やアンジェリカの所有権も正当化されることになる。
だが、それを認めて聖典を渡す気はなかった。
ルーカスもこれまで努力してきたのだ。
直系の子孫でも既に分からなくなっていた賢者ケスラーが作った石窟を探し回り。
たまに昔話を聞いて聖典を探しにやってくる者の後を付けて様子を見たことも今回が初めてではない。
ようやく見つけた聖典である。ここで諦めることはできなかった。
まあ、ここで悩んているあたり、根は悪人ではないのだろう。
「それにのぉ、やはり賢者ケスラーはその『聖典』を子孫に遺したくなかったのじゃろうと思うのじゃよ。」
そんなルーカスの葛藤を知ってか知らずか、秀隆は言葉を続ける。
「実際に使ったのなら終末魔導書の魔法の危険性は身に染みたじゃろう。自分の子孫に同じ過ち、同じ悲劇を繰り返させないためにこの頁を隠したのじゃろうな。」
「待て! 過ち? 悲劇? 賢者様は国を救った英雄だぞ、そんなものあるわけないだろう!」
ここでルーカスが声を荒げた。
ルーカスにとって、賢者ケスラーは尊敬する偉大な先祖であり、国を救った絶対的な英雄だった。
その賢者ケスラーの偉業を否定するような発言は許せなかったようだ。
「じゃが、ナグラ王国は滅びたのじゃろう? 五百年前にのぉ。」
そう、ナグラ王国はすでに滅んでいた。
それも、五百年前、賢者ケスラーが国を救ってからそれほど間をおかずにである。
昔話においては国を救った英雄とされながらも、賢者ケスラーは国を救いきれていなかったのだ。
「そ、それは、フィーマンが洪水を起こしたからで……」
「じゃが、その水は賢者ケスラーが食い止めたんじゃろ?」
「それは、……」
「なにより、この辺りの地形を見れば一目瞭然じゃ。水を防いだだけではあるまい。国中で土地が隆起したり陥没したりしておったら、被害甚大じゃろう。国が傾くほどになぁ。」
平坦だった大地が、突然起伏の激しい地形に変化したら、それはとんでもない大災害だろう。
大地の変動に巻き込まれた建物は倒壊し、道は寸断され、畑だって引き裂かれただろう。
「国は混乱し、人心は乱れたからこそ、分かりやすい悪役と英雄を作って民の心をまとめようとしたのじゃろうなぁ。」
「そ、そんな……」
ルーカスはショックを受けていた。
だが、それは薄々分かっていたことだった。
賢者ケスラーが守った国が結局は滅びたことも。
ナグラ海の水を防ぐ以外の場所も地形が変わってしまっていることも。
そして、賢者ケスラーが作られた英雄であることも。
この地で暮らしていれば、多くの者が気付く事である。
頭のどこかで分かっていたが、あえて無視してきたその事実を突きつけられて、ルーカスはうろたえた。
「ほれ、そこの壁を見てみるのじゃ。」
秀隆が指さしたのは、石窟の片隅の壁だった。
よく見れば、そこには何やら文字が刻まれていた。
――私は己の罪を生涯忘れない。二度と同じ悲劇を繰り返さないために。
――我が友クラウスと犠牲になった人々の魂が安らかなることを願う。
「あ……ああ……嘘だ……」
署名のないその言葉は、フィーマンの凶行に加担した何者かの悔恨の言葉と捉えるのが普通だろう。
だが、『聖典』が見つかった以上、この石窟は賢者ケスラーが作ったもので間違いはなかった。
「それが、賢者ケスラーの本音じゃろうな。」
「嘘だ、嘘だ、嘘だあ!」
信じていたものを否定され、心の支えを失ったルーカスはそこで……切れた。
「賢者様は国を救ったんだ! 聖典は将来のために子孫に遺されたものだ! 聖典を使えるのは直系の子孫の僕だけだ! 今それを証明してやる!」
「よすんじゃ! それを使えば大災害が起きるだけじゃ!」
ルーカスが何をしようとしているかを悟ってさすがに慌てる秀隆。しかし、ルーカスは止まらない。
「僕は今まで家に伝わる写本を見て聖句を唱える練習をしてきたんだ! この聖典さえあれば僕にも神の奇跡が使えるんだ!」
ルーカスは聖典を両手で掲げるように持ち、聖句を唱え始めた。
「母なるガイアよ目を覚ませ。」
「させるか! 集うは火、求むるは破壊、我が前の敵を討ち倒せ。ファイアーボール!」
その詠唱を止めようと、咄嗟にアンジェリカが攻撃魔術を放った。
「ヒッ!」
いきなり至近距離からの魔術攻撃に悲鳴を上げるルーカス。
だが、攻撃を仕掛けたアンジェリカも驚いた。
「なんだと!?」
魔術で作り出した火球がルーカスに当たる手前で消滅したのだ。
これが終末魔導書による防御機能。
呪文の詠唱を妨害させないため、つまり、詠唱破棄も無詠唱も許さない、呪文はきっちりと詠唱しろ! という若き日の秀隆のこだわりが詰まった設定である。
もちろん、魔術だけでなく物理攻撃も防ぐからアンジェリカには手が出せなかった。
とりあえず邪魔される心配はないと分かったルーカスは、安心して詠唱の続きを――
「なってないな。なんだ、その詠唱は?」
――唱えようとしたところで、別の声が割り込んだ。
「ヒデタカ……殿……?」
アンジェリカが自信なさげな声で言う。
そう、秀隆である。他にはいない。
だが、アンジェリカが一瞬別人かと思うほどに違って見えた。
姿は変わっていない。
ただ、背筋が伸びて背が高くなったように見える。
話し方も態度も微妙に変わり、動作も機敏になったようで、全体的に若返ったかのようだ。
秀隆のスイッチが入ったのだ。
「練習したそうだが、お前のはただ読み上げているだけだ。呪文の意味も分かっていなければ、魂もこもっていない。俺が本物の詠唱を見せてやろう!」
言うなり、秀隆は切れのある動きでポーズをとった。
「母なる大地よ目を覚ませ。」
ルーカスもあわてて詠唱を続ける。
「ジェネシス再び巡り来たり。」
「創世の時再び巡り来たり。」
「天に届くはスメール、地の底至はヘルヘイム。」
「天に届くは神の頂、地の底至は黄泉の国。」
「神のミニスケープ組み直し、望みの景色を創り出せ。」
「神の箱庭組み直し、望みの景色を創り出せ。」
練習していただけあって、ルーカスの詠唱はよどみない。
だが、秀隆には及ばない。
直立不動のまま詠唱するルーカスに対して、一節ごとに自然にポーズを変える秀隆。
同じ調子で淡々と唱えるルーカスに対して、抑揚をつけて感情をこめて唱える秀隆。
同じ呪文なのに、まるで違って聞こえた。
「創造せよ、グランドデストラクション!」
「創造せよ、蠢動する大地!」
ほぼ同じタイミングで詠唱が終了すると、二人の足元に魔法陣が浮かび上がった。
そして――
「何故だ、何故何も起こらない!? 失敗したのか?」
何も起こらなかった。
「いいや、魔法は発動したさ。お前も魔法を使ったのだから、実感しているだろう?」
しかし、秀隆は魔法は発動したという。
「蠢動する大地は地形を広範囲に操作する魔法だ。地面を高く隆起させ、あるいは陥没させる。俺はお前の魔法の逆の操作を行ったから、相殺されて何も起こらなかったように見えているだけなのさ。」
「ちょっと待て! あんたは聖典を持っていないだろう!? 聖典が無ければ神の奇跡は使えないはずだ!」
「終末魔導書は魔法の補助をしているにすぎん。呪文の意味、魔法の理、世界の摂理を正しく理解すれば魔法を発動することは可能だ。それから、地形の変化は相殺したが、地面に加わったエネルギーまでは消えることはない。」
――グラグラグラグラ
その時、地面が大きく揺れた。
この辺りは地震もほとんど起こらない土地なので、ルーカスもアンジェリカも驚いて座り込んでしまった。
唯一人、秀隆だけが悠然と立ち続ける。
「震度3と言ったところか。これが大地に加わったエネルギーの発露、魔法が発動した証拠だ。」
やがて、揺れが収まると、呆然としていたルーカスが我に返った。
そして、いきなり平伏する。
「どうか、僕にもその魔法を教えてください!」
そういいながら、自ら聖典――終末魔導書の頁を差し出した。
「ほう、魔法の深淵を求めるか。いいだろう。だが、半端な覚悟ではたどり付けぬぞ。」
「どうかよろしくお願いします、師匠!」
ルーカスは、自らの信念が崩れたところに強烈なな魔法を見せられて、おかしな方向に考えが行ってしまったようである。
そして、スイッチが入っておかしなテンションになっている秀隆に弟子入りしてしまった。
正気に戻った秀隆がどう思うかはまた後の話である。
こうして、終末魔導書の頁を無事回収し、同行者が一人増えることになった。
それからもう一人、秀隆から妙な影響を受けた者がいた。
「なに、あれ、カッコイイ……」
アンジェリカ十四歳。
色々と多感なお年頃である。
☆☆☆
終末魔導書
No. 004
大地の蠢動
呪文:
母なる大地よ目を覚ませ。
創世の時再び巡り来たり。
天に届くは神の頂、地の底至は黄泉の国。
神の箱庭組み直し、望みの景色を創り出せ。
創造せよ、蠢動する大地!
効果:
広範囲に地形を変化させる魔法。
地面を隆起させて高い山脈を作ることも、陥没させて深い谷間を作ることも可能。
攻撃を目的とした魔法ではないが、規模が大きいので巻き込まれれば無事では済まない。
以降、更新頻度を落とします。
百の呪文もそうですが、短編小説の続きをそのまま書いているため、連載小説と言うよりも、連作短編に近い感じで書いています。
週一更新はちょっと無理でした。




