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抜き打ち私物検査で妖王の部屋よりヤバいものが見つかってしまった件

その日、レイラは来客対応で謁見の間に出ていた。

テュエルはいつも通り、扉の外で控えている。


静かな時間だった。


そのはずだった。



「テュエル様」


呼ばれて振り返る。


そこに立っていたのは、監察官だった。


「はい。どうされましたか」


「帳簿の内容に不一致がありまして……少々、調査のご協力をお願いできますか」


一瞬の間。


テュエルは小さく息を吐く。


(すぐ終わるだろう)


「承知しました」


そう言い、護衛を兵に任せ、その場を離れる。



「こちらです」


案内された帳簿には、確かに不自然なズレがあった。


その中でも、特に目立つ項目がある。


――酒。


在庫だけが、妙に合わない。


(……これは)


テュエルは目を細める。


「……心当たりがあります」


そう告げると、監察官を伴い、庭へ向かった。



辿り着いた先は、皇族の専用の庭


そして、その奥。


ヤツの”特等席”大岩へ



「む、何か用か。猿」


気怠い声。


そこにいたのは、シャガルだった。


テュエル

「今からあなたの部屋を調査します。立ち会ってください」


シャガル

「…ほう?なぜそのような無礼を?」


テュエル

「無礼?興味はない。さっさと協力しろ」


シャガル

「侵害だな」


テュエル

「うるさい早く来い」


シャガル

「……ふん」





シャガルの部屋はすぐに“異常”だと分かった。


扉が開いた瞬間だった。


「……」


テュエルの動きが止まる。


空気が重い。


正確には、空気が“臭い”。


床には酒瓶。机には酒瓶。隅にも酒瓶。


片付けられているものが、ひとつもない。


「……お前」


テュエルの声が一段低くなる。


「衛生観念、本当にどうなっている」


シャガルは寝台で寝転びながら鼻を鳴らした。


「ふん。別に余は困らぬ」


テュエル

「困るかどうかの話ではない」


シャガル

「ならば何だ」


テュエル

「……環境だ」


(終わってる……)


「城の品格を損なう」


シャガル

「ふん……」


監察官が静かに後ろへ一歩下がる。


(ほぼ…黒だな)



テュエルは、無言で部屋を見渡した。


そして――


止まる。


気づく。



(……待て)


(……この部屋に)


(レイラ様が……入っている?)


(この空気に?)



思考が一瞬で止まる。


次の瞬間。



(……は?)


(……いや)


(ありえない)



白目一歩手前で理性が軋む。


呼吸が止まる。



「……信じられない」


声が漏れた。 


手と肩が、わずかに震えた。



シャガルが片眉を上げる。


「何がだ」


「全部だ」


即答だった。



テュエルはゆっくりと監察官を見る。


「これは調査ではない」


「大掃除だ」


監察官

「…はい?」


シャガルが耐えきれず口を開く


「余の領域で何を勝手に――」


「黙れ」


即殺気。



気づけば監察官も巻き込まれていた。


「え、あの……これは帳簿調査の――」


「関係ない」



「そこ!酒瓶は分類しろ!!」


「それは保存するな捨てろ!!」


「なぜ布の下に骨がある!!」


「猿!!なにをする!!それは余の物だ!!」


「こんなものはゴミだ!!」


「なにぃ?!!」




一瞬の空白。


 


テュエル

(……袋)


 


シャガルは何も言わず、足元のズタ袋を蹴り上げる。


 


「ほれ」


 


テュエル

「あぁ」


 


テュエル

(……雑巾)


 


シャガルは足元の布を拾い上げ、


 


「ほれ」


 


放る。


 


テュエル

「あぁ」


 


 


監察官

「…………?」


 


 


シャガル

(次は水か)


 


テュエル

「……遅い」


 


 


無言で桶が差し出される。


 


 


監察官

(なぜだ……)


(なぜ会話が成立している……?)


 


 


――そして。


 


 


今度は、声が消えた。


 


 


シャガル

(全く、なんで余がこんなことをやらされねばならんのだ)


 


テュエル

(それはお前のせいだろう)


 


シャガル

(余は頼んでおらぬ)


 


テュエル

(頼まれてもやらんだろうな)


 


シャガル

(やらぬ)


 


テュエル

(だろうな)


 


 


手は止まらない。


 


 


シャガル

(しかし猿よ)


 


テュエル

(なんだ)


 


シャガル

(そこはさっき拭いていたぞ)


 


テュエル

(知っている。二度拭きだ)


 


シャガル

(細かい男だ)


 


テュエル

(衛生だ)


 


 


監察官は、ついに確信した。


 


 


(今……)


(今、絶対に会話していた)


(だが誰も口を開いていない)



(……しかも手も止まっていない)


 


(……え?)


 


 


(夫婦か?)


 


 


思わず口に出た。


 


「お二人は……仲がよろしいのですか?」


 


 


一瞬。


 


 


二人の動きが止まる。





 

ピクリ




 


そして。


 


 


「「違う!!」」


 


 


声が完全に重なった。


 


 


監察官

「……ひっ!?」

(ですよね?!)


 


 


なぜか安心した。


 


 


しかしその後も、


二人の連携は一切崩れなかった。


 


 


(やっぱり仲良いのでは……?)


 


 


誰にも聞こえない疑問だけが、静かに残った。


 



 


シャガルの自室、初の全面清掃作戦。


 


いわゆる“大掃除”が――


 


なぜか国家規模で進行していた。




数刻後。


床が見えるようになった部屋で。


シャガルは腕を組んでいた。


「……おぉ、こんなに広かったか?」



テュエルはゲンコツを繰り出す



ごつんと


シャガル

「ぐ……!!」


テュエル

「貴様……今のこの状態を保てず、汚したら…」


「わかってるな……?」


ゆらり、猿魔の気配


シャガル

「わ、わかった……」


「しかし、どこからこの酒は出てきた」


「倉庫から持ってきたに決まっておる」


空気が止まる。


「帳簿はどうした」


「知らぬ」


「威張るな」


「知らぬものは知らぬ!」


「取ったのはお前だろうが!」 


しばらくの応酬の末。


「申し訳ございません。」

「こいつには後で言い聞かせます」


テュエルは深く頭を下げる。


その瞬間。


「お前も下げろ」


後ろから首を掴まれる。


「なっ……!」


無理やり頭を下げさせられる。


(な、なんたる屈辱……)



その時だった。


「申し訳ありません!!」


女官が駆け込んでくる。


「姫様の純金の簪が見当たらず……」


一瞬の静寂。


そして――


「ふむ」


シャガルの口元が、わずかに上がる。


「それならばこやつが一番怪しいな」


指先が、テュエルを指す。


「……は?」


「常に近くにおるのだろう?ならば知っておろう」


「レイラの世話は、全てこやつがしているからな」




テュエル

「根拠が雑すぎるぞ」



シャガル

「よい、部屋を調べよ」


テュエル

「待て」


(……まずい)


内心少しばかり焦っていた。




監察官は半ば強制的に連れていかれる




そして――


テュエルの部屋。


扉が開かれる。


そこはシャガルの部屋とは雲泥の差、異様なほど整っていた。



無駄がない。隙もない。



“清潔”というより――

“隠蔽”に近い静けさ。



監察官

「……異常は、ないですね」


しかし


そこでふと監察官が

壁に掛けられた外套へ視線を向ける



吸い寄せられるように手を伸ばす――



その瞬間



「……それに触れる意味、理解していますか」 


冷えた声。


ぴたりと動きが止まる。


「……し、失礼しました」



その紺の外套。


それに触れる意味を――

この城で知らぬ者はいない。



そこへ、女官の声が響く。


「ありました!簪は別室に落ちていたようです!」


一気に空気が抜ける。



シャガルが舌打ちする。


「つまらぬな」




検査は終わった。

何も問題はなかった。


――少なくとも、“表向きは”。


 


シャガル

(しかし……)

(……妙だな)

(あの程度で済むはずがない)


 


視線だけを、わずかに動かす。


 


壁に掛けられた外套。


 


(……)


 


ほんの一瞬だけ、思考が止まる。


 


(……いや)


(あんな場所に、収まるわけがない)


 


何も言わない。


 



 


その夜。


 


誰もいない部屋。


 


テュエルは、静かに外套の前に立つ。


 


ゆっくりと、それを外す。


 


――その裏。


 


小さな木箱が、ひとつ。


 


テュエルは迷いなくそれを手に取る。


 


パカリ、と開く。


 


中には――


 


護衛服の予備の留め具や、細かな装具。

整然と収められた、ごく“まともな私物”。


 


一瞥。


 


そして。


 


静かに、それを机の上へと置いた。


 


「――これではない」


 


独り言のように、そう告げる。


 



 


その視線が、わずかに下へ落ちる。


 


外套の影に隠れた壁。


 


わずかに削られた痕跡。


 


継ぎ目の見えない、隠し扉。


 


指先で押す。


 


音もなく、開く。


 


 


そこには――


 


整然と、“何か”が並んでいる。


 


形も、種類も、判別できない。


 


ただ一つだけ確かなのは――


 


それらすべてが、

“保存されている”ということだった。


 



 


「……これは……誰にも見せられませんからね」


 


かすかに、笑う。


 


 


「……そろそろ、増やさなければな」


 


 


視線が、壁の“まだ何もない場所”へ向く。





 


扉を閉じる。


 


何事もなかったかのように。


 


外套を元の位置に戻す。


 


すべてを、元通りに。


 



 


翌日。


 


彼はいつも通り、

レイラの隣に立っていた。


 


何も変わらない顔で。


 


何もなかったかのように。

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