五感が鋭すぎる姫、匂いで全部バレる
宮中の中庭。
昼下がりの光が柔らかく落ちているのに、空気だけが妙に落ち着かない。
レイラはなぜか中庭の長椅子に座らされる。
レイラ
「……なぜ私は座らされている」
テュエル
「逃げられないようにです^^」
レイラ
「……帰る」
シャガル
「座れ」
レイラ
「……座っている」
そしてその周囲には――
シャガルとテュエル。
しかも珍しく、両者とも“戦闘態勢ではない”。
レイラは二人から呼び出されたような形だった。
シャガル
「レイラ。今日は少し“遊び”をするぞ」
レイラ
「遊び?…皇務を中断させてなにかと思えば」
テュエル
「まぁ、レイラ様、少し休憩だと思ってお付き合いください^^」
シャガル
「安心しろ。死にはせん」
レイラ
「……安心材料として機能していない」
シャガル
「細かいことを気にするな」
レイラ
「私は気にする」
テュエル
「失礼しました^^」
レイラ
「…何を始めるつもりだ」
一拍
シャガル
「…お前の“五感”がどれほど鋭いか試す」
レイラはため息
レイラ
「…お前達…暇なのか?」
テュエル
「いえ、確認事項です」
「護衛する上で、レイラ様のことをさらに知らなければなりません。」
レイラ
「…却下だ。」
即答。
だが二人は動かない。
シャガル
「却下を却下する」
テュエル
「はい、必要なことです」
レイラ
「…………」
(なんなんだ今日は)
有無を言わさず二人はレイラの確認試験(実験)を始めた。
⸻
第一テスト:視覚
テュエルがレイラの横に立つ。
一方――シャガルは歩き出す。
一歩、二歩、三歩。
まだ歩く。
さらに歩く。
テュエル
「……まだ行くんですか?」
シャガル
「当然だ。中途半端は嫌いでな」
さらに距離を取る。
もはや声が届くか怪しい位置。
異様な距離感だった。
その距離で、シャガルが口を開く。
シャガル
「レイラァ!!」
風に削られた声が、かろうじて届く。
シャガル
「どちらの手に物がある!!」
背中で手を隠している。
見えない。というか遠い。
テュエル
(いくらレイラ様でも――)
テュエルはレイラを見る。
レイラは一瞬だけ目を閉じた。
レイラ
「左」
一発正解。
シャガル
「ほぉ……」
テュエル
「……え?」
テュエル
(当たった……?)
(いや偶然……?)
シャガル
「なぜ分かる」
レイラ
「左手の握る筋力の強張り」
「あと、肩が僅かに上がっている」
シャガル
「そんなものまで分かるのか……」
テュエル
(そんなもの“まで”というか……)
(距離の問題ではないのか……?)
レイラは特に何も思っていない顔で続ける。
レイラ
「で、まだあるのか?」
シャガル
「当然ある」
即答だった。
テュエル
(あるのか……)
シャガルは満足げに頷き――
さらに一歩、後ろに下がった。
テュエル
「いや離れすぎでは?」
第二テスト:聴覚
シャガルはさらに距離を取る。
さっきより遠い。
明らかに遠い。
もはや“試験”ではなく“嫌がらせ”の距離だった。
テュエル
「……あれ、嫌がらせです?」
レイラ
「………」
シャガル
「いくぞ」
シャガルは人間よりも遥かに優れた聴覚を持つ。
先ほどの距離なら、レイラの小声も拾えた。
――だが、今回は違う。
テュエルはレイラの隣で静かに様子を見る。
テュエル
(……さすがにあれでは聞こえない)
(あいつですら厳しいはずだ)
(……レイラ様はどうだ?)
――興味。
遠くで、シャガルが口を動かす。
何か言っている。
だが。
聞こえない。
風に削られ、完全に消えている。
テュエルは耳を澄ます。
(……無理だ)
唇の動きも読めない。
その瞬間。
レイラが、普通に答えた。
レイラ
「爺だ」
テュエル
「…………?」
完全停止。
(……今のは)
(回答……なのか?)
(そもそも何の話だ?)
数秒の沈黙。
テュエル
「……今のは、回答ですか?」
レイラ
「あぁ」
テュエル
「……そうですか」
(わからん)
その時。
ドドドドド、と足音が近づく。
シャガルが戻ってきた。
シャガル
「猿。レイラはなんと言った?」
テュエル
「……爺殿。と仰いました」
シャガル
「…………」
一瞬、止まる。
シャガル
「……そうか」
“理解した風”の顔。
――だが。
(……爺…だと…?)
(なぜだ)
(余は……?)
(余は……対象にも入っておらんのか……?)
胸の奥に、あからさまなダメージ。
ほんの僅かに、姿勢が崩れる。
――グサッ。
シャガル
「……ふん」
わずかに視線を逸らした。
テュエル
「で?お前は何を聞いたんです?」
シャガル、少しだけ不機嫌そうに答える。
シャガル
「……どんな男が好みか、と聞いた」
――沈黙。
風が通り抜ける。
テュエル
「……」
シャガル
「……」
テュエル
「つまり」
シャガル
「あぁ」
テュエル&シャガル
((選ばれていない))
レイラは静かに茶をすすっている。
テュエル
(なぜだ)
シャガル
(納得がいかん)
レイラ
「……何をしている」
テュエル
「いえ、少し現実を受け止めていました」
シャガル
「……次だ」
完全に話を切り替えた。
第三テスト:嗅覚
テュエルが蓋をした小瓶をいくつか並べる。
見た目はすべて同じ水。
だが、その中の一つだけに――果物の香りを一滴だけ忍ばせてある。
テュエル
「これの中に一つ――」
言いかけた瞬間。
レイラ
「……これだ。匂いを混ぜたな」
テュエル
「……え」
即答。
シャガル
「正解か?」
テュエルは恐る恐る頷く。
レイラ
「檸檬の匂いがする」
テュエル
「……すごいですね」
シャガル
「……怖いな」
レイラは何事もなかったかのように瓶を戻す。
テュエル
(蓋、してありましたよね?)
(というか……種類まで分かるんですか……?)
一歩だけ後ずさる。
テュエル
「嗅覚……想定以上です……」
(……ちゃんと清潔にしよう)
(汗とか……匂い……全部……)
(衣服も……部屋も……完璧に……)
ふと、思考が止まる。
(……いや)
(今……俺は……大丈夫か……?)
ほんのわずかに、自分の袖口へ視線を落とす。
(……匂っていないか……?)
(レイラ様に、不快な思いをさせていないか……?)
一瞬だけ、表情が固まる。
シャガル
「何を挙動不審になっておる」
テュエル
「なってません」
即答。
(後で確認しよう)
(徹底的に)
心の中で固く誓う。
シャガルは腕を組みながら、じっとレイラを見る。
シャガル
「しかし……」
「……隠し事ができんな」
(……こっそり酒を飲むのは無理か)
(……風呂も……毎日入るか……)
レイラ
「……?隠す気あったのか」
シャガル
「な、ない」
一瞬の間。
テュエル
(いや、絶対いろいろ隠してるだろ)
テュエルは冷めた目でシャガルを見る。
シャガルはわずかに視線を逸らした。
●第四テスト:感情の匂い
面白そうなことをしているな、と爺が駆けつける。
爺
「はっはっは!なんですかなこれは^^」
レイラ
「……次は何をする気だ」
テュエル
「レイラ様、次は“視ないで”ください」
シャガル
「匂いだけで推理せよ」
レイラ
「……遊びの域を越えている気がするが」
爺
「まぁまぁ姫さま、たまにはよろしいでしょう^^」
そのまま三人は輪になり、こそこそと相談を始める。
レイラ
(……なんの時間だこれは)
やがて。
シャガル
「よし」
三人が横一列に並ぶ。
シャガル
「レイラ、目を閉じろ」
レイラ
「あぁ……」
素直に目を閉じる。
テュエル
「ではレイラ様。今、ボクたち三人の中で――」
「一人だけ“小石”を握っている者がいます」
テュエル
「誰が持っているか、分かりますか?」
レイラ
「…………」
わずかな沈黙。
――その間。
シャガル
(レイラ……余だ)
(余が持っておるぞ)
(さぁ、言うがよい)
なぜか自信満々に、わずかに胸を張る。
(余だと言え)
(余だと言え)
(余だと言え)
――むしろ“主張している”。
レイラは、わずかに鼻を鳴らした。
レイラ
「……テュエルだな」
「!!?」
三人、同時に固まる。
シャガル
「なぜだ!?」
「なぜ分かる!!」
テュエル
(……なんでだ?)
(完璧だったはずだ……)
(焦りも、嘘も、出していない……)
レイラは目を開ける。
テュエルの手を見て――
レイラ
「やはり、合っていたか」
爺
「さすが姫さま!陛下と変わらぬ”鼻”ですなぁ!^^」
テュエル
「レイラ様……なぜ分かったのですか?」
レイラは少し考え、
レイラ
「……シャガルが、あからさまだった」
シャガル
「どういうことだ」
レイラ
「“自分が持っている”と主張するような匂いだった」
「自信と――わずかな嘘の混ざった匂いだ」
シャガル
「ぐっ……」
静かにダメージ。
レイラ
「そして爺」
爺
「はい?」
レイラ
「爺は嘘をつくとすぐに汗をかき、心拍が上がる」
「だがそれがなかった」
爺
「バレておりますなぁ!はっはっは!」
レイラ
「……消去法だな」
一拍。
レイラ
「テュエル、お前は“整いすぎていた”」
テュエル
「―――っ」
わずかに息が詰まる。
(レイラ様……)
(やめてください……)
(完璧でいたいのに……)
(バレてしまう……)
レイラ
「……隠そうとしている匂いが、逆に分かりやすい」
テュエル
「…………」
無言で目を伏せる。
(後で対策を考えよう)
(徹底的に)
シャガル
「無駄なことを考えておるな」
テュエル
「黙ってください」
そして――
テスト終了後。
シャガル
「結論。異常だな」
テュエル
「否定できませんね」
シャガル
「全て筒抜けとはな」
レイラ
「…見ようと思えばな」
一拍。
ほんのわずかに、視線が落ちる。
「……気味が悪いか?」
(…慣れている)
テュエルは即答だった。
テュエル
「レイラ様をさらに知ることができて――ボクはこの上なく嬉しいですよ♡」
一切の迷いがない。
シャガルも、鼻で笑う。
シャガル
「あぁ……大収穫だ」
レイラ
「……変な奴らだな」
(……だが)
ほんのわずかに、口元が緩む。
――そして。
二人は同時に、わずかに視線を逸らす。
(レイラの五感は“鋭い”などというものではない)
(もっと別の――根本から違う感覚)
(しかも本人は、それを“当然”だと思っている)
⸻
その時。
レイラが、ふと呟く。
レイラ
「今日は……お前たち、妙に距離が近かったな」
シャガル
「……そうか?」
テュエル
「気のせいです」
レイラ
「そうか」
それ以上は、追及しない。
⸻
その後。
二人の“遊び”に付き合わされたレイラは、
何事もなかったかのように皇務へ戻っていた。
シャガルの気配は、もうない。
だが――
扉の外。
テュエルの気配だけは、いつも通りそこにある。
(……テュエル)
筆を走らせながら、わずかに意識を向ける。
(匂いを出さぬように制御までできるようになってきているな)
小さく、鼻で笑う。
(だが――)
(制御してもしなくても、あいつの芯は変わらない)
(常に、ぶれない)
(……相変わらず、安心する)
一方で。
(シャガルは……)
ほんの僅か、思考が揺れる。
(嘘でさえ、まっすぐだったな)
(あいつは――嘘偽りがない)
(匂いが、常に“事実”を告げてくる)
静かに、息を吐く。
(……あの二人は)
(うるさくない)
(落ち着く)
――少しだけ間を置いて。
(……喧嘩だけやめてくれればな)
わずかに困ったように、息を吐いた。
⸻
静かな時間。
何も起きていない、ただの午後。
レイラはふと、筆を止める。
(……そういえば)
視線の先。
机の端に置かれた、小さな水差し。
指先で、軽く揺らす。
あの夜のことを思い出す。
看病。
熱。
慣れない弱り方。
――シャガル。
そして。
ほんの少しだけ。
水に、混ぜた。
(あの時……)
(ほんの少しだけ、入れておいてよかった)
それ以上は考えない。
誇るでもなく、
悔やむでもなく、
ただ――
(悪化しなかった)
それだけで、十分だった。
風が吹く。
銀の髪が、わずかに揺れた。
レイラは瓶を元の位置に戻す。
「まぁ……」
小さく、息を落とす。
「結果的に、よかったか」
そう言って――
何事もなかったかのように、本を閉じた。




