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【未来編】強引に姫を連れ出したら、明太子に全部持っていかれたんだが


 シャガルは、城の廊下を一人歩いていた。


(……そういえば……)


 ふと、脳裏に浮かぶのは、あの四合目の村での出来事。


 泥だらけで笑う子どもたち。

 無邪気に駆け回る姿。

 そして――


『また来てね!!』


 あの声が、やけに鮮明に残っていた。


「……ふん」


 小さく鼻を鳴らす。


「来いと言われたから来てやるだけだ」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


 だがその足は、すでに決まった方向へ向かっていた。



 執務室。


 レイラは書類に目を落としたまま、淡々と筆を走らせている。


 その前に立ち、シャガルは腕を組んだ。


「レイラ」


「…どうした」


「少し席を外す」


 短い言葉。


 レイラは顔も上げずに答える。


「構わないが……どこへ行く」


「少しな」


「……そうか」


 それ以上は問わない。


 そのやり取りだけで、許可は下りた。


 シャガルは満足げに頷き、踵を返す。



 四合目の村。


 見慣れた道を進むと、すぐに声が上がった。


「シャガルお兄ちゃんだー!!」


「ほんとだ!!来たー!!」


 子どもたちが一斉に駆け寄ってくる。


 その勢いを受け止めながら、シャガルは鼻で笑った。


「む、来てやったぞ」


「遊ぼう!!」


「今日は何する?!」


 口々に騒ぐ子どもたち。


 その輪の中に、自然とシャガルも加わっていく。


――――――――――――


  しばらくして。


 走り回った子どもたちが、縁側へと座り込んだ。


「つかれた〜……」

「お腹すいたー……」


 そこへ、ひとりの女が現れる。


「ほら、あんたたち。これでも食べな」


 差し出されたのは、小さな三角の白い塊。


 シャガルはそれをじっと見下ろした。


「……これは……握り飯か?」


 その横から、子どもが顔を覗かせる。


「うん!握り飯だよ!うちのだよ!」


「……ほう……握り飯か」


 子どもがひとつ手に取り、にっと笑う。


「シャガルも食べてみなよ!おいしいよ!」


「……ふむ」


 促されるままに、一口。


 わずかに、目が細まる。


「……城で食うものとは……違うな」


 率直な感想だった。


 さらにもう一口。


 今度は、わずかに眉が動く。


「……なんだ、これは」


 噛んだ瞬間、味が変わる。


 思わず手元を見る。


「それ、おかかだよ!」


「おかか……」


 別のものを手に取る。


 口に運ぶ。


「……っ、これも……違うのか……」


「それはこんぶ!」


 子どもが得意げに胸を張る。


「中にいろいろ入ってるんだよ!」

「おかかとか、こんぶとか、他にもいっぱい!」


「違う味なの!」


 シャガルはしばし黙り込み――


(……なるほどな……)


 その単純な工夫に、妙な感心を覚えていた。


 そして、ふと。


(……レイラは……)


(このようなものは……まだ知らぬかもしれぬな……)


 城でも握り飯は口にしている。


 だが――


 これほど種類があり、味が変わるものは。


(……ならば)


 自然と、言葉がこぼれる。


「これは、どう作るのだ」


 女が、きょとんとする。


「え……?」


「レイラにも食べさせたい」


「……あやつも、驚く」


 一瞬、空気が止まった。


「ひ、姫様に……ですか……?」


 戸惑いの色。


 だがシャガルは気にも留めない。


「うむ。必ず喜ぶ」


 迷いのない断言。


 女は言葉に詰まり、視線を泳がせる。


 そのとき――


「あそこ行けばいいんだよ!」


 子どもが元気よく声を上げた。


「あそこなら、めっちゃおいしいのあるよ!」

「いっぱい種類あるし!」


 シャガルがそちらを見る。


「……ほう」


 わずかに、口元が緩む。


「案内せよ」


「やったー!!」


 子どもたちが一斉に立ち上がる。


 ――こうして。


 後にレイラを巻き込むことになる“計画”が、


 静かに動き始めたのだった。


――――――――――――――――――――


 後日。


 テュエルは兵たちの剣術指南のため、不在。


 執務室では、レイラがいつも通り、黙々と書類に向き合っていた。


 筆の音だけが、静かに響く。


 その集中を――


 次の瞬間、容赦なく叩き壊す音が響いた。


―――ッパァン!!!


 勢いよく扉が開かれる。


 レイラの肩が、びくりと跳ねた。


 顔を上げるまでもない。


 こんな開け方をするのは、一人しかいない。


 案の定――


 そこに立っていたのは、シャガルだった。


「レイラ、いくぞ」


 唐突な一言。


 レイラは、はぁ、と息を吐く。


「……どこに行くと言うんだ」

「皇務中だ、またにし――」


 言い終える前に。


 ひょい、と。


 まるで物のように、軽々と抱き上げられる。


「なっ――」


 一瞬、思考が止まる。


 そのまま、すたすたと歩き出すシャガル。


「皇務ばかりではだめだ」

「息抜きが必要だ」


 当然のように言い放つ。


 レイラは腕の中で身をよじる。


「……おい、せめて終わってから――」


「だめだ」


 即答。


 まったく揺るがない。


「こんな場所に留まっていたら、腐る」


 有無を言わせぬ声音。


 そのまま、執務室を出て、

 廊下を進み、

 城の外へ。


 兵たちがぎょっとした顔で見送る中――


 シャガルは一切気にすることなく、駆け出した。



 ――四合目。


 見覚えのある景色に、ようやく足が止まる。


「着いたぞ」


 ようやく地に下ろされ、レイラは小さく息をついた。


「……ここは?」


 視線を巡らせる。


 村の一角。


 見慣れぬ建物の前だった。


 シャガルは、当然のように言う。


「おにぎり専門店だ」


 レイラは、ほんの一拍、沈黙し――


「……おにぎり……?」


 少しだけ首を傾げる。


シャガル

「あぁ、握り飯だ」


レイラ

「なんだ、握り飯のことか」


シャガル

「……好きだろう?」


 レイラはきょとんとしたまま頷く。


「あぁ、好きだぞ」

「爺がいつも持たせてくれるからな」


 あっさりとした返答。


 だが――


(ふ……こんなに種類があることは、知らぬだろう)


 わずかに、口元が歪む。


「……まぁよい」

「好きならばな」


「入るぞ」


 そう言って、当然のようにレイラの手を取る。


「来い」


「……おい、引っ張るな……」


 軽く抵抗しながらも、そのまま店の中へと連れて行かれた。



「いらっしゃいま――――」


 店主の声が、途中で止まる。


 固まった。


 それもそのはずだ。


 四合目の小さな握り飯屋に、

 国の主――レイラ姫が現れたのだから。


「ひっ……姫様……?!」


 顔が一瞬で青ざめる。


レイラ

(あぁ……こうなると思った……)


 こめかみに手を当て、小さく息を吐く。


 だが――


シャガル

「邪魔するぞ」


 まったく気にした様子もなく、

 手を引いたまま、ずかずかと調理場の前に並ぶ席へと腰を下ろす。


レイラ

「おい……」


 隣に引き寄せられる形で座らされる。


 肩が、触れる。


(……近いな……)


 意識した瞬間、ほんのわずかに体が強張る。



シャガル

「魚が好みだったな」


レイラ

「……あぁ」


シャガル

「ならばそれでもよいが――」


 ちらりと、壁に貼られた品書きを見る。


 ずらりと並ぶ、見慣れぬ種類。


「これほどあるのだ」

「たまには違うものも食え」


レイラ

「……ん……」


 少しだけ迷う。


 そして、店主へ視線を向けた。


「……すまない」

「おすすめは、あるか?」


店主

「は、はいっ……!!」


 びくりと背を伸ばす。


「そ、それでしたら……!今朝仕入れた明太子が……!」


レイラ

「……わかった。それで頼む」


(明太子……?)


シャガル

「……余は、この梅とやらを食ってみるか」



 調理の音が、静かに響く。


 土鍋で炊かれる米。

 焼かれる魚の香ばしい匂い。


 その様子を眺めながら、

 レイラは湯呑みに口をつける。


 その横で――


 不意に、腰に手が回された。


「……っ」


 びくりと肩が揺れる。


 横を見ると、

 当然のような顔でシャガルが座っている。


「……なにをしている」


「なに、離れる理由もなかろう」


 当然のように言う。


 距離は、そのまま。


(……近い……)


 だが、不思議と――嫌ではない。



「お待たせいたしました!!」


 出来上がった握り飯が並べられる。


 艶やかな米。

 整えられた形。

 美しく巻かれた海苔。


 素朴なはずのそれは、

 どこか洗練されて見えた。


レイラ

「……綺麗だな」


 小さく、呟く。


 そっと手に取り、

 最初に口にしたのは、明太子。


「………っ!」


 目が、見開かれる。


 店主が、陰でごくりと唾を飲む。


シャガル

「……どうだ」


レイラ

「……うまい……!」


 はっきりとした声。


 店主の肩が、ほっと落ちる。


シャガル

「そうか」


 満足そうに、目を細める。


レイラ

「……少しピリっとするが……なんだこれは……」

「……くせになるな」


 もぐもぐと、あっという間に食べきる。


 続けて、鯖の握り。


「……うん、うまい」


 安定の一言。


 だが――


 少しだけ、間が空く。


 先ほど食べた、明太子の味が――まだ舌に残っている。


シャガル

「……どうした」


レイラ

「……さっきの」


「明太子のやつ、もう一個食べたい」


 一切の迷いのない声。


シャガル

「……ふ」


 小さく笑う。


「満足するまで食え」


 そのまま、追加を頼む。



 一方その頃。


 シャガルは最後の一つに手を伸ばす。


「……これが、梅か」


 見た目は他と変わらぬが――


 一口。


 ――次の瞬間。


「――――ッッ!!?」


 ぴたり、と動きが止まる。


 顔が、ぐしゃりと歪んだ。


「な、なんだこれはッ!!?」


 思わず声が漏れる。


 口の中に広がる、容赦のない酸味。


「こんなもの食ったら……顔が中央に寄るではないか!!」


 思わず口元を押さえる。


 眉間に皺。

 目は細まり、

 完全に“やられた顔”だった。


 店内が、一瞬静まり返る。


 店主は青ざめ、

(やばい壊される……!!)

と内心で震えている。


 だが――


「……っ、ははっ……!」


 レイラの笑い声が、ふっと零れた。


 堪えきれず、

 肩を震わせて笑っている。


「そんな顔……初めて見たぞ……」


 くすくすと、楽しそうに。


 シャガルはその声に、ぴたりと動きを止めた。


「……レイラ……」


 怒気は、すでに消えている。


 代わりに、

 その笑顔に見入るように目を細めた。


(……まぁ、よいか……)


 小さく息を吐き、

 何事もなかったかのように残りを飲み込む。


 店主はその様子を見て、

(た、助かった……)

 と心底安堵した。


 ――その時。


 店の奥にいた客たちが、ひそひそと声を上げる。


「お、おい……あれ……姫様じゃねぇか……?」


「ひぇぇ……めんこいなぁ……」


「いや……あれは……いい女だ……」


「色っぺぇなぁ……」


 遠慮のない視線。


 値踏みするような言葉。


 それが、シャガルの耳に入る。


 ぴくり、と。


 空気が変わった。


 ゆらり、と立ち上がる。


「……おい」


 低い声。


 男たちの前まで歩み寄る。


「余の女だ」


 一言。


 それだけで、場の温度が下がる。


「見るな」


 静かな圧。


 だが――


 中の一人が、引かずに笑う。


「は?なんだお前……

 護衛のくせに、でかい顔してんじゃねぇよ」


 その言葉に、


 シャガルの目が、すっと細まる。


「……護衛?」


 小さく、繰り返す。


 次の瞬間――


 ぞわり、とした殺気が滲んだ。


「違うな」


 一歩、距離を詰める。


「夫だ」


 その一言に、

 空気が凍りつく。


 男たちの顔色が、変わる。


 ――そして。


 わずかに間を置いて、低く告げる。


「——余の妻だ」


 次の瞬間には、

 本能的な恐怖が背筋を走っていた。


(……やばい)


(こいつ……)


(なんか……やばい……!!)


 だが、その直前。


 コツン、と。


 軽い音が響く。


「やめろ」


 レイラの拳が、

 シャガルの頭に落ちていた。


「……む」


 一瞬で、殺気が消える。


 何事もなかったかのように振り返る。


「騒ぐな」


 淡々とした声。


 シャガルはわずかに肩をすくめた。


「……仕方あるまい」


 不満げに呟きながらも、

 素直に席へ戻る。


 男たちは、完全に沈黙していた。


 もはや視線を向ける者はいない。


 ――再び、静かな空気。


 しばらくして。


 店を出た後。


 山道を並んで歩く。


 レイラは、ふっと小さく息を吐いた。


「……うまかったな」


 ぽつりと、素直な感想。


 シャガルは横目でそれを見る。


「そうか」


 満足げに目を細める。


 少しの沈黙。


 やがて――


 レイラが、ほんの少しだけ視線を逸らしながら言った。


「……また、行こうな」


 その一言に。


 シャガルの足が、わずかに止まる。


「……あぁ」


 短く答える。


 だがその口元は、

 わずかに――嬉しそうに緩んでいた。


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