鬼に豆は効くのか
レイラは自室にいた。
机の上。
積み上げられた本。
その中の一冊を手に取る。
珍しく児童向けの本だった。
各地の風習や祭事について書かれたものだ。
ぱらり。
頁を捲る。
そこでレイラの手が止まった。
「……鬼には豆を投げる」
書かれていた文章を読み返す。
「……」
鬼は外。
福は内。
レイラは考えた。
そして。
ぽつり。
「……鬼には豆が効くのか」
少しの沈黙。
「……」
すっと立ち上がる。
本を閉じた。
「よし」
部屋を出る。
静かになった室内。
その時。
窓から風が吹き込んだ。
ぱらり。
本の頁が捲れる。
もう一度。
ぱらり。
開かれた頁。
そこには続きが記されていた。
⸻
豆を投げて厄を払う。
鬼とは厄や災害を表すもの――
⸻
しかし。
それを読む者はもういない。
向かう先は調理場だった。
◇
調理場。
棚の上に置かれた炒り豆。
レイラはそれを小袋へ入れる。
「……」
袋を見る。
そして。
少しだけ口元が緩んだ。
「よし」
「検証だ」
◇
皇族の庭。
暖かな昼下がり。
庭の奥。
大岩の上。
そこにはいつもの姿があった。
白銀の髪。
紅い眼。
妖王。
シャガル。
ごろりと寝転がり、気持ちよさそうに昼寝をしている。
レイラは近付いた。
袋から豆を一粒取り出す。
そして。
ぽい。
こつん。
額に当たる。
「………」
反応なし。
ぽい。
こつん。
「………」
ぽい。
こつん。
「………」
反応なし。
しばらくして。
シャガルが気怠そうに片目を開いた。
「……レイラ」
「なんの真似だ」
「……痛いか?」
「いや」
「そうか」
レイラは少し考えた。
そして。
ぽい。
「……だからなんの真似だと言っておる」
「……効いているか?」
「何のことだ」
「本で、鬼には豆を投げるといいと書いてあった」
「………」
シャガルは黙った。
レイラは考える。
妖王。
酒呑童子。
つまり。
鬼の王。
効くならば。
大発見ではないか。
シャガルは嫌な予感がした。
「レイラ」
「お前はそれを信じるのか」
「違うのか?」
「効かぬ」
即答だった。
「……そんな豆ごとき、この妖王には――」
その時だった。
バババババババババババ!!
「いだだだだだだだ!!!!?」
猛烈な勢いで豆が降り注いだ。
シャガルが飛び起きる。
レイラが振り向いた。
そこには。
豆の入った大皿を抱えたテュエルが立っていた。
「……おかしいですね?」
「効かないのではなかったのですか?^^」
にこり。
爽やかな笑顔だった。
シャガル
「猿ぅぅぅ!!」
テュエル
「効いてるように見えますが?」
シャガル
「効いておらん!!」
レイラはじっとシャガルを見た。
「……」
「効いたな」
シャガル
「効いておらん!!」
テュエルはくすりと笑った。
テュエル
「レイラ様、見ていてください^^」
ガッと豆を掴む。
シャガル
「待て」
テュエル
「鬼は外ーーー!!」
ガガガガガガガ!!
シャガル
「やめろぉぉぉ!!」
「ぐぉおおぉおおお!!!」
バチバチと音を立て、豆とは思えぬ速度でシャガルへ降り注ぐ。
レイラ
「鬼は外?」
テュエル
「こういう時は言うんですよ」
レイラ
「……」
レイラは思い出した。
そういえば。
本にも書いてあった。
レイラ
「なるほど」
レイラも豆を手に取る。
そして。
ぽい。
「鬼は外」
ぽい。
「鬼は外」
シャガル
「やめぬか!」
———
それからしばらく。
検証は続いた。
いや。
途中から違った。
完全に遊びになっていた。
「待て猿!!」
「嫌です^^」
ガガガガガガガガガ!!
「鬼は外ー!!!」
「ぐぉぉぉぉお!!」
「効いてるな?」
「効いておらん!!」
庭園に妖王の怒号が響いた。
「だから投げるなぁぁ!!」
ドゴォォォン!!
庭園の一角が吹き飛んだ。
レイラは長椅子に座っていた。
本を開く。
ぺらり。
読む。
遠くで爆発音。
「貴様ぁぁぁ!!」
「当たりませんよ?」
「待て!!」
「鬼は外ー!!!」
「早く出てけー!!」
「誰が出るか!!」
ぺらり。
レイラは顔を上げた。
観察する。
少し考える。
なるほど。
豆そのものではなく。
投げる者の力量が重要らしい。
掛け声も併用すべきなのだな。
勉強になる。
◇
「姫さま^^」
爺だった。
庭園へやって来た爺は、荒れた庭を見て笑った。
「はっはっは!」
「今日も賑やかですな」
「うん」
レイラは頷いた。
「今日は何をして遊んでおられるので?」
「鬼には豆が効くと聞いた」
「効くのか検証していたんだ」
爺は一瞬だけ黙った。
そして優しく微笑む。
「姫さま^^」
「鬼というのは本来、厄や病、災害を表す言葉なのです」
「……」
「魔を滅する、と書いて『まめ』とも言いますからな」
「……ふぅん」
「ですので」
爺は楽しそうに笑った。
「シャガル殿には効かんでしょうなぁ」
レイラは少し考えた。
そして。
「……そうなのか」
少しだけ残念そうだった。
ちょうどその頃。
乱闘が終わり、肩で息をしている二人が戻ってくる。
レイラ
「検証結果が出た」
シャガル
「何のだ」
レイラ
「残念だが、鬼には効かないことがわかった」
「厄や病、災害のことだって」
シャガルは鼻を鳴らした。
「ふん」
「だから言った」
「豆などには屈せぬ」
テュエルが即座に返す。
「実質、災害のようなものですけどね」
沈黙。
シャガルの額に青筋が浮かぶ。
「……なんだと猿」
「違うんですか?^^」
「貴様ぁぁぁ!!」
再び追いかける。
テュエルが逃げる。
爺は笑う。
レイラは本を読む。
今日も賑やかな一日だった。
◇
夕暮れ。
庭園。
誰もいない。
静かな風が吹く。
ころん。
シャガルの足元へ何かが転がった。
豆。
昼に投げられていたものだった。
「……」
拾う。
眺める。
少しだけ悩む。
そして。
カリッ。
もぐもぐ。
「……」
もう一粒。
カリッ。
もぐもぐ。
しばらく咀嚼した後。
ぽつりと呟いた。
「……うまいな」




