妻は今日も幸せそう
雨の日。
朝から空はどんよりと曇っていた。
昼を過ぎても晴れる気配はない。
窓の外では、しとしとと雨が降り続いていた。
静かな雨だった。
激しくもなく。
弱すぎることもなく。
ただ一定の音で屋根を叩き続けている。
今日は珍しく皇務も少ない。
急ぎの案件もない。
呼び出しもない。
つまり――暇だった。
⸻
レイラは居間の床へ座り、本を読んでいた。
その隣にはテュエル。
同じく本を読んでいる。
少し離れた長椅子にはシャガル。
ごろん。
完全に寝転がっていた。
「……」
「……」
「……」
静かだった。
雨音だけが聞こえる。
しばらくして。
ぱらり。
レイラが頁をめくる。
ぱらり。
今度はテュエル。
雨音。
頁をめくる音。
それだけだった。
「……平和だな」
ぽつりとレイラが呟く。
長椅子から声が返ってきた。
「平和だからな」
目は閉じたままだ。
「寝てたんじゃないのか?」
「寝ておる」
「起きてるじゃないか」
「今起きた」
「そうか」
「そうだ」
再び静寂。
レイラは少しだけ笑った。
⸻
しばらくして。
湯呑へ手を伸ばす。
だが。
空だった。
「……」
残念。
そう思った瞬間。
ことり。
横から新しい湯呑が置かれる。
湯気は立っているが、熱すぎるほどではない。
「補充しておきました^^」
テュエルだった。
「……いつの間に」
「つい先ほど」
レイラは湯呑を持つ。
ほんのりと温かい。
口をつける。
ちょうど良かった。
「……」
猫舌の自分でもすぐに飲める温度。
さすがだ。
一口飲む。
ほっと息を吐いた。
「ありがとう」
「いえ」
まるで当然のような返事だった。
だが。
口元は少しだけ緩んでいた。
「猿」
「はい?」
「気色悪いぞ」
「ありがとうございます^^」
「褒めておらぬ」
レイラは静かに茶を飲んだ。
いつものことだった。
⸻
雨は止まない。
しとしと。
しとしと。
なんだか眠くなる音だった。
部屋も暖かい。
湯気の立つ茶。
静かな空気。
本。
そして。
いつもの二人。
「……」
ぱらり。
頁をめくる。
数行読む。
少しだけ視界がぼやける。
瞬きをする。
また読む。
数行。
ぼやける。
「……」
眠い。
だが。
あと少しだけ。
あと少しだけ読んでから――
こく。
頭が落ちた。
慌てて戻す。
誰も見ていない。
たぶん。
きっと。
再び本を見る。
数行。
こく。
また落ちる。
今度は少し深かった。
「レイラ様?」
テュエルが顔を上げる。
「起きてる」
即答。
だが。
こく。
説得力はなかった。
長椅子の上。
シャガルが片目を開ける。
「寝ろ」
「寝てない」
「寝ている」
「起きてる」
こく。
「寝ている」
「……」
反論できなかった。
⸻
その十分後。
レイラは完全に寝ていた。
本はテュエルが回収済みである。
膝掛けも掛けられていた。
そして。
なぜか。
テュエルの腕に抱きついていた。
「……」
沈黙。
テュエル停止。
動かない。
全く動かない。
少しでも動けば起きる。
それは避けたい。
非常に。
眠るレイラは無防備だった。
普段より少しだけ力の抜けた顔。
静かな寝息。
柔らかな髪。
可愛い。
非常に。
だから。
動かない。
動いてなるものか。
絶対に。
「……猿」
「……なんでしょう」
「気色悪いぞ」
「ありがとうございます^^」
「褒めておらぬ」
不快だった。
非常に。
⸻
数分後。
シャガルは長椅子の上で考えていた。
雨音。
静かな部屋。
眠るレイラ。
抱きつかれている猿。
「……」
面白くない。
非常に。
「……」
さらに数分。
「……」
むくり。
起き上がる。
当然のようにレイラの反対側へ座った。
我慢の限界だった。
テュエルが見る。
「何をしているんです?」
「そこを代われ」
「嫌です」
即答だった。
譲る気などなかった。
欠片も。
⸻
だが。
レイラは起きない。
当然だった。
熟睡している。
そして。
テュエル側だけに抱きついている。
「……」
シャガルは待った。
少し待った。
結構待った。
来ない。
全然来ない。
「……」
面白くなかった。
非常に。
⸻
だが。
そのうち。
眠気は平等に訪れる。
雨音。
暖かい空気。
静かな部屋。
レイラ。
すやすや。
テュエル。
うとうと。
シャガル。
うとうと。
そして。
いつの間にか。
三人とも眠っていた。
⸻
どれくらい経っただろう。
レイラはゆっくりと目を開いた。
雨音はまだ続いている。
外は少し暗い。
夕方だろうか。
ぼんやりと瞬きをする。
そして。
違和感に気づいた。
「……?」
右。
テュエル。
寝ている。
左。
シャガル。
寝ている。
「……」
ぱちり。
もう一度瞬きをする。
右。
左。
右。
左。
二人ともいた。
「……ふふ」
思わず笑う。
静かな部屋。
雨音。
眠る二人。
なんだか少し面白かった。
そして。
少しだけ。
嬉しかった。
レイラはそっと身を起こす。
まず。
右。
眠るテュエル。
柔らかく笑った。
そして。
ちゅ。
頬へ小さな口付け。
テュエルは起きない。
「……ふふ」
次に。
左。
眠るシャガル。
少しだけ迷う。
ほんの少しだけ。
それから。
ちゅ。
同じように頬へ口付ける。
やはり起きない。
「……」
レイラは小さく笑った。
それから。
そっと二人の腕を引き寄せる。
右。
左。
どちらも離さぬように。
ぎゅ。
「……へへ」
思わず漏れた。
ふと天井を見上げる。
雨が降っている。
静かな部屋。
暖かい空気。
隣には二人。
窓の外では、相変わらず雨が屋根を叩いていた。
止む気配はない。
だが。
悪くないと思った。
こんな日も。
レイラは目を細める。
そして。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「……幸せだなぁ」
雨は夜まで降り続いた。
その日。
双国はどこまでも平和だった。




