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テュエルの好きなもの(※読者は知っている)

レイラはある日、ふと思う。


誕生日にたくさんの贈り物をもらった。


着物。


簪。


栞。


木彫りの犬。


どれも嬉しかった。


だから今度は、自分も二人へ何か贈りたい。


日頃の感謝として。


まずシャガル。


そちらは既に決まっていた。


煌龍国の酒だ。


少し前。


リアへ文を送り、取り寄せを頼んである。


双国の酒も悪くない。


だが。


酒好きのあいつなら、他国の珍しい酒も喜ぶだろう。


後は盃でも添えれば十分だ。


問題は――


テュエルだった。


「……」


レイラは考える。


テュエルの好きな物。


料理?


違う。


裁縫?


違う。


本?


違う。


医療?


違う。


鍛錬?


違う。


全部違う。


なぜなら。


全部、自分のためだからだ。


料理を覚えた理由も。


裁縫を覚えた理由も。


医療を学んだ理由も。


鍛錬を続けた理由も。


全部。


レイラのため。


「……」


レイラは考える。


「……テュエル」


考える。


「何が好きなんだ……?」


答えが出ない。


困ったレイラは爺へ相談する。


「爺」


「はいはい」


「テュエルの好きな物を知らないか」


爺は少し考える。


「そんなの簡単です^^」


「知ってるのか?!」


「姫さまです」


「……それ以外だ」


「それ以外ですか……」


爺は深く考え込んだ。


「料理などは?」


「私のためだ」


「裁縫は?」


「私のためだ」


「読書は?」


「私のためだ」


「鍛錬は?」


「私のためだ」


沈黙。


爺も黙る。


「……姫さま」


「……なんだ?」


「わかりません^^」


レイラは黙った。


確かにそうだった。


本当、分からない。


その結果。


レイラは決意する。


「自分で探す」


そう決めたレイラは部屋へ戻った。


そして――数刻後。


「どうだ」


レイラは両手を腰に当て、胸を張った。


地味な着物。


頭には布。


髪も隠した。


装飾品もない。


本人の認識では完璧な変装だった。


爺はしばらく黙った。


「……姫さま^^」


「なんだ?」


「……そのままでも姫様ですな」


「なぜだ」


即答だった。


「髪は隠した」


「はい^^」


「着物も変えた」


「はい^^」


「問題ない」


「問題しかありませんな^^」


意味が分からない。


レイラは眉を寄せた。


「これ以上どうしろと言う」


「ふぅむ、背を縮めてみますかな?」


「無理だ」


「でしょうな^^」


レイラは納得いかない顔をした。


だが。


これ以上考えても答えは出なかった。


「行ってくる」


「……お気をつけて」


爺はそう言った。


だがその声には、


『どうせすぐバレる』


という諦めが滲んでいた。 


もちろん護衛には内緒。


爺には、


「二人には秘密だぞ」


と念押しした。


「後で怒られるのは私なのですがねぇ……」


爺は遠い目をした。


———⸻


城下へ降りる。


人通りは多い。


普段と変わらない賑わいだった。


レイラは少しだけ胸を張る。


(よし)


誰も気付いていない。


完璧だ。


そう思った。


その時。


「あれ……、姫様では?」


通りすがりの声。


レイラの足が止まる。


気のせいだろう。


そうに違いない。


歩き出す。


数歩。


今度は別方向から声がした。


「姫様だな」


レイラ


(なぜだ)


歩く。


さらに歩く。


すると今度は子供が駆け寄ってきた。


「姫様ー!」


レイラ


(なぜだ)


しゃがみ込む。


「……静かに」


「?」


「今日は内緒だ」


子供はぱちぱちと瞬きをした。


そして元気よく頷く。


「わかった!」


賢い。


レイラは満足した。


だが。


次の瞬間。


「みんなー!姫様だよー!!」


レイラ


(なんだと)


真顔だった。


その後も。


「姫様、お買い物ですか?」


「姫様、今日はお一人で?」


「姫様、変装中ですかな?」


次々と声を掛けられる。


レイラは本気で理解できなかった。


髪は隠した。


着物も変えた。


問題ないはずだ。


なのに。


なぜか全員知っている。


「……」


納得はいかなかった。


だが。


考えても分からないものは仕方がない。


レイラは諦めた。


そしてそのまま酒屋の前で足を止める。


「………」


扉の隙間から酒の香りが流れてくる。


正直。


苦手だった。


鼻が利く分、余計に。


「……臭いな」


ぽつり。


だが。


すぐに視線を上げる。


シャガルは酒が好きだ。


ならば。


少しくらいは我慢するべきだろう。


そう考えて。


レイラは店の中へ足を踏み入れた。


からん。


戸が鳴る。


店主が顔を上げた。


そして。


固まった。


「い……」


一拍。


「いらっしゃいませぇッ!!?」


レイラは眉をひそめた。


「?」


何故そんなに驚く。


店主は慌てて背筋を伸ばす。


「ひ、姫様!?」


レイラ

「違う」


即答だった。


店主

「……え?」


レイラ

「今日は違う」


店主

「……はい?」


「……違う」


無理だった。


店主

「……」


しばらく沈黙する。


(違うのか……?)


(いや……姫様だ……)


(だが本人が違うと言っているし……)


お忍びなのだろう。


きっと。


店主

「……ごゆっくりどうぞ」


酒屋。


棚には様々な酒器が並んでいた。


盃。


徳利。


酒杯。


色も形も様々だ。


レイラは一つ手に取る。


黒地に金の模様。


派手ではない。


だが。


妙に目を引いた。


「……」


手の中で回す。


ふと。


脳裏に浮かぶ。


夜。


縁側。


月明かり。


手には酒。


ゆっくりと盃を傾ける男。


白銀の髪。


紅い瞳。


静かな横顔。


「…………」


想像する。


「…………」


さらに想像する。


「…………」


頬が少し熱い。


そして。


ぽつり。


「……かっこいいな」


店主

「ありがとうございます!」


レイラ

「っ」


慌てて盃を棚へ戻す。


「いや、違う」


店主

「……はい?」


レイラ

「………」


全然違わなかった。



戻した盃へ視線が戻る。


黒地に金の模様。


やはり良い。


もう一度手に取る。


「……これを」


店主

「あっ、ありがとうございます!」


レイラ

「……あと…」


視線の先。


小ぶりな瓢箪だった。


黒漆に金の意匠。


派手すぎず。


だが存在感はある。


「……」


手に取る。


しばらく眺める。


似合うと思った。


あいつに。


「……それもだ」


店主

「ありがとうございます!」


レイラ

「…………」


少しだけ気まずかった。


——


店を出る。


盃。


瓢箪。


問題なく買えた。


後は頼んでいた酒が届けば終わりだ。


その途中。


漬物屋が目に入った。


「……」


爺が好きだな。


適当にいくつか手に取る。


「これもだ」


店主


「ありがとうございます!」


会計を済ませる。


そのまま歩き出した時だった。


ふと店先に並んだ物が目に入った。


豆菓子だった。


黒糖。


蜂蜜。


塩。


様々な味がある。


「……」


足が止まる。


以前。


シャガルが妙に機嫌良く食べていた。


酒を飲みながら。


ぽりぽりと。


やたら減るのが早かった記憶がある。


「……」


塩。


きなこ。


抹茶。


黒ごま。


順番に手に取る。


その時。


わさび味が目に入った。


「……」


手に取る。


緑色の袋。


しばらく眺める。


「……」


「…………」


無言。


そして。


「……」


もう一度見る。


そして。


そっと棚へ戻した。


「……やめておこう」


会計を済ませる。


店主

「ありがとうございます!」


レイラは袋を受け取り、その場を後にした。


豆菓子屋を出る。


その途中。


ある店が目に入った。


木工品店だった。


「……」


以前。


シャガルが誕生日に犬の木彫りを買ってくれた。


たぶん同じ店だろう。


店先には様々な動物が並んでいる。


熊。


狐。


鳥。


犬。


どれも小さく。


どこか愛嬌があった。


レイラは何気なく視線を流す。


そして。


ふと足が止まった。


「……」


猿。


木彫りの猿だった。


ころんとしている。


少し不格好だ。


だが。


妙に目を引いた。


「……」


手に取る。


眺める。


回す。


撫でる。


「……猿だな」


やはり猿だった。


数秒。


無言。


そして。


購入。


———


だが。


問題はテュエルだった。


本屋へ行く。


「……本?」


違う。


道具屋へ行く。


「……裁縫道具?」


違う。


武具店。


「……刀?」


棚へ視線を向ける。


しばらく考える。


「……いや」


双剣なら、もう渡してある。


それに。


あれ以上喜ばれても少し困る。


違う。


薬屋。


「……薬草?」


違う。


全部違う。


時間だけが過ぎていく。


昼。


午後。


夕方。


気づけば足も疲れていた。


買い物袋だけが増えている。


シャガル用。


爺用。


そして。


———


テュエル用だけがない。


———


人通りの少ない道端の石段へ腰を下ろす。


「……」


悔しかった。


いつも一緒にいる。


毎日一緒にいる。


なのに。


何を贈れば喜ぶのか分からない。


「私は……」


ぽつり。


「何も知らないんだな……」


涙が滲む。


———


一方その頃。


城。


「……レイラ様?」


「レイラ?」


いない。


どこにもいない。


嫌な沈黙。


——爺、尋問開始。


「爺殿」


「はい」


「レイラ様を知りませんか?」


「はい」


「レイラはどこだ」


「はい」


圧。


爺は思った。


無理だ。


姫さま、すまんの。


私は隠し事に向いておらん。


「城下です」


即落ちだった。


そして。


全力で飛び出す二人。


夕暮れ。


人通りの減った城下。


ようやく見つける。


レイラ。


うずくまっている。


「……レイラ様!!」


「レイラ!!」


二人が駆け寄る。


その声に。


レイラの肩がぴくりと揺れた。


ゆっくりと顔を上げる。


そこには。


シャガルとテュエルがいた。


二人を見た瞬間。


安心した。


ぽろり。


何かが落ちた。


泣いていた。


「……っ」


テュエル停止。


シャガルの表情が消えた。


「レイラ様!?」


「どうした!?」


レイラは目元を押さえる。


「……ごめっ……」


「?」


二人は黙って続きを待つ。


レイラが泣く理由。


それを聞き逃すつもりはなかった。


「私は……」


息を吸う。


「テュエル」


「お前が何を好きなのか分からなかった」


沈黙。


テュエル停止。


シャガルは瞬きをした。


「……は?」


思わず漏れた。


レイラは目元を擦る。


「……っ……」


「何を贈れば喜ぶのか分からなくて……」


ぽつり。


ぽつり。


話す。


シャガルは黙って聞いていた。


やがて。


大きく息を吐く。


(……そんなことで)


違う。


そんなことではない。


こやつにとっては大事なことだったのだろう。


一人で悩み。


一人で考え。


そして泣くほど思い詰めた。


(本当に)


(愛しいやつめ)


沈黙。


テュエル停止したままだ。


シャガルはふと視線を落とす。


レイラの足元。


買い物袋。


いくつもある。


そのうち一つから覗く瓢箪。


見覚えがあった。


「……」


酒だ。


恐らく。


酒が苦手なくせに。


あいつは酒屋へ入ったのか。


その事実が胸へ落ちる。


じわりと。


静かに。


温かく。


(余のために選んでくれたのか)


胸の奥が少しだけ温かくなる。


だが。


次の瞬間。


視線は自然とテュエルへ向いた。


固まっている。


完全に。


石像のように。


「……」


「……」


「……」


レイラは本気で悩んでいた。


泣くほど。


一日中。


猿のために。


「ぶっ……!」


耐えられなかった。


シャガルが吹く。


「くくっ……」


シャガルはくつくつと笑う。


「なんで笑うんだ、真剣なのに……」


「笑わぬのは無理だろう」


レイラは意味が分からない。


テュエルも意味が分からない。


シャガルだけが腹を抱えている。


そして。


レイラは結局品物を決められていない。


「……決まらなかった」


落ち込む。


だが。


テュエルは穏やかに笑う。


「……レイラ様」


「そんなことで、悩ませてしまっていたのですね」


(やばい)  


(これは……嬉しすぎる)


「十分です^^」


「……え?」


「必要ありません^^」


レイラは意味が分からない。


シャガルだけが思う。


(そりゃそうだ)


(こいつにとっては)


(一日中、自分のことを考えて悩んでくれたこと)

(それ自体が、最高の贈り物であろう)


レイラだけが最後まで気付かない。



「……だが」


レイラは小さく眉を寄せた。


「それでは駄目だ」


テュエルが首を傾げる。


「何がです?」


「何が、ではない」


少し不満そうだった。


「私はまだ何も贈っていない」


「十分頂きましたよ^^」


「頂いてない」


即答だった。


テュエルが黙る。


シャガルは思わず吹き出しそうになる。


「レイラ……」


「なんだ」


シャガルはしばらく黙った。


それから。


「お前、本当に分からぬのか?」


「……?」


意味が分からない。


シャガルはしばらくレイラを見つめた。


そして。


「……そうか」


小さく息を吐く。


「帰るぞ」


「はい、帰りましょう」


「日が暮れます」


強制的に打ち止めされた。



帰り道。


レイラはまだ納得していなかった。


「……」


「……」


「……」


横を歩くテュエルは穏やかだった。


見つけられなかったことへの文句もない。


勝手に城を抜け出したことへの説教もない。


ただ隣にいる。


それが余計にレイラを困らせた。


「……テュエル」


「……はい?」


「本当に欲しいものはないのか」


「ありません」


即答。


「あるだろう」


「ありません」


「あるはずだ」


「ありませんね^^」


「…………」


頑固だった。


腹が立つほど。



夜。


寝支度を終えた頃だった。


テュエルはふと思い出したように口を開く。


「では」


「?」


「どうしても何か贈りたいのでしたら」


レイラは顔を上げる。


ようやく来た。


やっとだ。


「なんだ……?!」


少し身を乗り出す。


テュエルはくすりと笑った。


「今夜、レイラ様のお時間を頂けませんか?^^」


レイラは瞬きをする。


そして。


「……それは」


言いかけて止まった。


いつものことだ。


毎日一緒にいる。


朝も。


昼も。


夜も。


そんなものは贈り物にならない。


そう言おうとして。


テュエルの声が重なった。


「いいんです」


穏やかな声だった。


「レイラ様と一緒に居る」


少しだけ目を細める。


「それが俺の幸せなんですから」



結局。


その日は二人で過ごした。


静かに話し。


肩を寄せ。


抱き締められ。


いつもより少し長く同じ時間を共有した。


特別なことは何もない。


ただ。


穏やかな夜だった。



そして。


眠る前。


レイラはまだ諦めていなかった。


「……テュエル」


「はい?」


テュエルは機嫌良さそうだった。


完全に満足している顔だ。


だがレイラは違う。


議題は終わっていない。


「本当に、欲しいものはないのか」


「はい^^」


「強いて言えばレイラ様ですね」


「却下だ」


即答だった。


テュエルは少し笑った。


「ですよね」


「当たり前だ」


レイラは腕を組む。


「私は毎日ここにいる」


「?」


「それは贈り物ではないだろう」


真顔だった。


「それ以外だ」


「うーん……」


珍しくテュエルが考え込む。


数秒。


十秒。


さらに数秒。


そして。


「あっ」


レイラが飛び起きた。


「……あるのか!?」


「ありますね」


「なんだ!?」


思わず食いつく。


テュエルは少し考えてから言った。


「……普段着ている着物です」


「着物?」


「はい」


レイラは首を傾げる。


テュエルは続けた。


「もうだいぶ古いでしょう?」


「まあ……そうだな」


「新しく買った物を着てください」


穏やかに笑う。


「その代わり」


一拍。


「古い方を俺にください^^」



沈黙。



レイラは考えた。


乳歯を取っておく男。


髪も喜ぶ男。


爪も喜びそうな男。



「……」


そして。


納得した。


「……お前らしいな」


「ありがとうございます^^」


嬉しそうだった。


本当に。


呆れるほど。


レイラは少しだけ目を細める。


テュエルの一番好きなもの。


それは。


最初から。


自分だった。


もしかすると。


本当に少しだけ。


分かったのかもしれない。

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