レイラの誕生日だから贈り物を選んでいたら買いすぎた
昼。
今日は珍しく時間が空いていた。
レイラは爺と茶会。
護衛は不要。
というより――
爺と2人きりの時のレイラは妙に機嫌が良く、護衛の入り込む余地がない。
テュエルは廊下を歩いていた。
向かう先は城下。
理由は単純だった。
もうすぐレイラの誕生日だからだ。
脳裏に浮かぶのは、いつもの姿。
何度も補修した着物。
擦り切れた袖。
少し色の褪せた帯。
もちろん汚くはない。
むしろ驚くほど丁寧に使われている。
だが。
「……流石に」
ぽつりと呟く。
「新調した方が良いですね」
レイラは贅沢を好まない。
高価な物にも興味がない。
簪もつけない。
装飾品もほとんど使わない。
着物も気に入れば何年でも着続ける。
だが。
だからといって。
誕生日くらいは別だろう。
(レイラ様が嫌がらない程度の物を……)
そう思いながら城下へ降りた。
⸻
七合目の城下。
着物屋へ入る。
そして。
店内へ足を踏み入れた瞬間。
テュエルは足を止めた。
「……」
見覚えのある白銀の髪。
見覚えのある大男。
シャガルだった。
⸻
店主は完全に固まっていた。
当然である。
双国の王配殿下が二人。
しかも揃って自分の店にいる。
胃が痛い。
非常に痛い。
⸻
一方その頃。
シャガルは真剣だった。
恐ろしく真剣だった。
着物を一着手に取り、
「……これか」
戻す。
別の着物を取る。
「……いや」
戻す。
さらに別の着物。
「うーむ……」
しばらく眺める。
「違う」
戻す。
店主
(めちゃくちゃ悩んでおられる……)
⸻
シャガルは腕を組む。
並んだ着物を睨む。
完全に戦っていた。
敵は着物である。
⸻
テュエルはしばらく無言でその様子を見ていた。
そして。
「……何をしているんですか」
⸻
シャガルは振り返る。
「……猿、お前も来たか」
⸻
テュエルはため息をつく。
「で?」
「何をしているんです?」
⸻
「見て分からぬか」
シャガルは着物へ視線を向けた。
「レイラへの贈り物だ」
⸻
「……」
「……」
考えていることは一緒だった。
⸻
「誕生日ですか」
「誕生日だ」
「そうですか」
「そうだ」
店主
(胃が痛い)
⸻
だが。
ここからが予想外だった。
⸻
シャガルは一着の着物を手に取る。
「これはどうだ」
テュエルは生地を触る。
袖を持ち上げる。
光に透かす。
縫い目を見る。
「悪くありません」
「だろう」
「ですが少し生地が硬いですね」
「む」
「こちらの方が良いでしょう」
別の一着を差し出す。
シャガルは受け取る。
しばらく眺める。
「……確かに」
店主
(仲良いな……)
――いや。
仲良くはない。
ただ。
二人とも目的が同じだった。
レイラが喜ぶ物。
それだけ。
⸻
そこから一時間。
⸻
「白」
「良いですね」
⸻
「藍もいいですね」
「うむ、似合うな」
⸻
「こちらも捨てがたい」
「それは分かります」
⸻
「む……」
「悩みますね」
⸻
店主
(真面目だ……)
⸻
さらに三十分。
⸻
「駄目だ」
「何がです?」
「決められぬ」
「奇遇ですね」
「お前もか」
「ボクもです」
沈黙。
二人は同時に着物を見る。
⸻
白。
藍。
薄桜。
⸻
どれも似合う。
非常に腹立たしいことに。
全部似合う。
絶対似合う。
シャガルは着物を見る。
テュエルは着物を見る。
そして同時に思った。
(レイラだぞ)
それだけだった。
似合うに決まっている。
「……三着買うか」
「そうなりますね」
店主
(……なるんですね)
そこからさらに。
帯。
簪。
「こちらは?」
「良いですね」
「これは?」
「似合います」
⸻
「む」
「悩みますね」
⸻
結果。
⸻
着物 三着
帯 三本
簪 三本
⸻
テュエル好み。
シャガル好み。
そして。
レイラ本人が最も好みそうな物。
⸻
三種類ずつ。
⸻
シャガルは腕を組む。
「これで良い」
テュエルも頷く。
「これならレイラ様も嫌がらないでしょう」
⸻
店主
(嫌がらないかなぁ……)
⸻
着物屋を出る。
本来なら。
ここで買い物は終わるはずだった。
着物三着。
帯三本。
簪三本。
どれも厳選に厳選を重ねた品だ。
二人とも満足していた。
少なくとも、その時までは。
⸻
ふと。
シャガルの足が止まる。
「……む」
視線の先。
木工品店だった。
店先には様々な木彫りが並べられている。
熊。
狐。
鳥。
そして――
犬。
ころん、とした丸い体。
少し不格好だが、妙に愛嬌がある。
レイラの顔が脳裏に浮かぶ。
木彫りを見る。
撫でる。
「……犬だ」
飾る。
眺める。
微笑む。
間違いない。
「……犬だな」
ぽつり。
テュエルは嫌な予感がした。
「犬ですね」
シャガルは木彫りを眺め続ける。
レイラなら。
絶対気に入る。
高価な物ではない。
実用性もない。
だが。
あいつはこういう物を妙に気に入る。
しばらく考え。
そして。
「これを貰おう」
店主
「ありがとうございます!」
購入。
テュエル
「…………」
シャガル
「何だ」
テュエル
「……いえ」
だが内心は穏やかではなかった。
(あんな物……)
(あんな物で……)
……。
(いや)
(喜びますね)
(絶対に)
(くそ)
非常に悔しい。
⸻
しばらく歩く。
今度はテュエルの足が止まった。
本屋だった。
店先には書物の他に、
栞や文具も並べられている。
その中で。
ひとつの栞が目に留まった。
銀色。
細く美しい意匠。
双国守護狐を模した金属製の栞だった。
テュエルは手に取る。
レイラは本をよく読む。
仕事の資料。
歴史書。
記録。
薬学書。
何でも読む。
だが。
使っている栞は紙切れだった。
正確には、
その辺にあった紙を適当に挟んでいる。
以前などは。
書類の切れ端だった。
テュエルは静かに目を閉じる。
想像する。
本を読むレイラ。
頁を開く。
狐の栞。
指先で摘まむ。
「……綺麗だな」
そう呟くレイラ。
想像できた。
非常に。
「……」
口元が少しだけふにゃりと緩む。
店主
「ど、どうかされましたか?」
テュエル
「……これを」
即決だった。
店主
「あ!ありがとうございます!」
その様子を見ていたシャガル。
「……」
栞を見る。
狐。
栞。
正直。
くだらない。
そう思った。
思ったのだが。
レイラが本に挟む姿が浮かぶ。
読みかけの頁。
銀の狐。
少し嬉しそうな顔。
「……」
気に入るだろう。
間違いなく。
それが腹立たしい。
非常に。
「ふん」
鼻を鳴らす。
認めたくなかった。
だが。
少しだけ――
負けた気がした。
その後。
茶器店。
シャガルが立ち止まる。
湯呑を見つめる。
淡い色合い。
派手さはない。
だが。
温かみがあった。
レイラが爺と茶を飲む姿が浮かぶ。
静かな午後。
両手で湯呑を持ち。
「……落ち着くな」
そんな声が聞こえた気がした。
購入。
茶托も購入。
茶筒も購入。
テュエル
「……増えてませんか」
シャガル
「増えているな」
全く反省しない。
だが。
テュエルも人のことは言えなかった。
履物屋。
並ぶ室内履き。
レイラは裸足が好きだ。
とにかく裸足になる。
庭へ出る時も。
廊下を歩く時も。
以前、小石を踏んで僅かに眉を寄せていた。
本人は気づいていないだろう。
だがテュエルは覚えていた。
だから。
「……」
一足手に取る。
柔らかい。
軽い。
履きやすそうだ。
レイラなら。
面倒がらず履くかもしれない。
購入。
さらに。
本を包む布袋。
昼寝用の膝掛け。
なめらかな手触りの布。
どれも派手ではない。
高価さより。
使いやすさ。
触り心地。
実用性。
全部。
レイラ基準だった。
しばらくして。
二人は馬車の前で顔を見合わせた。
荷物が増えていた。
明らかに。
着物屋を出た時の倍近く。
「……増えたな」
「増えましたね」
「お前のせいだ」
「そちらでは?」
「余は必要な物しか買っておらぬ」
「俺もですが^^」
沈黙。
二人は互いの荷物を見る。
犬。
栞。
湯呑。
室内履き。
香木。
膝掛け。
布袋。
その他諸々。
どう見ても買い過ぎだった。
だが。
どちらも引く気はない。
レイラが喜ぶかもしれない。
その可能性を見つけてしまった以上、
見過ごすという選択肢は存在しなかった。
「帰るか」
「えぇ」
⸻
帰路。
馬車の中。
荷物だらけだった。
着物。
帯。
簪。
茶器。
履物。
その他諸々。
「……」
「……」
二人は無言だった。
買い過ぎた自覚はある。
だが。
後悔はない。
全く。
誕生日まで、あと数日。
レイラがどんな顔をするのか。
それだけが楽しみだった。
⸻
数日後。
誕生日。
朝。
朝餉を終える。
いつも通りの朝だった。
爺に祝われ。
茶を飲み。
穏やかな時間が流れる。
ただ。
二人だけが落ち着かなかった。
シャガル
「……」
腕を組む。
テュエル
「……」
茶を注ぐ。
レイラ
「?」
何か変だった。
非常に。
「どうした」
シャガル
「別に」
テュエル
「何もありません^^」
怪しかった。
非常に。
だが。
レイラは気にしないことにした。
朝餉を終え。
自室へ戻る。
読みかけの本を取りに行こうと思っただけだった。
そして。
なぜか二人もついてくる。
いつも通りと言えば、いつも通りだ。
だが。
何となく違和感があった。
レイラは戸を開ける。
そして。
固まった。
「……?」
居間が箱で埋まっていた。
一つや二つではない。
大量だった。
積まれていた。
本当に積まれていた。
「…………」
レイラはしばらく無言だった。
視線を上げる。
箱。
箱。
箱。
さらに箱。
「なんだこれは……」
思わず漏れた。
その時。
後ろから声がした。
「レイラ様、誕生日おめでとうございます^^」
テュエル。
「誕生日おめでとう、レイラ」
シャガル。
満足そうだった。
非常に。
レイラは再び箱を見る。
そして二人を見る。
また箱を見る。
「……お前たち」
「はい^^」
「なんだ」
「……やりすぎだ」
即答だった。
だが。
怒ってはいなかった。
むしろ少し困っていて。
少しだけ。
嬉しそうだった。
その後。
開封会が始まった。
着物。
帯。
簪。
茶器。
室内履き。
膝掛け。
布袋。
その他諸々。
箱を開けるたびに増えていく。
「まだあるのか……」
「あります」
「まだある」
「そうか……」
まだあった。
そして最後。
小さな箱が一つ。
開ける。
木彫りの犬だった。
ころんとした丸い体。
少し不格好。
だが妙に愛嬌がある。
レイラは木彫りを手に取った。
じっと見つめる。
一度。
ぱちり、と瞬きをした。
そして。
「……犬だ」
撫でる。
もう一度撫でる。
シャガル
(よし)
隠しきれていなかった。
さらに。
次の箱は小さかった。
細長い木箱。
手のひらに乗るほどの大きさだ。
レイラは蓋を開ける。
中には。
銀色の栞が収められていた。
細く。
美しく。
光を受けて静かに輝いている。
レイラは目を瞬かせた。
「……綺麗だな」
読みかけの本を開く。
そして。
そのまま栞を挟んだ。
テュエル
(使った)
即使った。
口元が僅かに緩む。
――まずい。
即座に表情を戻した。
レイラは栞を本へ挟む。
それから。
改めて部屋に積まれた箱へ視線を向けた。
着物。
帯。
簪。
茶器。
履き物。
膝掛け。
どれも丁寧に選ばれている。
レイラは一つずつ手に取った。
生地を撫でる。
簪を見る。
帯を見る。
そして。
小さく息を吐いた。
「……お前たち」
シャガル
「なんだ」
テュエル
「はい^^」
レイラは少しだけ視線を伏せる。
「……ありがとう」
ぽつり。
照れたような声だった。
「どれも……」
「私のことを考えて選んでくれたのだろう」
着物を見る。
白。
藍。
薄桜。
それぞれ違う。
だが。
なんとなく分かった。
(これは……シャガルだな)
華美ではない。
だが堂々としていて美しい。
いかにもあいつが選びそうだった。
(こっちは……テュエルか)
触り心地が良い。
着やすそうだ。
細かなところまで気が回っている。
そして最後の一着。
レイラは少し目を細めた。
「これは……」
沈黙。
二人も黙る。
「私が好きそうだから選んだのだろう?」
シャガル
「うむ」
テュエル
「はい^^」
即答だった。
レイラは思わず小さく笑う。
胸の奥が温かかった。
着物。
帯。
簪。
どれも大切に仕舞われた。
大切だからだ。
汚したくなかった。
失くしたくもなかった。
だから。
特別な時まで取っておくことにした。
一方で。
茶器はその日の午後には使われた。
履き物は翌日から使われた。
膝掛けは昼寝の時に。
布袋は本を運ぶために。
そして――
犬は机の上に。
栞は本の中に。
⸻
数日後。
シャガルはふらりとレイラの部屋へ立ち寄った。
長椅子にはレイラ。
その隣にはテュエル。
いつもの光景だった。
シャガルもそのまま長椅子へ寝転がる。
そして。
何気なく部屋を見回した。
机。
犬がいた。
相変わらずいた。
その横。
本がある。
その間には銀の狐。
相変わらず使われていた。
シャガル
「……」
テュエル
「……」
視線が合う。
少しだけ。
勝った気がした。
だが。
ふとシャガルは思った。
「着物はどうした」
レイラは本から顔を上げる。
「仕舞った」
「何故だ」
レイラは少しだけ首を傾げた。
当然のことを聞かれた顔だった。
「……使えない」
「?」
「……大事すぎて」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
シャガル
(っ)
テュエル
(っ)
心臓が撃ち抜かれた。
完全に。
レイラは気づかない。
本へ視線を戻しながら続ける。
「簪もだ」
「失くしたら嫌だろう」
「帯もそうだ」
「全部大事だ」
ぽつり。
本当に。
ただそれだけだった。
順位などない。
全部嬉しかった。
全部大切だった。
だから。
使いやすい物は使う。
失くしたくない物は仕舞う。
それだけ。
シャガルとテュエルは黙り込む。
レイラ
「……?」
「どうした」
二人
「「いや」」
レイラ
「そうか」
再び本を開く。
狐の栞。
机の犬。
そして。
大切に仕舞われた着物と簪。
どれも。
ちゃんと大切にされていた。
⸻
――その夜。
寝る前。
レイラは箱を開けた。
並んだ着物を見る。
簪を見る。
「……まったく」
困ったように笑う。
それから静かに箱を閉じた。
一方その頃。
シャガル
(犬が勝ったな)
テュエル
(栞が勝ちましたね)
(犬だ)
(栞です)
結論は出なかった。
今日も念話で揉めていた。
だが。
二人は気づかない。
本当に一番大切にされているのは。
着物と簪の方だった。




