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庭に迷い込んだ犬が姫に懐いた結果、妖王と護衛が敗北する話



昼下がり。


皇務の合間の休憩時間だった。


庭へ出たレイラは、木陰の長椅子へ腰掛ける。


風が心地いい。


静かな時間だった。


その時。


がさっ。


茂みが揺れた。


レイラが視線を向ける。


そこから現れたのは――


一匹の犬だった。


茶色い毛並み。


人懐っこそうな垂れ耳。


首輪はついている。


どこかの飼い犬らしい。


犬もレイラへ気付く。


ぱちり。


目が合った。


数秒。


そして。


「わふ」


尻尾がぶんぶん振られた。


レイラ

「……!」


目が少しだけ見開く。


犬はそのまま近づいてくる。


警戒はない。


完全に友好的だった。


レイラはゆっくり手を差し出す。


犬はくんくんと匂いを嗅ぎ――


ぺろっ。


指を舐めた。


「……!」


レイラの目がさらに輝く。


そして。


わしゃわしゃ。


遠慮なく頭を撫で始めた。


「わふっ♪」


嬉しそうである。


レイラ

「かわいいな……」


その声は珍しく柔らかかった。


犬も気に入ったらしい。


すりすり。


膝へ顔を押し付ける。


レイラ

「ふふ」


小さく笑う。


かなり珍しい光景だった。



少しして。


レイラのための茶を用意し終えたテュエルが庭へ戻ってきた。


盆の上には湯気の立つ茶と茶菓子。


「レイラ様――」


声を掛けようとして。


止まった。


そこには。


犬を撫でながら幸せそうにしているレイラ。


テュエル

「……」


固まる。


レイラが顔を上げた。


「テュエル」


「見ろ」


「犬だ」


嬉しそうだった。


本当に嬉しそうだった。


「わふっ♪」


レイラ

「ふふ」


テュエル

「えぇ……犬ですね^^」


笑顔。


完璧な笑顔。


だが内心。


(……俺といる時より楽しそうですね)


少しだけ複雑だった。



犬はテュエルにも興味を示した。


近づく。


くんくん。


テュエル

「ん……?」


すると。


犬は一度匂いを嗅ぎ。


満足したようにレイラの元へ戻った。


そして。


ぽすっ。


当然のようにレイラの膝へ前足を乗せる。


レイラ

「うん」


「わふ」


レイラ

「いい子だな」


なでなで。


「くぅ〜ん♪」


テュエル

「……」


(くそ)


(羨ましい)


(俺だってあの膝で昼寝したい)


(いや何を考えているんだ俺は)


(…犬になれば可能なのか……?)


(待て落ち着け)


(…………)


(犬になりたい)


心は、どうしようもなく正直だった。





さらにしばらく後。


今度はシャガルが現れた。


「レイラ♡」


「わんっ!」


シャガル

「……っ」


「わんっ!わんっ!」


シャガル

「……余に吠えたな?」


レイラ

「怖い顔だからだ」


シャガル

「余は怖くない」


「ヴー……」


レイラは犬の頭を撫でた。


「よしよし、怖くないぞー」


犬は素直に落ち着いていく。


その光景を、シャガルとテュエルは黙って見ていた。


(なぜだ)


(余は今、何に負けている?)


シャガル

「……解せぬ」


テュエルは小さく目を逸らした。


(……羨ましいな、犬め)



その後。


犬は完全にレイラへ懐いた。


座れば膝へ来る。


歩けば後をついてくる。


撫でろと鼻先を押し付ける。


レイラも嫌がらない。


むしろ嬉しそうだった。


「かわいいな」


「賢いな」


「よしよし」


「わふっ!」


シャガル

「……」


テュエル

「……」


面白くない。


非常に。




やがて。


レイラが長椅子へ座った時だった。


「わふ」


ぽすっ。


当然のように膝へ乗る。


そして。


くるり。


丸くなる。


数秒後。


すやぁ……


寝た。



レイラ

「……寝たな」


嬉しそうだった。


「ぐぅ……」


完全に熟睡している。




沈黙。




シャガル

「余も膝へ行く」


テュエル

「行くな」


シャガル

「なぜだ」


テュエル

「犬がいます」


シャガル

「どかせばよい」


レイラ

「起きるだろう」


シャガル

「余も寝る」


テュエル

「やめろ」


シャガル

「何故だ」


テュエル

「レイラ様の膝は先着順ではありません」


シャガル

「……今の発言が一番意味不明だぞ」



「ぐぅ……」



レイラ

「ふふ……かわいいな」



シャガル

「……」


テュエル

「……」




夕方。


城内へ迷い犬がいるとの報告を受けた衛兵たちが飼い主を探していたらしい。


やがて。


「姫様の膝で寝ている犬がいる」


という特徴的すぎる情報を頼りに、


飼い主が庭へ辿り着いた。


どうやら城下で飼われている犬だったらしい。


「ご、ご迷惑をお掛けしました!」


飼い主が頭を下げる。


レイラは少しだけ残念そうに犬を見る。


「……そうか」


犬も名残惜しそうに尻尾を振っていた。


しゃがみ込み、

頭を撫でる。


「元気でな」


わしゃわしゃ。


耳の後ろを掻く。


犬は気持ちよさそうに目を細めた。


テュエル

(近い)


シャガル

(近いな)


だが、

ここまではまだ耐えられた。


問題は次だった。


犬が突然――


ばふっ。


レイラへ飛びついた。


「わっ」


そのまま押し倒される。


地面へ転がるレイラ。


犬は大喜びだった。


ぶんぶんぶんぶん。


尻尾が凄い勢いで振られる。


そして。


ぺろっ。


「……っ」


頬を舐める。


ぺろぺろぺろぺろ。


「こら、やめろ」


言いながらも、

レイラは笑っていた。


犬はさらに嬉しそうになる。


ぺろっ。


ぺろぺろ。


ぺろっ。


テュエル

「…………」


シャガル

「…………」


額に青筋。


犬は気付かない。


ぺろぺろ。


「ははっ」


レイラが珍しく声を上げて笑う。


それを見て犬もさらに大興奮。


完全に相思相愛だった。


テュエル

(顔を)


シャガル

(舐めたな)


テュエル

(何度も)


シャガル

(余でもしておらぬ)


テュエル

(俺もです)


シャガル

(余もだ)


テュエル

(くそ)


シャガル

(くそ)


静かに殺気が漂う。


だが相手は犬。


殴れない。


犬である。


最強だった。


やがて飼い主が慌てて引き離す。


「こ、こらっ!」


犬は最後まで名残惜しそうだった。


「わふぅ……」


レイラもほんの一瞬だけ、手を止める。

そして名残惜しそうに、そっと手を離した。


「……またな」


犬は最後に一度だけ吠えた。


「わん!」


そして帰っていく。


その姿が見えなくなるまで、

レイラは見送っていた。




しばらくして。



ぽつり。




「……犬、飼いたいな」 




レイラが呟く。


テュエル

「ダメです^^」


シャガル

「ダメだ」


即答だった。


レイラ

「なんでだ」


絶対にダメだ。


もし飼ったら。


毎日あれを見せられる。


耐えられるわけがない。


テュエル

(絶対に俺より撫でる)


シャガル

(絶対に余より構う)


テュエル

(膝にも乗せる)


シャガル

(寝室にも入れるだろうな)


テュエル

(そんなことは……)


シャガル

(許さぬ……)


シャガルは腕を組む。


「犬が良いのであろう?」


「ならば余がおる」


レイラ

「……」


シャガル

「余はなれるぞ」


テュエル

「……」


シャガル

「犬に」


テュエル

「……」


シャガル

「なれるぞ?」


テュエル

「黙れ」


シャガル

「ふん」


「羨ましいか」


テュエル

「…………」


シャガル

「羨ましいのだな」


テュエル

「黙れ」


シャガル

「羨ましいのであろう?」


テュエル

「…………少し」


シャガル

「ぶっ」


テュエル

「笑うな」


レイラ

「何の話だ」


一人だけ、本気で分かっていなかった。


シャガル

「とにかくだ」


「犬が欲しいのなら余でよいではないか」


レイラ

「……」


一拍。


レイラ

「……あれはでも犬ではなく、お前じゃないか」


シャガル

「…………」


テュエル

「その通りです」


シャガル

「犬だぞ?」


レイラ

「いや、お前だろう」


シャガル

「犬だ」


レイラ

「シャガルだ」


シャガル

「…………」


レイラ

「犬ではない」


シャガル

「…………」


妖王、敗北。


だが、その後も犬を飼う許可は最後まで下りなかった。


テュエル

(絶対にダメです)


シャガル

(絶対にダメだ)


珍しく意見が一致した瞬間だった。


この日一番の強敵は、


妖王でも、


護衛でもなく、


ただ一匹の犬だった。

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