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【未来編】妖王は今日も妻と遊びたい

昼下がり。


 城の廊下には、

 穏やかな風が吹き抜けていた。


 障子越しに差し込む陽は暖かく、

 どこか眠気を誘う静けさが漂っている。


 本来なら、

 平穏な時間だった。


 ――本来なら。


 どんっ!!


「っ、シャガル!!」


 突如として響いた激しい物音に、

 廊下を歩いていた女官達がびくりと肩を震わせた。


「……え?」


 一人が足を止める。


 続けて。


 がたんっ!!


 何かが倒れる音。


『ふははは!!

 捕まえたぞ、レイラ!!』


 低く響く男の声。


 シャガルだった。


 女官達は思わず顔を見合わせる。


「シャ、シャガル様……?」

「姫様のお部屋……ですよね……?」


 嫌な予感がした。


 というより、

 既にかなり嫌な音がしていた。


 どたんっ!!


『離せ馬鹿!!』


『嫌だ!!』


『っ、この……!』


 障子が、

 めき、と鳴る。


「えっ」

「ちょ、ちょっと待ってください……!」


 しかも。


『あっ……!!』


 レイラの声。


 一瞬、

 空気が凍った。


「ど、どうしましょう……」

「まさか……」

「い、いやでもご夫婦ですし……!」


 さらに。


 どしゃあっ!!!


 盛大な音。


 女官達が揃って肩を跳ねさせる。


『ふ……まだまだだなレイラ』


『くっ……!』


『どうした?

 逃げるのか?』


『誰が逃げるか!!』


 ばたんっ!!


「~~~~っ!!」


 若い女官が真っ赤になる。


 だが同時に、

 本気で焦ってもいた。


 シャガルは王配殿下だ。


 そして誰もが、

 それだけではないと知っている。


 加減を誤れば、

 壁くらい容易く吹き飛ぶ。


 しかも最近、

 レイラへの距離感が異様に近い。


 抱き上げる。

 膝へ乗せる。

 髪を触る。


 露骨に甘い。


 レイラ以外へ向ける視線など、

 氷点下より冷たい男が、だ。


 だからこそ、

 女官達の脳内では最悪の想像が膨らんでいた。


 さらに部屋の中では。


『やっ、待っ……!!』


『ははは!!

 観念しろ!!』


『この……馬鹿力……っ!!』


「…………」


 誰も襖を開けられない。


 怖い。

 色んな意味で怖い。


 しかも。


『い、痛っ!!』


 レイラの悲鳴。


「!!!!」


「やっぱり痛いって!!」

「だ、大丈夫なんですかこれ!?」

「ですが相手はシャガル様ですよ!?」


 ――巻き込まれたら命が危ない。


 だが。


『っ、シャガル!!

 髪踏んでる!!』


『暴れるからであろう』


「………………え?」


 一瞬だけ空気が止まり。


 次の瞬間。


 どごぉんっ!!!


「ひぃっ!?」


 再び障子が揺れた。


 もう駄目だった。


 女官達の中で、

 完全に“何か大変なことになっている”認識になっていた。


『ふははは!!

 余の勝ちだ!!』


『まだだ!!

 離せ!!』


『暴れるな!!』


『うるさい!!』


 どったんばったん。


 楽しそうなシャガルと、

 本気で暴れているレイラ。


 状況はまるで分からない。


 ただ、

 とんでもなく騒がしいことだけは確かだった。



 どたんっ!!


『くっ……離せ!!』


『甘い!!』


 床を転がるような激しい音。


 障子がめきりと揺れる。


 廊下の女官達は、

 完全に硬直していた。


『このっ……!』


『寝技で余に勝てると思うか!!』


「……………………」


 一瞬、

 空気が止まる。


 何人かの女官が、

 すっ……と顔を逸らした。


「ね、寝技って……」

「しーっ!!」


 だが部屋の中は止まらない。


『っ、待て!!

 そこ反則だろうが!!』


『ふははは!!

 弱点を晒す方が悪い!!』


 どどん!!!


「ひぃっ!?」


 床が揺れる。


 しかも。


『くそっ……!』


 レイラの声。


 続けて。


『……はぁっ……!

 これならどうだ……!!』


『――っ、お……!?』


 女官達

「!!!!???」


 何人かが、

 ぼんっと真っ赤になった。


 だが室内では。


『……ほぅ?』


 シャガルの、

 妙に愉快そうな声。


『今のは悪くない』


「~~~~っ!!!」


「だ、大丈夫なんですかこれ!?」

「本当に止めなくていいんですか!?」


 だが誰も入れない。


 怖い。


 色んな意味で怖い。


 その時。


『だが――』


 一拍。


『お仕置きが必要だな?』


 女官達

「!!!!!!!!」


 次の瞬間。


『ぅあっ!!』


 どたーーーんっ!!!


 障子が激しく揺れた。


「きゃあああっ!!」


 ついに悲鳴が上がる。


「やっぱり駄目ですってこれ!!」


「テュエル様を!!

 早く!!」



 ついに一人の女官が叫んだ。


「えっ」


「い、今なら稽古場にいらっしゃるはずです!!」


「テュエル様なら……!!」


 縋るような声だった。


 そう。


 テュエル。


 シャガルへ真正面から物申せる、

 数少ない人物。


 しかも。


 必要とあらば。


 妖王相手に、

 躊躇なく拳骨すら叩き込める男である。


 実績もある。


 以前、

 廊下でレイラを攫うように抱えて走ったシャガルへ、

 無言で拳骨を落としたことがあった。


 しかも普通に効いていた。


 あの妖王へ。


 普通に。


 確実に、効いていた。


 城の女官達の間では、

 もはや半ば伝説だった。


「テュエル様なら止められます!!」

「お願いします、早く!!」


 もはや最後の希望を見る目だった。


 一人の女官が、

 裾を掴みながら勢いよく駆け出す。


 その背後で。


『待て!!

 そこは駄目だ!!』


『ふははは!!

 観念しろ!!』


『やっ、やめ――っ!!』


 どごぉんっ!!!


「きゃあああっ!!」


 障子が揺れる。


 廊下は、

 もはや軽い戦場だった。


「は、早く呼んでください!!」


 一人の女官が、

 慌てて駆け出した。


 その背後で。


 どたんっ!!


『うわっ!?』


『隙ありだ!!』


『卑怯だぞシャガル!!』

 


 部屋の中から、

 若干アホっぽい会話も聞こえてくる。


 しかしもう、

 誰も冷静ではない。



 今日も城は、

 わりと平和だった。



 稽古場では、

 木刀の打ち合う乾いた音が響いていた。


「踏み込みが浅いです」


 テュエルが静かに告げた、

 その時だった。


「テュエル様!!」


 女官が、

 半泣きで駆け込んでくる。


 ただならぬ様子に、

 稽古場の空気が張り詰めた。


「どうされました……?」


「ひ、姫様が……!!

 シャガル様に……!!」


 ぴたり。


 テュエルの動きが止まる。


「……何がありました」


 声は穏やかだった。


 だが。


 纏う空気が、

 一瞬で変わる。


「お部屋から凄い音がして……!

 その、押し倒しているような……!!」


「…………」


「止められるのは、

 テュエル様だけです!!」


 次の瞬間。


「レイラ様……!!」


 風のような速度で、

 テュエルの姿が消えた。


「はやっ」

「さすが……」

「テュエル様……」


 そして。


 勢いよく襖が開かれる。


「レイラ様!!ご無事――」


『隙ありだ!!』


『うわっ!?』


 どたぁんっ!!


 床へ転がるレイラとシャガル。


 何故か二人とも、

 本気で楽しそうだった。


 レイラはシャガルの腕を捻り、

 シャガルは大笑いしている。


『離せ!!』

『嫌だ!!』


「…………」


 部屋の空気が止まる。



 テュエルは数秒沈黙し。


 にこりと笑った。


「……仲良さそうですね?^^」


レイラが、

ぱっと視線を上げた。


「テュエル!」


シャガル

(猿め……邪魔しにきおって)


 部屋の空気が、

 妙に気まずかった。


 レイラとシャガルは、

 まだ床へ転がったまま。


 テュエルだけが、

 にこにこしている。


 怖い笑顔で。


「……なるほど」


「つまりお二人は、

 室内で全力の組み合いをされていた、と」


『遊びだ』

『遊びだ』


 即答だった。


 テュエルの笑顔が深まる。


「そうですか^^」


 怖い。


 とても怖い。


 主に嫉妬が。


 レイラは、

 そんな空気など気にもせず、

 ふぅ、と息を吐いた。


「テュエルも混ざるか?」


 しん。


 一瞬、

 空気が止まる。


 テュエル

「…………はい?」


(誰がこいつと)


 シャガルも眉をひそめた。


「……なぜ猿とやらねばならん」


(やるわけなかろう)


 二人の心が、

 綺麗に一致した瞬間だった。


 だがレイラは気づかない。


「案外楽しいぞ」


「ほら、

 テュエルも来い」


 ぽんぽん、と床を叩く。


 完全に誘っていた。


 テュエルは数秒沈黙し。


 にこり、と微笑む。


「……レイラ様」


「ボクは貴女となら何でも楽しいですが……」


「その前に、

 室内で壁を壊すのはやめましょうか^^」


 視線の先。


 壁にはうっすら亀裂。


 障子は半壊。


 机はひっくり返っていた。


 テュエルは、

 にこりと笑ったまま告げる。


「修繕費は、

 シャガル持ちですからね?^^」



 レイラ

「…………」


 シャガル

「…………」


 その日、

 城の大工が泣いた。

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