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20/39

レイラ様、夏は苦手です(※ただし最強の氷兵器が誕生します)

――夏。


双国の空は、どこまでも高く、青く澄んでいる。

だがその澄み切った空気とは裏腹に、地上にはじっとりとした熱が滞っていた。


石畳はじわじわと熱を孕み、踏みしめるたびに体力を奪ってくる。

風は吹いているはずなのに、まるで意味をなさない。

肌に触れても、涼しさではなく、ただ“ぬるさ”だけを運んでくる。


――重い。


呼吸が、わずかに浅くなる。


その一角。

日陰に置かれた長椅子の上で、レイラはぐったりと背を預けていた。


「……暑い……」


ぽつりと零れた声は、かすれている。


普段なら、背筋を伸ばし、凛とした気配を纏っているはずの姫の姿はそこにはない。

あるのはただ――溶けかけた雪のような、頼りない気配だった。


「……無理だ……これは……」


指先に力が入らない。

体の奥から、じわじわと何かが削られていく感覚。


雪女の血が、確かに悲鳴を上げていた。


自らの周囲を冷やすこともできる。

だが――レイラは、それをしない。


 


それが、“人として生きる”と決めた証だからだ。


 


 


テュエルは、静かにその様子を見ていた。


 


額に滲む汗。

わずかに鈍る動き。


 


(……このままでは、消耗が激しい)




「レイラ様…少々お待ち下さい。」 


そう言って踵を返す。





――――――――



そして



「……レイラ様、よろしければ、どうぞ」


 


一つ一つが、均一な形をした小さな立方体。


まるで宝石のように整った、透明な氷が入った器を差し出した。


「……食べてください」


レイラはそれを見つめる。


「……綺麗だな……」


「均等に冷えるよう、形は揃えています」


「……相変わらず、無駄に細かいな……」


そう言いながら、匙で掬い上げ、口へ運ぶ。


「…………」


――冷たい。


それは確かに、心地よい。


かけられた果実の甘さも、後から広がる。


「……美味しい……」


だが――


レイラは、わずかに首を傾げた。


「……でも……」


もう一つ、口に入れる。


カラン、と小さな音が歯に当たる。


「……少し、重いな……」


テュエルの視線が、わずかに動く。


「重い、ですか?」


「……うん……」


少し考え込むように、氷を見つめる。


「……もっと……細かければ……」


そして思いついたように 


レイラ

「…テュエル」


「……これ、削れるか?」


 


テュエル

「……削る、ですか」


 


レイラ

「雪みたいに……細かく」


 


 


一瞬、沈黙。


 


 


テュエル

「……わかりました」


 


静かに、頷く。


 


テュエル

「一日だけ、お時間をください」


 


レイラ

「……?」


 


テュエル

「造ります」


 


 


その言葉は、あまりにも自然だった。


 


 


――夜。


 


テュエルは一人、机に向かっていた。


 


紙の上に、線を引く。


 


円。

軸。

刃。


 


(氷を、均一に削るには……)


 


(回転……圧……角度……)


 


(……ゼンマイ式に……)


 


 


手は止まらない。


 


思考が、そのまま形になる。


 


やがて――


 


一枚の図が、完成する。


 


 


テュエル

「……これなら」


 


 


紙を手に取り、立ち上がる。


 


向かう先は、一つ。


 


 


――コン、コン。


 


 


扉を叩く。


 


 


「おや……?」


 


ゆっくりと開かれる戸。


 


 


「テュエル殿?」


 


 


テュエル

「爺殿、少しよろしいでしょうか」


 


 


「どうかされましたか?……珍しいですな^^」


 


 


テュエル

「……力を、お借りしたいのです」


 


 


「……ほぉ?」


 


 


紙を差し出す。


 


爺はそれを受け取り――


 


視線が、変わる。


 


 


「……これは……」


 


 


テュエル

「レイラ様が、夏を越すために必要なものです」


 


 


一拍。


 


 


「はっはっは!!」


 


 


一気に、顔が綻ぶ。


 


 


「それはまた……面白い!!」


 


「よろしい、力添え致しましょうぞ^^」


 


――宮内の鍛冶場。


 


静かな熱の中、

二人の視線は一枚の図面に落ちていた。


 


テュエル

「この氷を、回転させます」


「ゼンマイ式で、一定の速度を保ちつつ削る構造を――」


 


「……面白い」


 


図を覗き込み、すぐに口元が緩む。


 


「ではこの刃、少し反らせると良い」


「その方が、氷が逃げる」


 


テュエル

「……なるほど」


 


 


そこから先は、早かった。


 


テュエルが構造を組み立て、

爺がそれを形にしていく。


 


――コツ……


 


わずかな調整。


 


――ジ……


 


静かに熱が入る。


 


 


「軸は太くする。これでは持たん」


 


テュエル

「……お願いします」


 


 


言葉は少ない。


だが、手は止まらない。


 


 


やがて――


 


 


ギ……と、機構が回る。


 


 


テュエル

「……回りましたね」


 


 


「ほっほ……」


 


 


テュエル

「削れた氷は、ここから落とす形で」


 


 


「うむ、良い」


 


 


最後の調整を終え――


 


 


テュエル

「……出来ました」


 


 


「さて……どんな顔をされるかのぉ^^」


 


 


テュエル

「……楽しみですね」



(レイラ様が口にするものだ。粗は許されない)


(全てはレイラ様のために)




――翌日。



レイラは相変わらず長椅子を背に


溶けていた



「……暑い……」


「……死ぬ……」


「……私は……ここで終わるのか……」


「……悪くなかった……」


一拍。


「……いや、よくないな……普通に嫌だ……」



そこへ


 


「……レイラ様」


 


静かな声と共に、

テュエルが姿を現す。


 


その手には――

見慣れない器具。


 


「……何だ、それは」


 


レイラは、ゆっくりと身を起こした。


 


「氷を削るための器具です」


 


「……削る?」


 


わずかに眉が動く。


 


 


テュエルは、説明を続けることなく、

氷を据え、静かに手をかけた。


 


――ギ……シャリ……


 


回転とともに、

白く細やかな氷が器へと落ちていく。


 


 


「…………」


 


レイラの瞳が、わずかに見開かれる。


 


 


やがて、器が満たされる。


 


テュエルはそれを差し出した。


 


 


「……どうぞ」


 


 


レイラは、それを受け取る。


 


しばし、見つめ――


 


口へ運ぶ。


 


 


「…………っ」


 


 


――軽い。


 


 


舌の上で、

すっと溶ける。


 


 


「……これだ……」


 


 


ぽつりと、漏れる。


 


 


もう一口。


 


 


「……氷なのに……重くない……」


 


 


静かに、息を吐く。


 


 


「……いいな、これ……」


 


 


その声は、

どこか柔らかかった。


 


 


テュエルは、何も言わない。


 


ただ、静かに見守る。


 


 


しばらくして――


 


レイラの視線が、氷へと戻る。


 


 


「……テュエル」


 


 


「はい」


 


 


「これに……甘味を足したい」


 


 


「甘味、ですか」


 


 


「果実を潰してかければ……合いそうだ」


 


 


少し考え込む。


 


 


「……いや、もっと滑らかでもいいな……」


 


 


視線が、遠くを見た。


 


 


「乳はあるか」


 


 


「……牛の乳なら」


 


 


「煮詰めて、甘くできるか?」


 


 


一瞬の間。


 


 


テュエル

「……可能です」


 


 


「では、それも作れ」


 


 


言いながら、

再び氷を口へ運ぶ。


 


 


「……あと、味を増やしたい」


 


 


「果実だけではなく……」


 


 


「……そうだな……」


 


 


ふと、何かを思いつく。


 


 


「色もつけたい」


 


 


「……見た目も、楽しい方がいい」


 


 


その言葉に――


 


テュエルの目が、わずかに細まる。


 


 


(……楽しむ、か)


 


 


レイラは、さらに続ける。


 


 


「これは……ただ冷たいだけじゃない」


 


 


「……面白い」


 


 


ぽつりと、呟く。


 


 


そして――


 


 


「……そうだ」


 


 


顔を上げる。


 


 


「こんな暑い中、稽古しているあいつらに……」


 


 


わずかに、目を細める。


 


 


「食わせてやろう」


 


 


その一言で。


 


 


すべてが、動き出した。


 





――稽古場。


 


真昼の陽が容赦なく降り注ぎ、

地面からはむわりとした熱が立ち上る。


 


兵たちは汗を流しながら、声を張り上げていた。


 


「――はぁっ!!」

「まだいけるだろ!!」

「足が止まってるぞ!!」


 


そんな中――


 


「……並べ」


 


ぽつりと、場違いなほど静かな声が落ちた。


 


「…………え?」


 


振り向いた兵たちの視線の先。


 


そこには――


 


氷の山を前に、堂々と座るレイラの姿。


 


そしてその隣には、

見慣れない奇妙な器具。


 


「……姫様……?」

「な、なんでここに……!?」


 


ざわつく空気を、

レイラは一瞥するだけで制した。


 


「騒ぐな。溶ける」


 


「は、はい!!」


 


反射的に背筋が伸びる。


 


 


レイラは、器具に氷をセットする。


 


手慣れた動きだった。


 


軽く回す。


 


――シャリ……


 


細やかな音と共に、

白く柔らかな氷が器の中へと積もっていく。


 


「…………」


 


兵たちの目が、見開かれる。


 


(なにあれ……)

(雪……?)

(いや……食えるのか……?)


 


 


レイラは、削り終えた氷を軽く整え、

果実の蜜をかける。


 


「……ほら」


 


差し出す。


 


最前列にいた兵が、

恐る恐る受け取った。


 


「い、いただきます……!」


 


一口。


 


「――――ッ!?」


 


目が見開かれる。


 


「う、うまっ……!!?」


 


その声に、

周囲が一斉にざわめいた。


 


「なんだそれ!?」

「俺にもくれ!!」


 


 


「並べと言っただろう」


 


一言。


 


「「「はっ!!!」」」


 


 


一瞬で列ができる。


 


 


レイラは淡々と削る。


 


――シャリ、シャリ……


 


氷が積もる。


 


果実がかかる。


 


手渡される。


 


 


だが――


 


「……!」


 


次に受け取った兵が、息を呑んだ。


 


「これ……さっきのより……」


 


 


「……美味い……」


 


 


気づく。


 


 


(……違う)


(姫様のやつ……)


(なんか……違う……!)


 


 


レイラの削りは、均一で、

空気を含んだように軽い。


 


口に入れた瞬間、

すっと溶ける。


 


 


(え……なにこれ……)

(同じ氷だよな……?)

(なんでこんな違う……?)


 


 


列が進むにつれ――


 


空気が変わっていく。


 


 


(……尊い……)


(姫様が……氷を……)


(いやこれもう奇跡では……?)


 


 


気づけば。


 


 


(尊い……)

(尊い……)

(尊い……)


 


 


兵たちは、無意識に手を合わせていた。


 


 


(推しが……今日も尊い……)


 


 


――その空気を。


 


 


すっ……と、


何かが横切った。


 


 


温度が、変わる。


 


 


「レイラ様^^」


 


 


にこやかな声。


 


だが――


 


 


兵たちの背筋に、

ぞわりと冷たいものが走る。


 


 


「そろそろ交代しましょう」


「疲れてしまいます」


 


 


一歩、近づく。


 


 


「俺が――“削ります”^^」


 


 


「(ひぃっ!!!!)」

「(空気変わった!!?)」

「(今の“削ります”ってそういう意味!?)」

「(俺ら……削られる……!?)」


 


 


レイラは、ちらりと視線を上げる。


 


 


「……まだ作れるが」


 


 


わずかに、不満そうに。


 


 


テュエルは微笑んだまま。


 


 


「……無理をなさらないでください^^」


 


 


「……まぁ、いい」


 


 


すっと、場所を譲る。


 


 


テュエルが器具に触れる。


 


 


――シャリ……


 


 


正確な動き。


 


美しい削り。


 


 


「……どうぞ^^」


 


差し出される。


 


兵が受け取り、口に入れる。


 


「……うまい……」


 


だが――


 


「(……あれ……?)」

「(なんか………)」

「(うまいのに……)」

「(緊張して味わかんねぇ……!!)」


 


 


テュエルは、変わらぬ微笑みのまま。


静かに、兵たちを見渡す。


 


(おい^^)


 


一瞬で、空気が張り詰める。


 


(誰が作らせた?^^)


 


「「「(ひっ……!!?)」」」


 


(レイラ様に“削らせてんじゃねぇぞ”^^)


 


兵の心の声


(やばい!!)

(バレてるバレてるバレてる!!!!)

(け、削られる……!!!) 


 


(次、近づいたら)


 


一拍。


 


(何が削られるか……分かってるよな?^^)


 


「「「(ヒィィィィ!!!!)」」」


 


テュエルは、にこやかに微笑む。


 


「……おかわりは、順番にどうぞ^^」


 


兵たち


「「「は、はいぃぃぃ!!!!」」」


 


(並べ^^)

(距離を保て^^)

(視線を上げるな^^)


 


(いいな?^^)


 


「「「(はいぃぃぃ!!!!!!)」」」


 


――その整列は、


もはや軍規よりも正確だった。


 


一切の乱れなし。

私語なし。

視線すら上げない。


 


完璧な統率。


 


(※理由:命の危機)


 


 


少し離れた場所で。


 


 


レイラはその様子を見ていた。


 


 


そして――


 


 


「……ふっ」


 


 


ほんのわずかに、笑う。


 


 


それだけで。


 


 


(尊い……)

(やばい……今の……)

(もう無理……)


(でも)

(姫さま気づいて……)


 


再び、多方面祈りが発生した。


 



――その時、不意に空気が変わる。


「ほぉ……なんだこれは」


気づけば、そこにシャガルがいた。


 

「余の女が作ったのか?」 


「……余を差し置いて、随分と楽しそうではないか」


 


レイラはちらりと視線を向け――

何でもないように器を差し出した。


 


「シャガル、食うか?」


 


差し出された器を見て、

シャガルはわずかに目を細める。


 


「ふむ……氷か……」


「……美味そうではないか」


 


 


――次の瞬間。


 


 


止める間もなく、

一気にかき込んだ。


 


 


「――――うむ!!美味い!!」


 


 


一瞬で、器が空になる。


 


 


「ほぉ!!軽いな!!」


「いくらでも入るな!!」


 


 


さらに手を伸ばす。


 


 


兵の心の声


(あぁ……それはゆっくり食うやつなのに……)


(待て……誰か止めろ……)


(いや無理だろあれは……)


(というか止めたら死ぬ……)


 


 


「もう一杯だ!!」


 


 


さらに食う。


 


 


「まだだ!!」


 


 


さらに食う。


 


 


「ぬぅ!!止まらん!!」


 


 


完全に勢いがつく。


 


 


兵の心の声


(終わった……)


(あれ絶対くる……)


(来るぞ……来るぞ……)


 


 


――そして。


 


 


「ぐぉおおおおおお!!!?」


 


 


突然、頭を押さえる。


 


 


「な、なんだこの痛みは!!?」


 


 


その場で膝をつく。


 


 


レイラはそれを見下ろし――


 


 


(……やると思った)


 


 


兵の心の声


(あぁ……言わんこっちゃない……)


(誰も言ってないけど……)


 



テュエルは、誰にも気づかれぬよう、わずかに口角を上げた。


(……愚かだな)


 



シャガルはなおも呻く。


 


 


「ぐ……貴様ら……何をした……!!」


 


 


兵の心の声


(何もしてねぇよ!!)


(自爆だよ!!)


 


 


次の瞬間。


 


 


「……ぐ……腹が……!!」


 


 


顔色が変わる。


 


 


「……ま、待て……これは……」


 


 


一歩、後退。


 


 


二歩、後退。


 


 


――ダンッ!!


 


 


全力で駆け出した。





もう背は見えない。


 


兵の心の声

(あーあ……)


(ほら言った……いや言ってないけど……)




 

稽古場に静寂が訪れた



「……………………」


 


 


一瞬の沈黙。


 


 


そして――


 


レイラは、それを聞いて――


 


 


「……ふっ」


 


 


ほんのわずかに、笑った。


 




レイラは、空を見上げた。


 


 


じりじりと照りつける夏の陽。


 


 


汗ばむ空気。


 


 


だが、その中で――


 


笑い声が、確かにあった。


 


 


「……暑いのも、悪くないな」


 


 


ぽつりと、呟く。


 


 


その声は、

誰にも届かないほど小さかったが――


 


 


確かに、

夏の中に、溶けていった。


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