【未来編】エロ回と思った?残念、理性崩壊コメディです(でも混浴)
秋――。
九合目。
紅葉した木々の合間を、
冷たい山風が静かに吹き抜けていく。
そこにあるのは、
皇族の敷地内でありながら、
あまりにも過酷な環境ゆえ、滅多に人の寄りつかぬ秘境。
春と秋――限られた季節だけ入ることのできる天然泉。
“天然露天風呂”。
湯気の向こうで、
レイラが小さく息を吐いた。
「……綺麗だな」
赤く染まる山々。
白く立ち昇る湯煙。
音のない静寂。
幻想的ですらある景色だった。
だが――
その景色を前にしてなお、
男二人は別の意味で限界だった。
テュエル
(……無理です)
シャガル
(……帰りたい)
理由は単純。
混浴だからである。
しかもレイラ本人が、
恋を知ってからわずかに羞恥心を覚えたことで、
以前より破壊力が増していた。
レイラは湯気の向こうで、
身体に薄布を巻きながら視線を逸らす。
「……今更だが」
「その……少し恥ずかしいな……」
耳がうっすら赤い。
その仕草自体は控えめなのに――
布越しに浮かぶ輪郭と、
濡れた髪の揺れが、
逆に目を逸らせなくさせていた。
肩。
鎖骨。
布の隙間からこぼれる柔らかな起伏の影。
そして湯気に溶ける白い肌。
ほぼ駄目だった。
テュエル
(隠せてません……レイラ様……!!)
(理性……仕事してくれ……)
シャガル
(むしろ……増しておる……!!)
(……誘っておるのか……)
レイラ本人は気づいていない。
レイラ
「……?」
「どうした?」
テュエル
「いえ^^」
シャガル
「…………」
すでに瀕死だった。
⸻
レイラは咳払いを一つすると、
気持ちを切り替えるように言った。
「とりあえず、先に身体を流そうか」
テュエル
「……そうですね^^」
その笑顔は完璧に爽やかだった。
なお内心は――
(心臓がもたない)
(いや、もつわけがない)
だった。
⸻
岩場の一角。
湯を汲み、
互いに身体を流していく。
するとレイラが、
少し困ったように髪を押さえた。
(……背中、届かないな)
テュエル
「レイラ様、ボクが“いつも通り”洗って差し上げますね^^」
シャガル
(……その言い方、鼻につくな、猿)
(だが……お前も余裕はないだろう)
横目で観察する。
⸻
テュエルは慣れた手つきで、
銀糸の髪をそっと持ち上げる。
露わになるうなじ。
その瞬間――
「――っ」
(……まずい)
理性が一段揺れる。
そして。
ぴと。
指先が肌に触れた。
テュエル
(…ぁ………)
レイラ
「……っ///」
肩が小さく跳ねる。
レイラは一瞬だけ戸惑い、
それから少し視線を逸らした。
「……す、すまない」
「少し……くすぐったいな///」
テュエル
(…………)
(……今のは反則です)
テュエルは一瞬動きを止める。
半ば放心したように視線が揺れた。
――理性が、静かに削れていく。
以前の彼女なら、ここまでの反応はなかった。
だからこそ、
“慣れていない戸惑い”が混ざった今の仕草は、
妙に刺さる。
(……これは、きつい)
⸻
レイラがふと顔を上げる。
「シャガル」
「背中、流してやるぞ」
シャガル
「……よい」
「……自分でできる」
(余は猿とは違う)
レイラ
「遠慮するな」
シャガル
「……しておらぬ」
レイラ
「……嫌なのか?」
少しだけ声が落ちる。
ほんのわずかな陰り。
シャガル
「………」
レイラ
「せっかく……」
「やっと、妻として……夫の世話ができると思ったのに」
――沈黙。
空気が一瞬だけ変わる。
そして。
シャガル
「……頼む」
妖王、折れる。
(そんな顔で言われて、拒めるはずがない)
テュエル
「……^^」
(猿とは違うんじゃなかったのかよ)
⸻
レイラ
「よし、任せろ♡」
軽く気合いを入れるように笑い、
シャガルの背後へ回る。
そして。
ぴとっ。
シャガル&レイラ
「――っ///」
同時に肩が跳ねた。
レイラ
「ご、ごめん……///」
シャガル
「う、うむ……」
(……まずい)
(今のは……)
(想像以上に……来る。)
距離が近い。
触れているだけなのに、
意識の逃げ場がない。
シャガル
(……だから嫌だったのだ)
(理性が、もたん)
――――
その瞬間にはもう、
“妖王としての冷静さ”はだいぶ怪しくなっていた。
シャガル
(……のう、猿)
テュエル
(……なんです)
シャガル
(このまま外、というのは……)
テュエル
(……無しですね)
シャガル
(……だよな)
一瞬だけ、
妙な沈黙が落ちる。
湯気の向こう。
少し恥ずかしそうにしながらも、
それでもこちらへ近づいてくるレイラの姿。
テュエル
(……レイラ様は)
(ただ無防備なわけじゃない)
シャガル
(……あぁ)
テュエル
(“夫婦になろう”としてるんです)
シャガル
(……信頼、か)
その言葉だけで、
二人とも理解した。
だからこそ――
今ここで欲望を優先するのは、
違う。
……とはいえ。
理性が限界なのも、
また事実だった。
⸻
テュエル
「……シャガル、俺が洗ってやる^^」
笑顔は穏やか。
だが内側は違う。
(テメェそろそろやりすぎだろ)
(これ以上は本気で止めるぞ)
シャガル
「……いや、余は余の妻に洗ってもらう」
平然とした顔。
しかし内心は――
(これは“権利”だ)
(譲るわけにはいかぬ)
テュエル
(こいつ……)
⸻
テュエルは一瞬だけ目を閉じる。
そして、にこりと笑った。
「レイラ様……ボクも……^^」
(くそ、なら俺も行くしかない)
レイラ
「あ……あぁ……いいぞ」
その一言で、場の均衡は崩れた。
――尚、理性は完全に死んだ。
⸻
そして――入浴。
白い湯気がゆらゆらと立ち上る中、
レイラは肩まで湯に沈む。
「……はぁ」
「気持ちいいな」
濡れた肩。
火照った頬。
湯気に溶ける息。
テュエル
「……そうですね^^」
(はぁ……つらい)
シャガル
「…………」
(これは拷問の類か…………)
⸻
レイラは二人を見比べて首を傾げる。
「……?」
「そんなに熱いか?」
少しだけ身を乗り出すように近づく。
シャガル
(……来るな)
レイラ
「……?」
ぴと。
不意に触れた感触。
シャガル
「――っ?!///」
レイラ
「……ぁ」
ようやく気づいたように瞬きをする。
「す、すまない……///」
顔が赤い。
だが距離は離れない。
シャガル
(理解しているなら離れろ……!!)
(いや、離れるのも問題だが!!)
妖王、静かに瀕死。
⸻
テュエル
「……^^」
(正直、羨ましい)
目の前にあるのは、
理性が崩れていく未来だった。
(……くそ)
(あの立場に立ちたい)
そう思うのに、
立った瞬間、自分も終わると分かっている。
◇
その後。
レイラは髪をかき上げながら、
ふと動きを止めた。
(……髪、邪魔だな)
簪を取り出し、
濡れた髪をまとめようとする。
だが――
つるり。
ぽちゃん。
「あ」
簪が湯へ落ちた。
レイラは迷わず手を伸ばす。
湯の中を探る指先。
その途中で――
「……ん?」
「なんだ、この硬いのは」
シャガル
「――っぉ///」
空気が止まる。
テュエル
「…………」
(あ、終わった)
レイラ
「?」
数秒の沈黙。
そしてようやく意味を察する。
レイラ
「…………っ!?///」
ぶわっと顔が赤くなる。
勢いよく手を引っ込めた。
「す、すまない!!」
シャガル
「…………」
耳まで真っ赤だった。
テュエルは無表情を保つ。
(……うん)
(今のは助かった方だな)
一瞬、もし自分だったら――と想像して。
(……無理だな)
即座に打ち消した。
肩が、わずかに震えていた。
◇
結局、
簪はテュエルが拾うことになった。
湯気の中。
テュエルはレイラの背後へ回り、
濡れた銀糸の髪を丁寧にまとめていく。
指先が髪をすくうたび、
白いうなじがわずかに覗いた。
テュエル
(……はぁ……無理ですね、これは)
(落ち着け……俺……)
レイラ
「……ありがとう」
結い終わった瞬間。
テュエルだから、という安心感からか、
レイラはそのまま自然に寄りかかるように体重を預けた。
柔らかい。
温かい。
何の躊躇もないその動きに――
テュエルは一瞬で思考を止めた。
テュエル
「――――」
完全停止。
――そして別の意味でも、何かが元気になった。
レイラ
「……?」
(なんだ……今の反応)
指先に伝わった違和感に、首を傾げる。
一拍。
そして意味に気づいた瞬間――
「……っ!?///」
慌てて手を引っ込めた。
「す、すまない!!本当に!!///」
テュエル
「……い、いえ……^^」
(……無理です)
(理性が、もう持ちません)
(限界を超えてます)
内心は完全に崩壊していた。
⸻
その様子を見ていたシャガルは、
もはや羨望すら通り越していた。
(…………)
(帰るぞ、レイラ)
――本当に、今すぐにでも。
◇
しばらくして。
妙に静かなシャガルに気づき、
レイラが声をかける。
「……シャガル?」
心配そうに近づく。
シャガル
(……嫌な予感しかしない)
レイラ
「大丈夫か?」
そのまま額へ手を伸ばす。
ぴと。
シャガル
「――――っ?!」
レイラ
「熱いのか?」
シャガル
(近いと言っている!!!)
距離が近すぎる。
だがレイラ自身もそれに気づいたのか、
少しだけ視線を逸らす。
「……その」
「すまない……///」
羞恥心は、ある。
あるのに――離れない。
結果として一番きつい状態だった。
シャガル
(……地獄か、ここは)
⸻
テュエル
「……^^」
(こいつ、絶対わざとじゃないのが一番タチ悪い)
(いや)
(悪意がない分、もっとタチ悪い)
(…こうなったら……)
そのとき。
テュエルがふと額を押さえた。
「……ぅ……」
レイラ
「テュエル!?」
すぐさま近寄る。
テュエル
(――よし)
一瞬だけ目を細める。
「いえ……標高が高いせいか、少し目眩が……^^」
シャガル
(虚言狡猾猿……!!!)
レイラは心配そうに頬へ手を添える。
ぴと。
テュエル
(ぁ……)
レイラ
「……大丈夫か?」
「口付け、するか?」
治癒目的の、純粋な提案。
だが言ってから、
レイラ自身が少し恥ずかしくなり、
視線を泳がせる。
「……そ、その」
「治癒だからな……?///」
テュエル
(…………無理)
シャガル
(……帰るぞ、今すぐ)
⸻
男二人
(……もう、限界だ)
⸻
その夜。
三人の夜は、やけに長かったらしい。




