【未来編】王羅と妖力の違いを聞いただけなのに、妖王の黒歴史まで暴かれた
庭。
昼下がり。
風が木々を揺らし、
葉擦れの音が静かに庭へ溶けていく。
長椅子の上には、湯気の立つ茶器。
珍しく、穏やかな時間だった。
レイラは湯呑みを口元へ運び――
ふと、思い出したように口を開く。
レイラ
「……そういえば」
「オーラと妖力は、何が違うんだ?」
その瞬間、
テュエルの手がぴたりと止まった。
シャガルが片眉を上げる。
シャガル
「……ほう」
「今さらそこを聞くか」
レイラ
「……父上は、“感覚で覚えろ”しか言わなかったからな」
シャガル
「……あぁ」
どこか遠い目。
(アインらしいな……)
テュエルが苦笑する。
テュエル
「レイラ様の説明が時々かなり感覚的なのは……
やはり陛下譲りなのでしょうね」
レイラ
「そうだろうか……?」
本人に自覚はない。
悪びれる様子もなく、
レイラは続ける。
「そもそも、シャガルの“オーラ”の呼び方……
なんだか違うよな」
シャガル
「……む」
湯呑みを傾けながら、
シャガルはゆっくりと口を開いた。
シャガル
「……違うのは、お前達の方だ」
「本来、妖界では“オーラ”とは呼ばぬ」
「“王羅”だ」
テュエル
「……おうら?」
シャガル
「あぁ」
「魂より滲み出る力」
「生命の熱」
「存在そのものの発露」
「それが王羅だ」
風が静かに吹き抜ける。
レイラ
「……父上は“おーら”って呼んでいたのにな」
シャガル
「…………」
テュエル
「…………」
二人は同時に思った。
(犯人はアイツか……)
テュエルは小さく息を吐く。
テュエル
「そういえば……」
「レイラ様は、なぜ二つの力を使うと
過負荷になってしまうのでしょうね?」
シャガルは顎に手を添え、
静かに息を吐いた。
シャガル
「……本来ならば」
「混ざるはずだったのかもしれぬな」
「雪女と、九の尾」
「だが――人の血が」
「……それを“分けた”」
レイラ
「……分けた?」
シャガル
「境界を作ったのだ」
「おそらくな」
テュエル
「境界……」
低く繰り返す。
頭の中で、
散らばっていた断片が繋がっていく感覚。
テュエル
「だから……
雪女としての力と、九尾としての力が“別々に動く”」
「でも、同時に使うと……
互いにぶつかる」
シャガル
「そうだ」
レイラは自分の手のひらを見つめる。
レイラ
「……よく分からないな」
まるで他人事のような声だった。
テュエルは小さく息を吐く。
テュエル
「……レイラ様」
「ご自分の身体のことですよ?」
レイラ
「使えているから問題ないと思っていた」
即答だった。
あまりにも自然な返答に、
テュエルは一瞬言葉を失う。
すると、シャガルが鼻で笑った。
シャガル
「それが一番厄介な型だ」
レイラ
「厄介?」
シャガル
「理解しておらぬのに、成立している」
「そして成立しているが故に、
誰も“教え直せない”」
テュエルは小さく頷いた。
テュエル
「……確かに」
シャガルは湯呑みを卓へ置き、静かに続ける。
「そもそもだ――王羅の性質は、一つではない」
「炎、水、風、雷、毒、土、音、呪詛、変化……性質は様々だ」
「そして妖力と違い、王羅は魂の“原型”そのものに強く結びつく」
その言葉に、テュエルがわずかに眉を寄せた。
テュエル
「……ですが、少し違和感があります」
シャガル
「何だ」
テュエル
「ボクも朱蓮丸も……“二つ”持っていますよね」
「王羅は、本来一つしか持てないものではないんですか?」
シャガルは小さく息を吐く。
「例外は存在する」
「王羅が“混ざる”個体と、“分岐したまま保持する個体”だ」
テュエル
「分岐……?」
シャガル
「あぁ」
「朱蓮丸やお前のように、“喰って増やす”もの」
「そして八岐のように、“生まれつき複数核を持つ”ものもいる」
レイラ
「……じゃあ、私は」
シャガル
「“分離型”だ」
レイラ
「分離?」
シャガル
「雪女と九尾――二つの王羅が、混ざらぬまま同居している状態だ」
テュエルは納得したように目を細める。
「だから……切り替えの時に負荷が出るんですね」
シャガル
「そういうことだ」
一拍置き、低く続ける。
「妖力は“外へ変換する力”」
「王羅を流し、術として扱うための技術だ」
「だが、王羅そのものは違う」
静かに、しかし重く言い切る。
「魂の“設計図そのもの”だ」
風が枝葉を揺らし、木漏れ日がわずかに揺れた。
レイラは自分の掌を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……なら、たとえば私が複数の心臓を喰えば……
もっと強くなれるのか?」
――その瞬間。
空気が、ぴたりと止まった。
テュエル
「………………」
シャガル
「やめておけ」
即答だった。
レイラ
「……なぜだ?」
シャガルの目が細くなる。
「お前は“分離型”だ」
「核を増やすための器ではない」
「そもそも、異なる核を無理に取り込めば――」
そこで言葉を切り、低く告げる。
「お前自身が、“喰われる”」
レイラ
「……喰われる?」
シャガル
「王羅は、ただの力ではない」
「“存在”そのものだ」
「複数の核を抱え込めば、
人格、魂、肉体――その境界が崩れる」
テュエルも静かに続ける。
「……最悪、自我が壊れる、ということですか」
「自分が誰なのか、
何を守りたいのかさえ分からなくなる、と」
シャガル
「そうだ」
「力だけが暴走し、
“別の化け物”へ成り果てるだろうな」
レイラとテュエルは、同時に息を呑んだ。
だがシャガルは構わず続ける。
「そして、妖力は“技術”だ」
「王羅を外へ流し、
変換し、
現象として扱う術」
「故に鍛えれば、“洗練”される」
「だが――王羅そのものは違う」
「総量、性質、核……
それらは生まれと魂に依存する」
その言葉に、テュエルは無意識に拳を握り締めた。
(……早く、習得しなければ)
視線の先では、シャガルが静かに笑っている。
「王羅は、性質が出る」
「同じ炎でも、全てが同じではない」
「猿の炎と、余の炎は別物だ」
レイラは小さく頷く。
「……だから、同じ炎でも違うのか」
テュエル
「……まぁ、シャガルのは普通の炎ではありませんしね」
レイラ
「冥炎――だったか」
シャガル
「うむ」
レイラ
「……そういえば」
ふと、思い出したように首を傾げる。
「冥炎って、誰が名付けたんだ?」
――ぴくり。
テュエル
「…………」
(あ)
シャガル
「…………」
空気が、妙に静まり返った。
レイラ
「……?」
不思議そうに瞬きをするレイラから、
シャガルはすっと視線を逸らす。
ほんのわずかに。
「……余だ」
沈黙。
テュエル
「…………」
(察し)
(若い頃のやつだな……)
シャガル
「……悪いか」
どこか妙に防御的な声音だった。
テュエルは口を閉ざす。
だが肩が、わずかに震えている。
レイラはきょとんとしていたが、
やがて素直に口を開いた。
「……かっこいいな」
シャガル
「――――」
停止。
完全に。
テュエル
(死んだな)
レイラ
「?」
シャガルは数秒固まったまま動かず、
やがて誤魔化すように咳払いをする。
「……昔の話だ」
レイラ
「そうなのか?」
シャガル
「若い頃につけた」
レイラ
「だが、良い名だと思うぞ」
シャガル
「…………っ」
――致命傷。
テュエル
(追撃まで入った……)
シャガルは無言で茶を飲む。
だが耳が、ほんの少し赤い。
レイラはまるで気づいていなかった。
「生命を焼き削る炎なのだろう?」
「だから冥炎」
「分かりやすくて良い」
シャガル
「……そうか」
レイラ
「あぁ」
真顔だった。
逃げ場がない。
テュエルはそっと視線を逸らした。
口元が、ぴくりと引きつる。
(笑ったら殺されるな……)
必死に無表情を保ちながら、静かに茶を啜る。
だが肩だけは、わずかに震えていた。
庭に、妙な沈黙が落ちる。
その時だった。
レイラが、ふと思い出したように声を上げた。
「……あ」
シャガル
「……なんだ」
レイラ
「そういえば、この間聞きそびれた」
(……)
嫌な予感。
シャガルの眉がぴくりと動く。
「……何をだ」
レイラ
「なぜシャガルは大鎌なんだ?」
シャガル
(……やはり来たか)
テュエル
「…………」
(追撃だ)
レイラは興味深そうに続ける。
「鬼といえば、棍棒の印象が強い」
「だが、お前は大鎌だろう?」
「何か理由があるのか?」
シャガル
「…………」
沈黙。
脳裏を過るのは、遠い昔の記憶。
若き日の自分。
刀を腰に差したアイン。
――気に入らぬ。
被りたくない。
もっと扱いが難しく。
もっと異質で。
もっと強そうで。
そして何より――
死神みたいで格好いい。
だから、大鎌にした。
シャガル
(……言えるか!!)
(そんな理由……!!)
レイラはじっと見つめている。
興味津々の瞳。
純粋な好奇心。
悪意、ゼロ。
逃げ場、なし。
シャガル
「…………」
テュエル
「…………」
(完全に“格好いいから”系だな……)
シャガル
(察するな猿)
じろり、と鋭く睨みつける。
レイラ
「?」
「言いにくい理由なのか?」
シャガル
「いや…………」
珍しく歯切れが悪い。
「……あれだ」
「…大鎌は……」
レイラが身を乗り出す。
きらきらした目。
シャガル
(万事休す、か……?)
その時だった。
「姫さま^^」
庭の入口から、場違いなほど朗らかな声が飛ぶ。
三人が同時に振り向いた。
爺だった。
「煌龍国のリア殿から、手紙が届いておりますぞ」
レイラ
「リアから!?」
ぱぁっ、と表情が明るくなる。
シャガル
(た、助かった……!!!)
レイラは勢いよく立ち上がった。
「すまない、続きはあとだ!」
そのまま、ひらりと銀糸の髪を揺らしながら庭を出ていく。
残されたのは、男二人。
風が静かに吹き抜けた。
シャガルは深く息を吐く。
その横で、テュエルの口元がゆっくり吊り上がる。
先ほどから必死に堪えていたものが、完全に顔へ出ていた。
「……助かったな?」
シャガル
「……ふん」
テュエル
「お前にも、“そういう時期”があったんだな」
シャガル
「……猿」
「消されたいか」
テュエルは耐えきれず、肩を震わせる。
「……ふっ……」
シャガル
「今、笑ったな?」
テュエル
「気のせいでは?」
シャガルはじろりと目を細めた。
だが――
その口元は、わずかに緩んでいた。




