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氷霧の剣士と呼ばれた少女は、逃げながら国を守っていた


「出たら、煌龍国を目指せ」

父上の言葉が、まだ耳に残っている。


だが私は、この双国の地を離れることが出来なかった。


恐怖か、責任か、未練か――

そんな言葉では、足りなかった。


「必ず、お迎えにあがります」



その言葉だけを信じて。





石戸を押し開ける。


光が、差し込んだ。


「……っ」


目が焼けるように痛い。

久しく浴びていなかった陽だ。


視界が、ゆっくりと開けていく。


未達の峰。

まだ七合ほど。


そして――


遅れて、届く。


煙の匂い。

血の匂い。


人が焼ける、匂い。


「…っ」


レイラは思わず視線を逸らした


そして


――いる。


至る所に、凱帝国の兵の気配。


(……ひとまず身を隠さねば)


草を掻き分け、石道を歩き、散らばる兵の視線を掻い潜り


森の中の木々の間に腰を下ろした



(…静か、だな)

(…少し…疲れた…)


目を閉じた。



意識が戻った時には、陽が傾いていた。



(…どうするか)


帰る場所はない。

従者も、頼る者もいない。

……心の支えも。


でも


生きねばーー


そう思った。


人目につかない拠点を探すために5合目ほどまで降りてみた


人気のない斜面の多い北側、陽が完全に落ちる前に

運よく廃屋を見つけた


そして納戸を漁る


ーー男物の衣を手にし着替える


今の装いでは身動きが取りづらい、正体を隠す必要があった



廃屋とはいえ火を灯すことはしなかった。


床に寝転ぶでもなく、壁に背を預け目を閉じた



ぐぅ…


小さく、腹が鳴る。


喉も乾いた


だが、誰が準備してくれるわけでもない


(……)


寒い季節でもない


ましてや雪女だ


寒さなど容易だ



だが


心が寒かった


「……テュエル」


声が、こぼれた。


それが、この日

初めて口にした言葉だった。


ーーーー



身を隠し、息を殺しながら数日が経った



身を隠すために必要なものを少しずつ集め始めていた頃だった。



七合目の西の草原の近くで腹ごしらえのために魚を獲っていた時



ふと、ぞくりと背筋に嫌な気配が走る



慌てて身を隠しその場を離れた。



そして、その正体を確認するでもなく


山を降った



(…なんだった…)


(妙な気配だった…人間ではなかった)



思っていたよりもずっと、この国で身分を隠し、捕まらぬようにするのは

難しいことなのかもしれないと、その時思った。


ーーーー


ふと人里の近くへと足を運び聞き耳を立てる


「関門を塞いで、姫様が逃げたのではないかとまだ探っているそうだよ」


「そんな…姫様は、陛下と共に城で亡くなったんじゃないの?」


「ええ…でもまだ凱の王は信じずに、探させているんだって」


「いいようにこき使われて、凱の兵もこんな山で仕事するのが嫌だからって苛立っているそうだし、あんたも兵には気をつけな」


「…凱の支配下だなんて……私嫌よ…」


「そんなの国の全員が思っていることさ、間違っても凱の兵に聞かれるんじゃないよ」


(……)



踵を返す



(…まだ、探している)



ーーーー



少し離れた場所で騒がしい音が耳に入ってくる



「…ふざけんな!!これはお前たちのものじゃねぇよ!!」


「俺たちが国のために、陛下のために作ってきたもんだ!!」



「王は死んだ」



「お前たちはもう我々凱帝国の支配下になっている、故にこの武器も全て我々凱がいただく!悪く思うな」


刀鍛冶と凱の兵数名が揉めていた。



刀鍛冶は一歩も引かない、

その様子に兵も苛立ちを隠せず、腰の剣の柄へと手をかける



「ーーーっ!!」


――気づけば、踏み出していた。


外套を被り、口覆いを引き上げる。


疾風のオーラが、脚に乗る。


一歩。

――視界から、消える。


次の瞬間。


兵の身体が、地に叩きつけられていた。




地に伏せた兵を一瞥し、踵を返そうとした時



「あ、あの!!」



刀鍛冶に声をかけられる


声も出さない


振り返りもしない


意識だけ向ける


「あの…助けてくれて…ありがとうございます…!!」



「お礼と言ってはなんですが…」


「よかったら…」



と手に持っていたのは短剣ニ本だった



「双国の象徴です…陛下の訃報を聞いて作ったものです」

「俺ぁ作ることしか出来ねぇから…」


「よかったら…使ってやってください」


「あんたみたいに強い人に使ってもらう方が」


「そいつも嬉しいはずだ」



差し出された、二振りの短剣。


(……)


しばし、動かない。


やがて――


それを受け取った。


言葉は、ない。


ただ一度だけ、

わずかに頭を下げた。



ーーーーー



身を隠しながら生活することに慣れてきた頃


半年近く経った頃



常人なら気づかぬであろうわずかな違和感に息を止める



気配を消す




そこを通り過ぎていく黒い影



(……)



(…なんだ…今のは)



国内に、得体の知れない者が入り込んでいることは容易に理解できた。


ーーーーー



そして、七合目の西の草原へと休みに向かおうとした時だった



ふわりーーー



――風が、運んできた。


懐かしい匂い。


(……)


(……テュエル)


心臓が、跳ねた。


生きている――


それだけで、身体が動いた。


――だが。


――違う。


足が、止まる。


気配が、違う。


これは――


(……なんだ)


本能が、告げる。


――近づくな。




バレぬように身を隠し、息を殺し、目で捉える




不気味な猿の仮面をし、赤い外套と鎧で身を固めている


そして


異常なほどのオーラが内から揺らめいている。



オーラの質は


(炎…)



(……)


(…そこも…、一緒なのだな)



だが、目の前のその対象の気配は


知っている”あの者”とはまるで別人で


似ても似つかなかった



異常だった


人間のそれではない



ーー触れぬがまし



そう判断し、踵を返そうとした時にさらに気づく



ぞくりーー



また、あの気配だ



先ほど通り過ぎていった妙な気配、あの黒い影



その瞬間


猿の仮面の男は草原から離れていった



その黒い影は、猿の仮面の男を追う



(…?)



(…同じ凱の者ではないのか…?)



わずかな違和感はあったが思考を切る






ーーーー


それから私は息を殺し


気配を殺しながら



凱の兵が村の娘に手を出そうとする時


たまたま足を滑らせて身動き取れなかったであろう者


川で流されていたもの


ぬかるみに荷台がはまってしまった者


高い木から降りれなくなってしまった子供


全ては救えない。


だが――


見過ごせるほど、

何も感じなくなったわけではない。


「氷霧の剣士様……ありがとう」


背後から、そんな声をかけられたこともある。


(……なんだ、それは)


そう思いながらも、否定はしなかった。


そうすることで、

逃げていることへの罪悪感が、

ほんの少しだけ――薄れる気がした。


ーーーー




一年は過ぎた、

季節がまた巡ってきた



その頃には私はこの生活が慣れ


夜に大胆に焚き火を起こしたりもしていた



地形は覚えた


いざとなればすぐにオーラを使って逃げれる


隠れること、逃げるのには自信があったからだ。



しかし、野営をした近くに決まって猿が出没することが増えた



そのおかげで一つの場所にとどまることはできなかった。


日々違う場所、拠点は毎日変わった



それでも猿の気配は毎日一度は感じられるほど近かった



(…勘のいいやつだ)



(村人が話していたな…)



(…剣士を追っている、と)



(…目的は、私か)




だが


(捕まるわけにはいかない)



(約束をーー果たすために)



ーーーー



そしてさらに月日は流れる



双国の山道を七つの影が登る



(……)


(…あの装い…凱ではないな)




そしてその一行は四合目の村へと入り込み旅館へと入っていった



やがて



「あぁ…気持ちいい……」


と湯に浸かり、羽を伸ばしている少女



その娘の瞳は藤色、そして髪の色は真珠色に光っていた


(……まさか)


無視できない。


そう、直感が告げる。



そして――


その出会いが、

止まっていた歯車を、

再び動かすことになる。

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