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AionioS  作者: 無日
第七章:とこしえに触れる間際

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第69話:取り残された灰塵

 脱衣所の扉を開けた瞬間、ロビンは身を引いた。

 さっきまで静かだったはずの家の空気が、まるで別物に変わっていたからだ。


「ん? 戻ったか、服はちょうどよさそうだな」

「まぁ…」


 リビングの壁一面にはストリングライトが幾重にも垂らされ、街を飾っていたようなイルミネーションが視界いっぱいに広がった。

 窓辺には、淡い金と青の小さな星型装飾が吊るされ、ガラスが光を下ろしきらきらと床を彩る。

 昼間よりも少し照明を落とした室内に、その飾りたちだけが浮かび上がるように輝いては瞬きを返した。


《現在の進行状況は87パーセント。北側窓の点灯が不足。一基のドローンランタンがエラー、修理中です》


「そこはもう少し右よ。窓から見える星帯が一番綺麗に見える角度にしないと意味がないでしょう?」

「はいはい。分かってるよ、ばあちゃん」


 脚立の代わりに犠牲となったスツールの表面が、彼の体重で凹んでしまっている。

 空気はどこか忙しなく、クララは指示を飛ばし、TEMISはドローンの修理が終わるとオーティスの手伝いに戻った。

 その様子を、どこか遠くから見上げている気分になる。

 濡れた毛先から落ちる雫も忘れて、気づけば喉を開いていた。


「……なに、してんの? 今日誰かの誕生日かなんか…?」


「やっぱり忘れてたのか。今日は年越しだろ?」


「……年越し?」


 届く音に耳を傾ける。

 リビングの壁に埋め込まれたテレビでは、アナウンサーが今年のイベント情報を語っていた。

 宇宙エレベーターでみた画面にも、街中でも、あの遊園地にも、情報はあったはずなのに、何故気づけなかったのか。


「もう23時を過ぎているわ。早くランタンの用意をしないとね。貴女も一緒に」

「ランタンって……飛ばすやつ…だっけ」

「そうよ。ミレリスではあまり大きく祝うことはないものね」


 クララはそう言って、窓の外の夜空を見上げた。


「これはね、Elysionに最初に降り立った人たちから続いている年越しの儀式なの。新しい年に変わるとき、願いをひとつ胸に抱いて光のランタンを空へ送るのよ」


 彼女の視線の先では、すでにいくつもの小さな光が上がり始めていた。

 浮遊島から夜空へ放たれるランタン。

 星粒のような光点が、星空へ溶け込むようにゆっくり昇っていく。


「船の事故で多くの人を失った…昔は追悼の意味が強くてねえ。最初は星へ還った人たちへ祈りを捧げるために始まった儀式だった。でも少しずつ意味は変わったわ。大切な人の幸せや、願いを送る夜に。時代は変わるものねえ」


 静かな語り口でクララは遠くを視ていた。

 その言葉を聞きながらロビンはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。


「願い事って、今ここで決めるもん?」


「無理に決めるものじゃないわ。けれど、考える時間くらいは持ってもいいでしょう? まだ、思いつかないなら、来年への目標でもいいわ。決まりなんてないの」


「アタシはいいよ。今は願い事もないし、目標は…これから考える。そっちの邪魔もしたくないし、家族で過ごして」


 彼女はあっけらかんとそう言うと、床に落ちた星の欠片を引力で掬い上げて、クララの膝に乗せた。


「…あら。寂しい事言わないで? あなたも黙っていないで何か言いなさい」


「遠慮するな。とりあえず飛ばすだけでもいいんだぞ? せっかくの機会なんだ」


「いいよ、誘ってくれてありがとう。でも、このスノーグローブのガラスが割れてないかも見ておきたい。遠慮なんかしてないから二人…三人?で楽しんで」


 クララは一瞬だけ目を細めたが、すぐに微笑みへ戻した。


「まぁ、そこまで言うなら仕方ないわねえ。今日はすごく疲れたでしょう? お布団は二階に敷いてあるから、ゆっくり休むといいわ。おやすみなさい」


 ロビンは紙袋を持ち上げると、そのまま踵を返した。

 階段を昇る足音が、静かな家に響く。

 二階へ続く緩やかな階段を上がり、客間の扉が閉まる音が小さく届いた。


 しばしの沈黙。

 クララはその階段の方を見上げ、ゆっくりと紅茶のカップを持ち上げる。


「……なあ、ばあちゃん。俺が風呂に入ってる間にロビンと何話したんだ? 妙に…頑固者のあいつが丸くなった気がするんだが」


「野暮なことを聞かないの。女性同士でしかできない話もあるのよ」


「そういうことか、さては俺の悪口だろ?」


「あら、それは聞くべきだったわねえ。オーダーで孫がしっかりと職務を果たしているのか、怠けていやしないか。今度からはロビンさんから聞こうかしら?」


「やめてくれ。ロビンとばあちゃんに手を組まれたら俺は終わりだ」


 そう吐き捨てるように言うと、オーティスは視線を流し、テーブル上のドローンランタンを一基手に取った。

 照明を反射する膜が彼の乾いた指先を淡く照らし、少し沈み込む。


「………」


 車輪が静かに回る。

 彼女はオーティスのそばに辿り着くと、そっと背中に手を置いた。

 柔らかく、微かに震えた弱弱しい手が背中を摩る。


「子供の頃から、あなたはちっとも変っていないわねえ。そうして考え込みすぎて、自分の選択を後回しにしてしまうのは悪い癖だわ」


「そうか? 昔とはだいぶ違うだろ」


「深夜に成長痛で泣きべそをかきながら、私の部屋に来たあなたも。声変わりしたことが嬉しくて、何度もTEMISに話しかけていたあなたも。オーダーになりたいと夢を語ってくれたあなたも。何年も見てきたわ。それでも、私には……初めて会った頃から、なあんにも変わっていないように見えてしまうの。親というのはそういうものよ」


 そう言ってクララは見上げると、オーティスは顔ごと逸らした。

 耳に赤が差しているように見えたのは照明のせいか、はたまた別の理由か。

 やがて、長い深呼吸が聞こえると、彼は膝をついて彼女を見上げた。


「なあ、俺は…照れ臭くて、いつも“ばあちゃん”って呼んでるけど、クララのことはもう一人の母さんみたいに思ってる。厳しくても、向き合って、ここまで育ててくれた。血の繋がりもない俺に愛情をくれた。感謝してもしきれない」


「……………あら、…ふふ、少しは男前になったかしらねえ」


 彼はゆっくりとまた立ち上がると、クララの膝の上にある最後の星の欠片を装飾に取り付けた。

 瞬く間に壁一面が光に包まれ、TEMISのミッション完了を知らせる電子音が繰り返し鳴る。


「そろそろ、ランタンを空に送る時間だわ。TEMIS、私の分をもらえる?」


《こちらです、クララ様。今年も玄関から送られますか?》


 指が膜をなぞる。


「………俺たちはバディだ」


 ぽつりと言葉を落とす。

 そして、視線を前に戻した。


「二人で上げててくれ。ちょっと行ってくる」


 彼はそう言い残すと、ランタンを脇に抱えたまま、階段を昇って行った。

 その背中を見送りながら、クララは満足そうに小さく微笑む。


「ええ、行ってらっしゃい」




✧✧✧




 二階は照明を落としてあり、薄暗かった。

 階段には車椅子が移動できるようにレールが斜めに壁を伝っているが、あまり使っている形跡はなく真新しい。


 段差を昇り切るといくつかの扉があった。

 突き当りの部屋は解放されていて、奥には生活感のあるデスクとベッドが見える。

 たぶん、オーティスの部屋だ。

 家を出ても家具はそのままに掃除だけは行き届いているように見える。


「客間って…ここ?」


 区切られた戸を引くと、木の香りがほんのりと鼻先をくすぐった。

 そこには和洋折衷の落ち着いた見慣れない空間が広がっていた。

 一人用の布団が敷かれ、枕元にはランプが灯り床を滑る。


「変わった部屋……げ、なにこれ」


 この家にはところどころに出所不明な雑貨が飾られてあった。

 妙な木彫りの架空生物に、窪んだ壺、使い方の想像できない陶磁器。

 そして、妙な柄の仮面。


「こんなのに見られてたら眠れなくなりそう」


 今夜は悪夢になりそうだ。


 衛星光が格子模様になって床に影を伸ばし、まぶたの裏を優しくなぞる。

 慣れない布団、知らない匂い、壁の向こうから聞こえるぼやけた会話。

 どこか木の香りのするこの空間には慣れそうもなく、居心地は浮いている。


「ガラス、割れてないといいけど」


 紙袋を開いて、手を伸ばす。

 固定用のケースから取り出して箱を開けると、包み紙から現れたのは、小さなガラスの球体──スノーグローブ。


 灯りを探すように、ベランダに繋がる戸を静かに開ける。

 格子に遮られていた場所から抜けると、ふわりと光が淡く広がった。


 ガラス面に反射したその一瞬、星屑のような影が壁や畳に散らばり、中に閉じ込められた空がひっそりと息をする。

 小さなプラネタリウムが手の中に完成した。


 自然と伸びた足先は、ベランダのひんやりとした床材に触れ、夜の空気が肌を優しく撫でる。

 時刻はもう0時を過ぎただろうか。

 夜空に浮かぶのは数えきれないランタンと星帯。


「……あんたにも見せたかった」


 そこに向かって、ガラスをそっと持ち上げた。

 もっと光に近づければ、星がもっと鮮やかに浮かぶと思ったから。




✧✧✧




 その先に、ロビンはいた。

 ベランダの手すりに身を預け、その手には店で買っていたスノーグローブ。

 星空へ次々と昇っていくランタンを見上げている背中は、普段の勇ましさは顰めて年相応に見える。


 声をかけかけて、踏みとどまる。

 視線を落とし、手に持ってきたランタンは小卓に置いておくことにした。


「あんたってお人好しだよね」


 ロビンは振り返らずに声を風に乗せた。

 物音は立てていないはずなのに、いつから気付いていたのか。


「そうか? 俺はそのへんのやつと変わらない。子供の頃から“普通”を体現して生きてきたからな」

「………アタシが今まで会ってきた奴らの中で、あんたが一番イカれてる。結晶食う奴がまともだと思う?」

「それは…戦闘に必要だったってだけで、好んで口に入れてるわけじゃないぞ?」

「どうだか」


 隣の手すりにもたれたことで、重さに負けて金属が軋む。

 遠くには浮遊島の灯り、真上には星とランタン、宇宙に近い黒い空。


 見慣れた景色のはず。

 なのに、いつも素通りしていたあの頃の日常は色を変えて、目に焼き付くように感じた。


「あんたってそんな成りしてるのに、お坊ちゃんだったわけ? クララの前では言わなかったけど、ここって本物の金持ちの家って感じ」

「っはは…俺がお坊ちゃん? まあ、でも無理ないか。この家は、クララの前の旦那さんが建てた家だ。俺は会ったこともないから詳しくは知らないけどな。子供の頃、初めてここに来たときはお前とおんなじ顔してたよ」

「……子供の頃、ね。あんたって、どんなガキだったの」

「唐突だな…どう見える? やっぱガキ大将か?」


 ロビンは夜空に視線を戻してから、あっさり答えた。


「根暗そう」

「……初めていわれたな…。そう見えるか?」


 思わず素で聞き返した声に、ロビンは小さく笑っていた。

 夜風が、肩と肩のあいだを静かに抜けていく。


「お前はどんなだったんだ?」


「アタシ? アタシは……」


 問い返されて、ロビンは少しだけ目を細めた。


「待て、当ててやる」


 腕を組み、わざとらしく考え込む素振りを見せた。

 客間の淡い照明が彼の横顔を柔らかく照らし、思慮深く演出する。


「難しくないか…全く想像がつかない。お前が20歳ってのも、未だに信じられないくらいだ」

「老けてるって言いたいわけ?」

「いや……まあ……」


 ごき、と拳の鳴る音がした。


「すまんすまん!!!」


 慌てて両手を上げる姿があまりにも素直で、ロビンは毒気を抜かれたように肩を揺らした。

 堪えきれず、くつ、と笑いが漏れる。


「でも、そうだな」


 改めて彼女を見下ろして、吟味してみる。


「お前は目立つ奴だったんじゃないか? 引力で悪いやつを倒す! …みたいな。なんだかんだ言って、お前は一人でいるところより、人に囲まれてるところの方がしっくりくる気もする」


 その言葉に、ロビンは一瞬だけ視線を落とした。

 夜風が長い髪を揺らす。

 空へ上がっていくランタンの光が、彼女の黒髪に淡く映り込み、色を変えた。


 ほんの一瞬だけ胸をよぎる。


 今までなら、こんな話を地上の人間にする気にはならなかった。

 口が裂けても。

 オーダーの人間ならなおさらだ。

 けれど、少しの沈黙のあと、ロビンはゆっくりと言葉を紡いだ。


「アタシ、親を知らないんだ」


 オーティスは目を細めるだけで、静かに姿勢を変えて耳を傾けることにした。


「Voidのガキのほとんどはそう。だから正確な歳も分からない」


 手の中のスノーグローブを眺めながら乾いた笑いをこぼす。

 笑っているはずなのに、その声にはどこか空洞があった。

 けれど、オーティスは気まずそうにするでも、同情するでもない。


「なら、俺より年上かもしれないな」

「もしアタシがあんたより年上だったら、たっぷりこき使ってやるのに」

「それは怖いな」


 その軽いやり取りに、肩から少しだけ力が抜けた。


「ガキの頃の話だけど……今よりずっと違ってた。諦めが悪くて、意地っ張りで」

「今と変わらないだろ」

「……今と違うのは、世間知らずだったこと。何も知らないガキだった。外に出たこともなくて、狭い場所で生きてたからなのもある」


 一瞬だけ、子供のような表情に見えた。


「その時に……」


 そこで、彼女の声が止まった。


 喉の奥に引っかかる。

 何度も、何度も飲み込んできた。

 それを吐き出すには、もう灰を被りすぎている。


 ガラスの反射した青が彼女の輪郭を淡くぼかす。


 やがて、震えた息を押し出した。



「……そんな時に出会ったのが、――ディル」



「……ディル?」

「うん。Voidで“キング”って言われてた。悪ガキ集団のボス…みたいな感じ」


 その呼び名を口にした瞬間、ロビンの目が少し優しくなる。

 どこか張り詰めていた糸が切れたように。


「アタシの親友で、あいつのおかげで外を知ることができた」

「ディル…か。どんなやつなんだ? お前が親友って言うくらい仲がいいなんて、そいつは相当根性がある」

「さっきから一言多い」


 オーティスはベランダの柵に片肘を置きながら、興味深そうに話を聞いた。

 だが、彼女は一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく息を漏らす。


「……酷い奴だよ。あんたは気が合わないと思う」

「話してみないと分からないだろ? お前とだって打ち解けたんだ」

「…………なんていうか。あいつは何考えてるか分かんないから。常に何手も先を考えてて、もしあいつが馬鹿みたいに一直線なあんたを見たら……」

「馬鹿みたいに一直線……褒めてるのか?」

「褒めてる。ディルはあんたとは正反対。初対面の奴がいたら握手をするんじゃなくて、弱みを探るのがあいつの特技。偉そうに指図してくるし、人の話は聞かないし」


 そこで少しだけ口元が緩む。


「海藻頭って呼んでた。髪の毛がうねうねしてるから」

「はははっ! ひどいあだ名だな」

「事実だし。あと……あいつ。人に言えないようなこともしてたんだと思う。調べてみたこともあったけど、上手く掴めなくて諦めた」


 その一言で、空気がほんの少しだけ重くなる。

 オーティスは黙って考え込んだ。

 オーダーとして聞けば、見過ごせない内容かもしれない。

 犯罪、窃盗、Voidの裏社会――いくらでも掘れてしまう。


 けれど今ここで欲しいのは、正しさじゃない。


 彼はふと、部屋の壁に掛けられていた、仮面を手に取った。

 奇妙な柄に間抜けな顔。飾りの縁を覆う毛が長く伸びて、夜風に揺れる。

 彼は何を思ったのか、それをすぽりと被ったのだ。


「……な、何してんの…?」


 ロビンは目を丸くした。

 仮面の奥から、くぐもった声が返ってくる。


「俺は今、オーティスじゃない」


 間を置いて、わざとらしく続ける。


「その辺の……毛むくじゃらだ。だから、話しても問題ないぞ?」


 一拍。


 ロビンはしばらく目の前の変人にあんぐりと口を開けていたが、とうとう堪えきれず吹き出した。


「あははっ……なにそれ…毛むくじゃら……、ふふ…あはは!」


 肩を震わせ、腹を押さえるようにして笑う。

 いつもの皮肉でも冷ややかさでもない、年相応の、素直な笑い声だった。

 その笑顔を仮面の奥で見て、少しだけ安堵する。


「だから、この“毛むくじゃら”になら続きを聞かせてくれてもいい」


 ロビンは笑いの余韻を残したまま、目尻を指で拭った。


 この男は、オーダーとしてではなく、ただの“誰か”として聞こうとしている。

 その不器用な優しさが、胸の奥の固い部分を、ほんの少しだけ溶かしていく。

 仮面越しに聞く姿勢を保つオーティスの前で、彼女は手すりに肘を置いてから息を吐いた。


「ディルは盗むのも得意だった。地上に昇って、食べ物や使えそうなガラクタを盗むような悪党だったよ」


 その声音にはどこか懐かしむような落ち着きがある。

 一瞬、挑戦的な笑みを浮かべたが、すぐにそれはほどけた。


「でも、Voidのガキには盗ってきた食べ物を分けてくれてた。腹を空かせて泣いてるやつがいれば、真っ先にそいつのとこに持っていってた。大人共の一部も、どんな形でも、あいつを認めてたと思う」


 吐いた息が白く染まって溶けていく。


「みんなで……Voidを走り回った。子供の遊び場なんて安全な場所はないけど、アタシたちにとっては、あの入り組んだパイプと廃材の山、湿った地面が遊び場だった」


 その言葉に合わせるように、オーティスの脳裏にも、薄暗い通路を駆け抜ける子どもたちの影が浮かぶ。


「なら、休みの間に会いに行ったらどうだ?」


 瞳の奥が震えた。

 手持無沙汰にガラス細工を撫でていた指先が止まる


「お前、オーダーになってから戻ってないだろ。仕事づくめで、休みなんてほとんどなかったからな」


 少しの沈黙。


 静かだった場所に周囲の音が吹き返す。

 下の階からはクララとTEMISの会話、遠くで走るモノレールの滑る音がかすかに届いて、やがて引き潮のように世界から切り離される。


「……会えない、会いたくても」


 その一言は、ひどく軽く、けれど何よりも重かった。


「ディルには、もう会えない」



 ロビンはオーティスを見返したまま、ゆっくりと唇を動かした。



「死んでる」



「ミレリスの人に、殺された」


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