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AionioS  作者: 無日
第七章:とこしえに触れる間際

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第67話:視えない縁に招かれて

「パークはもう出たんじゃないの」

「ここはショップ街だろうな。土産屋が並んでる」


 ショーの余韻を背にパークから出ると、そこにあったのは殺風景な街並みではなく、煌びやかなショップ街。

 来た時とは反対側に位置するこの場所に、パーク帰りの人々がそのまま流れ込み、足取りはどこか緩んでいる。


 キャラクターグッズやパーク限定菓子がショーウインドウを飾り、夕暮れを柔らかく受けて光を返す。

 混雑する通りは店の中に枝分かれしていき、橙色の灯りがガラス越しにやわらかく滲んだ。

 広い背中が、そのまま導かれるようにして店に入っていったことで、残る二人も顔を見合わせて後に続いた。


「上手い動線ですね、パークの外にもショップを配置するとは。」

「ジョシュと、アミルさん…あとはダニエルの退院祝いにもなにか買ってきてやらないとな。あとカルロス長官に、ヤスジとアイザック…」

「多すぎ。何人かに絞れば?」

「こういうときに日頃の感謝を伝えるもんなんだって…ばあちゃんが言ってた。でも確かに、何人かでいいかもな……」


 棚は木製で温もりがあり、上を見上げれば列車のおもちゃがレールに沿って走り続けている。

 曲がり角を進むたび、テーマパークの小さなマスコットが並び、アトラクションのミニチュア、星空のデザインが施された食器や文具、限定のお菓子、ジャムまで、見ているだけで楽しくなるような雑貨が整然と並んでいた。


「ヴィンセントも何か買って帰ったらどうだ? 隊の人たちとか」


「……私は特に。職場の方々とプライベートで関わることは少ないので。遠慮しておきます。」


 そう言いながらも、ヴィンセントはどこか視線を滑らせ、目に留まったコーヒー豆の棚へと吸い寄せられていく。

 オーティスは、デザインが重視されたクッキー缶を手に取りながら振り向くと、ロビンは棚の前で足を止めていた。


「俺はばあちゃんに甘いやつ買ってくけど、お前はどうする? 誰かに贈らないのか?」


「"お前友達いないだろ"って言ったのはどこの誰」


 皮肉を込めてそう言いながら、ぬいぐるみとTシャツが並ぶ棚に視線を流す。


「……あの時はふざけてああ言ったが、ジョシュとかアミルさんとか、いるだろ? それに、お前意外とダニエルとも気が合うんじゃないか?」


「あいつと気が合う? 勘弁して」


 首を振りながら踵を返すと、ぴたりと足を止めた。


 ガラス細工の並ぶ棚の中。

 照明を反射しながら存在感を失わない色。


 ――ガラスの中に閉じ込められた、小さな遊園地。


 その中に積もっているのは星の結晶で、 "ちいさな世界"の中にはパーク全体のミニ版が精密な造りで閉じ込められていた。


「それ振ってみたら面白いぞ。あ、でも気をつけろよ。ガラスだから下手に動かすと割れちまう」


「振る…?」


 首を傾け、そっと手の中で見本のガラス細工を軽く揺らしてみた。

 すると、ぶわっと星の粒が浮遊して青い半透明の液体の中で煌めく。

 動きに連動するように液体は濃い色に変わって、グラデーションが広がった。


 ───まるで、空そのものがこのガラスの中に詰まっているようだった。


「……空の色だ」


 ぽつりと呟く。


「ガラスだし土産には向かないんじゃないか? 帰り道は気を付けないと――って、ん?」


 小さな箱を両手で包み込むように抱えたまま、彼女はいつの間にかレジの方へ向かっていた。


「………このパーク、侮れません。まさかこんなに種類のある豆が並んでいるとは…。これは人工的に作られたもののようです。実に興味深い…」


 引き締まった表情で、いくつかのコーヒー豆を袋ごと腕に抱えて戻ってくる。

 表情は堅苦しいのに、どこかほくほくした様子が滲み出て、カゴの中に入れればいいのに彼にしては珍しく非効率だった。


「ロビンさんはどこへ?」

「もう会計しに行った。俺たちも行こう」




✧✧✧




 夜がすっかり落ち、空には星々が淡く滲む。


 石畳に立ち並ぶ街灯が淡い光を揺らし、三人の影を長く伸ばした。

 耳の奥には、まだあの賑やかな声や音楽が遠く流れていて、胸の奥をまだ少しだけ温めている。


 ロビンの片腕の中には小ぶりな紙袋があり、中にはスノーグローブと呼ばれるガラス細工が割れぬよう何重にも包み紙に包まれていた。

 一方で、ヴィンセントはコーヒー豆が数種類入った袋を両手に抱え、オーティスは少し大きめのショッパーを背中にひっかけて、歩くたびカラカラと菓子缶の音が鳴らしていた。

 その音に紛れて、足音と紙袋の音が交差する。


 そのときだった。


「お二人は──」


 静かな声が沈黙を破った。

 足を止め、街灯の下で空を仰ぎながら、誰に向けるでもなく。


「……もし、未来や過去を歩けるとしたら、何をされますか。」


 音が遠ざかり、足元の影が揺れる。

 二人も足を止め、ゆっくりと振り返った。

 風が三人の間をふっと通り抜ける。


「なに、急に」

「ただ…ふと考えたんです。今日は本当に素晴らしい一日でしたから。」


 彼の沈黙に、ロビンとオーティスは顔を見合わせ、やがてオーティスの方が先に口を開いた。


「俺は…新人の頃、先輩に酷いことをした。だから……、やり直したいって昔ならそう即答…してただろうな。やり直して、なかったことに」


 視線が、遠くに置き去りになる。


「でも、過去を変えても…それでも。先輩は他の誰かが自分と同じ運命を辿ることは望んでない…と思うんだ。俺は方法を調べながら出来る以上の償いを続ける。今はそれしか、ない」


 そう言って、彼は少し視線を落として拳を強く握った。

 木の葉が擦れて地面に落ちる。

 オーティスの息が短く漏れると、視線は待つように彼女に集まった。


「………アタシは」


 靴先を見つめていた。

 夜風が彼女の髪を梳かして表情を隠すが、その隙間から金色の瞳が暗闇でも鈍く光る。


「……過去に戻れるなら、戻りたい。やり直したいことなんてたくさんある。ありすぎて……、何処からやり直せばいいか分かんないくらい」


 抱えた紙袋の乾いた音が鳴る度、言葉が濁る。


「でも、それは…叶わないから。さっきの話の通り、向き合わないと」


 そう言って顔を上げる。

 眉間にシワが残ったまま、口元は引きつって。

 そのまま顔を隠すようにして背を向けた。


 彼女の言葉に、彼はただ少しだけ指先を丸め、静かに頷いた。


 会話は途切れ、石畳の上を踏みしめるたび、乾いた足音が規則的に響く。

 紙袋が擦れ合う音が、その間に混じった。

 やがて、その沈黙をなぞるように、オーティスが口を開いた。


「そうだ、ヴィンセント。服屋に上着預けたままだったよな? 帰る前に寄ろう」

「ええ、そうでしたね。基地に戻る前に立ち寄るつもりです。」


 ヴィンセントは小さく頷き、ふと足を止める。

 夜気がわずかに冷え、遠くで誰かの笑い声が滲んで消えた。


「……これは私の独り言ですが──、過去に囚われすぎていると目の前の輝きに、気づけなくなってしまうものです。目が濁れば、ここで過ごした時間さえ、色を失うかもしれない。」


 ロビンの肩が、ほんのわずか震える。

 街灯の光が彼女の横顔をかすめ、影が足元へと落ちた。


「それでも、“今”という瞬きの中には、可能性や、星の数より多い小さな幸せが隠れている。どうか、目の前にある時間を大切にしてほしいと…私は思います。時間は有限ですから。」


 誰か特定の相手へ向けたものではない、けれど──そこには、“願い”が込められていた。


 彼は軽く一礼すると、足元の空間が微かに歪む。

 淡い紫色のノイズが、ひび割れのように石畳を走り、光を弾いた。


 パチッ…… 


 微細な放電音が弾ける。

 瞬きの間に、ヴィンセントの輪郭は光にほどけ、そのまま掻き消えた。

 あとに残ったのは、かすかな残光と、音を失った空気だけ。

 二人はしばらく、その場に立ち尽くす他なかった。


 風が抜け、紙袋がかすかに揺れる。

 遅れて現実が戻るように、オーティスが息を吐いた。


「言いたいことだけ言ってパッと消えたな…」

「……ずっと老人と話してる気分だった。記憶を失う前からああなの?」

「さあな。でもあの仕草とかを見るに、こびりついたものには違いない」


 短く区切るように息をつき、彼は数歩先へ出る。

 街灯の光の外へ踏み出しかけてから、静かに振り返った。


「…まあ、俺もあいつの意見には半分くらい同意見だ。過去の事で精一杯で、もう少し周りに目を向けていたらって今でも思う」


 風が黒髪をさらい、影が揺れる。

 その隙間から覗く瞳が細かく揺れた後、やがて伏せられた。

 どこか諦めが滲んだ──そんな笑みを浮かべて。


 口元だけが、かすかに歪む。


「……そうなのかも。ちょっとだけ…すっきりした」


「もう衛星しか見えないしな。そろそろミレリスに帰ろう。着いたら帰りに飯屋にでも寄るか? 今度こそ、俺が奢る番だ」


「当然でしょ。あんたの方が食べるんだから」


 オーティスは苦笑を残したまま、ポケットから端末を取り出した。

 街灯の下、青白い光が顔を照らし、指先が慣れた動きで画面をなぞる。


 だが──その動きが、ぴたりと止まった。


「──点検?」


「え?」


 眉を寄せ、背を伸ばして画面を覗き込む。

 その瞬間、空気を震わせるように、低く抑えた電子音が街全体に広がった。

 次いで、どこからともなく重なる無機質なアナウンス。


《現在、宇宙エレベーターは一時運休中。──犯罪Novactorによる暴動の影響で、管制ブロックの再起動が必要となっております──》


 ざわり、と周囲にいた人の流れが揺れる。


「……なら、天弓列車は? 宇宙エレベーターとは別ルートがあるでしょ」

「あの列車は、年配者と子どもくらいしか使わないから19時半には終わってる」


 端末の右上、無機質に表示された時刻。

 《19:18》

 冷たい数字だけが、やけに現実的に目に入る。


 ──残り時間は12分。

 距離とルートが頭の中で弾き出される。

 最短で動いても、間に合わない。


「大丈夫だ。最悪、ヴィンセントに頼めば──」

「最低」


 即座に返された一言。

 ロビンの視線が、刃のように鋭く光る。

 それ以上言葉を交わすことなく、彼女は背を向けた。

 指先で端末を弾く音だけが、やけに乾いて響く。


「なにしてるんだ?」

「ホテル。今日はもう諦めて泊まるしかない。あんたは実家にでも帰れば?」

「あー…、でも、このあたりのホテルは…」


 言いかけたところで、


 ぶるっ、と手元が震えた。


「……あ……ッ…!!」


 表示された名前を見た瞬間、オーティスの顔から血の気が引く。


《Clara:着信中──》


「……ば、ばあちゃん!?」


 慌てて通話ボタンを押し、端末を耳に当てる。

 背を丸め、首元を掻く仕草が、露骨に落ち着きを失っていた。


「久しぶりだな…げ、元気してたか? いや、えっと……仕事で忙しくて…確かにそうだけど……え!? それは、ちょっとな…」


 その横で、ロビンは画面を睨みつけたまま指を走らせる。

 だが表示されるのは、見慣れない高級ホテルの名前ばかり。


「ッチ…なんで調べても出てこないの」


「……あー……うん……分かった、分かった……」


 ミレリスにあるような、格安ビジネスホテルは地図アプリには載っていない。

 唸りながら画面と格闘していると、視界に別の端末が横切る。

 スピーカーから流れたのは、淑やかで上品な温かい女性の声。


『こんばんは、初めまして。オーティスの祖母のクララと申します。貴女がオーティスのバディの方ね?』


 ロビンは一瞬戸惑ったように目を瞬かせ、それからぽつりと答える。


「…………そう…だけど?」

『宇宙エレベーターが点検になってしまったのは残念ねぇ。今夜は、どうするおつもりなの?』

「ホテルをとるらしいぞ?」


 彼がそう答えるも、ロビンは咄嗟に横目で睨む。

 それは“余計なこと言うな”という牽制の眼差し。

 だが、クララの返事は早い。


『あらあら、それならお家にいらっしゃいな。ご馳走もたくさん用意するわ』


 隣の大男は背を丸めながら申し訳なさそうに両手を上げ、すまんとジェスチャーを送る。

 思わずため息を吐きそうになるが、マイクに拾われぬよう、ぐっと堪えた。


「有難い話だけどアタシは──」

『あら、残念。ネクサリスのホテルはオーダー機関半年分の給料をはたいても泊まれないようなところばかりだから、貴女がそこまで貯蓄家だったなんて尊敬するわ。観光向けのホテルなんて、新人さんのお給料ではなかなか厳しいでしょう?』

「…………半年……分……?」


 冷水をぶちまけられたような言葉が突き刺さった。

 まだ、任命式から4か月しか経っていない。

 口座に入っている数字と訓練校時代の手当てを足しても届くとは思えない。

 頭上にタライでも落ちてきたかのような衝撃に、彼女は呆然と立ち尽くす。


『もし私の家に来てくれたなら、暖かいお布団も、美味しいお食事も──ええ、ふわふわのミルクパンだって用意するんだけど……貴女が断るっていうのなら、仕方ないわ──』

「野宿する」

『あらあら、お嬢さん一人を外で寝かせるわけにいかないわ。ネクサリスは夜になると都市全体の出力を少し絞るのよ。浮遊島は風を遮るものが少ないから、夜更けは本当に冷えるし、北区とそう変わらないわね』

「北…区…?」


 その喉奥から漏れたのは、唸り声だった。

 オーティスはというと、必死に片手を振りながら口パクで「俺じゃない」「言ってない」「誓って知らなかった」と無実を訴えている。


 沈黙のあと──


「……世話に……なる」


 口端を引き攣らせながら渋々答えると、クララは満足げな笑みを浮かべたようだ。


『うふふ…待っているわね』


 ピッ───。


 通話は、気持ちがいいほど無慈悲に切られた。


 ツ────ッ、ツ────ッ。


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