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AionioS  作者: 無日
第六章:白の果てで、手を取る

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第52話:獣の足跡

 朝が来た。


 だが、夜の名残は誰の表情からも抜け落ちていなかった。


 小屋の壁をすり抜けて入る冷気が、木枠の隙間から白い光とともに染み込んでくる。その光は外に降り積もる雪に反射し、まるで空間全体が白に溶け込んでしまったかのようだった。

 だが、眩しさに反して、室内に流れる空気は重い。


 昨夜の件を経て誰も言葉を発さず、暖炉の火さえも灰を残して沈黙している。


 吐いた息が微かに白く残るだけ。


「こちら、オーダー191A16 アミル。北区基地へ、聞こえてる? これから、中継点Aから出発するとこ」


『了解! その辺は特に雪が柔らかいらしくて、雪に埋まってしまったり、雪崩が多く観測されています。振動などを発見次第こちらからも伝達しますが、気をつけてください』


 ジョシュの声が通信機越しに届く。

 アミルは通信を切ると、背後を振り返り、指の合図だけで出発を告げた。


 雪を踏みしめる音が静かに連なっていく。

 昨日とは変わりなく、整列し黙々と氷原を歩いていた。

 変わったことといえばあの賑やかだった会話の代わりに、張り詰めた空気が流れていることだけ。


 言葉はない。


 ただ風の音と、自分の吐息と、雪を踏む音だけが耳を打つ。


 今日も、ダニエルが先頭に立ち、マップと方角を確かめながら注意深く歩いている。

 周囲を警戒するように、正確な足取りで進む。


 ロビンはそのすぐ後ろを歩いていた。


 昨日のぎこちなさはもうない。しっかりと靴で雪を捉えている。

 何かの話でもすれは昨日から続くこの緊張を和らげられるかもしれない。

 けれど、今の空気は、そんな軽ささえも凍てつかせてしまう。


 俺は列の最後尾を歩いていた。

 前を行く3人の背中を見下ろすたびに、胸の奥で小さく何かが軋む。


 昨夜の、あの目。


 何か、もっと別の――言葉にできない、苦しさを堪えたような目。


 アミルさんの背中を見るが、フードから除く表情にはいつもの軽さは無く、彼もまた言葉を探しあぐねているようだった。


 気温はさらに下がり、風も強まる。

 空は鉛色に覆われ、恒星は遠くの薄紙の裏で光っているようだった。



 突然――


 ダニエルの足が止まる。


「…ダニー?」


 アミルが慌てて歩調を速め、彼の肩越しにマップを覗き込む。


「………俺のNovaは氷結…半径10メートルくらいまでなら知覚できる。積雪は氷の粒の塊で、どこかで少しでも動きがあれば、俺の知覚がそれだけにしか及ばなくても、蜘蛛の巣みたいに伝達して捉えることができる」


「え、急になになに? そんなのバディ組んでた時に教えてもらったじゃん」


 ダニエルは眉を寄せ、振り返ると、周囲を警戒するように言葉をつないだ。



「今、ものすごい勢いで、何かが向かってきてる」



 ───全員の動きが止まった。


 アミルの顔色が一瞬で引き締まる。


「すぐに戦闘態勢をとれ!」


 振り返りざま、鋭く指をさす。


「ロビンは周囲の警戒! 異常を見つけたら即報告! オーティス、結晶の準備を!」


 頷くと一歩引いて体制を整える。


 アミルは雪を払い、地面を露出させると手袋を脱いでその手を冷たい地盤に置いた。


「……ッ、ダニー。こっちに向かってるの、何体くらいいる?」


「感覚が狂ってなければ数十体……40…いや60か……?」


 その時。


 そう青ざめた表情をみせたダニエルの頭上を、何かが通り抜けた。


 ズザッ!


 それは雪を滑り、目の前に降り立った。


 四足で雪の上に着地し、その喉の奥から鈍い唸り声をあげる。


「………、狼…?」


「違う」


「あれは…」


 頭部はマズルだけを残し、向こう側を覗かせる空洞が不気味さを助長していた。

 狼のような風貌だがそれは紛れもなく、


 ───ギュネオス。


「四足…?………ッ…ダニー! 北区では獣型のギュネオスも自然発生するのか!?」


「……こんな化け物いるわけ……ッ!! オーティス!! 裂け目の中行ったことあんだろ! こいつはよくいるのか!?」


 今まで見たどれとも違う。


 まるで野生の獣のようにしなやかに、そして速く、四肢を広げている。


「知らない!! 俺が見たことあるのは人型と浮遊型だけだ!」


 4人は背中合わせになり周囲を警戒した。


 次々に、同じ影が現れ始める。


 雪原の起伏の陰から、爪で雪を削り、姿を見せる。

 もはや、逃げ道はどこにもない。


「──北区へ!! 目前にギュネオス出現! その数、目視でおよそ60から70体! 歪流感知はどうなってる!?」


《ザッ────ザザッ─────》





 ───北区オーダー機関 支援部オペレーター室。


「こちら支援部! アミル先輩、オーティス、ダニエル、ロビンただちに応用せよ!! オーダー191A16、アミル先輩!?」


 ジョシュがインカムを支える指に力を込め、モニターの表示を食い入るように見つめている。


「何があった……ッ!?」


 駆け寄ってきたアリシアが、すぐにスピーカーをオンにする。


『…ザッ──ザザッ───そ……約70か……歪流…』


『ギュ…オス……四足…───!!』


「ギュネオス!? 中央区の誘引装置か…?」


 オペレーター室に待機している者達は大きく映し出されたモニターに目を向けた。


 そこには4つの白い点が集まっている。


 ───しかし。


「………歪流感知…0……何もいないぞ…?」


 本来であれば、ギュネオスのような裂け目由来の存在が近づけば“歪流(わいりゅう)”が感知され、ホログラムマップには赤い点が表示される。

 その数と数値が表示され、危険信号が自動で近隣のオーダーに通知される。


 しかし、そこにはなにも映っていなかった。


「……少なくとも、誘引装置なら音を出したタイミングで通信が来るはずです! 精神干渉系Novactor(ノヴァクター)の集団幻覚の線も……!」


 アリシアはその画面を見上げながら首を振る。


「四足のギュネオスなんて聞いたこともない。精神干渉だとしても、人間の想像力には限界があるだろう…」


「じゃあ何なんですかこれ……! 歪流も出てないのに、70体以上って……!」


 別のオペレーターが声を荒げる。


「……っ、こんなの相手にさせるなんて酷です! 撤退命令を出してください! 引かせるべきです!」


「は!? ふざけないで! じゃあゾーイ達の隊はどうなるの!?」


 即座に別の声が被さる。


「だからって全滅させる気!? 未知の存在よ!? データもないのにぶつけるなんて自殺行為じゃない!」


「でもここで引いたら、もう見つからないかもしれないんだよ!? あの子たち、ずっと応答ないんだよ!?」


「分かってるよ!! でも……ッ……!」


 言葉が詰まる。


 誰もが同じものを想像していた。


 雪の下に埋もれたまま、誰にも見つけられない仲間の姿を。


『──ザザッ……ギュ……ス……囲まれ……ッ──』


 アリシアは目を閉じ、ほんの一瞬だけ息を止める。


 そして、開いた。


「通信を送り続けろ。マップから4人の位置を一瞬たりとも見失うな」


 その声が、空気を叩き割る。


「……撤退の判断はまだ下さない。現場が動いている以上、こちらが止めるな」


「で、でも……!」


「──感情で判断するな」


 低く、鋭い一言。


 それだけで、室内のざわめきが凍りつく。


「……次に備えるしかない。歪流が出ていない“ギュネオス”が現れたなら──それはもう、別の何かだ」






 雪を割って着地した黒い影は、唸るような声を漏らした。

 マズルの奥が空洞になったその頭部が、ゆっくりと獲物を捉えるようにこちらへ向く。


「ワォオオオオン!!!!」


 その瞬間、周囲に異様な気配が一斉に広がった。


 吹きつけていた風が四方からねじれた。


 雪原の丘から、斜面から、茂みの陰から――

 同じような“獣”たちが、群れとなって姿を現す。


 四肢を使って疾走し、牙を剥き、姿勢を低くして囲んでくる無数に思える獣の群れ。

 雪を蹴りながら円を描き、間合いを詰めてくる様は狩ることに長けた狼の集団そのものだった。


「オッケー。んじゃ、サクッと片付けちゃおうか」


 明るい声は場違いだが、彼の声に無意識に背筋が伸びた。


「みんなは前衛をよろしく〜! ……俺はこっち」


 地面に重ねた手のひら。


 彼の周囲にエネルギーを流し込むと青緑色の光が脈のように滲み渡り、地面が音を立てて震える。


 ドゴォ!!!


 直後、彼の足元から隆起した土の壁が四方に展開した。


 ───Nova"豊饒(ほうじょう)"。


 牙を剥いて飛びかかってきた数体が、その壁に激突して悲鳴をあげながら倒れる。


「いいね。手応えアリ」


 その隣を横切りロビンが手を伸ばす。


 彼女の周囲の空気が微かに揺らぎ、数体のギュネオスの動きがピタリととまった。


「こいつらどっから来たわけ?」


 吐き出すよう言いながら、ロビンの体がふわりと浮き上がる。


 彼女が腕を掲げ、手首をひねると、圧縮された空間に引き寄せられたギュネオスが衝突し、身体を粉々に砕かれる。


「……チッ…なんなんだ…!」


 ダニエルの手元に雪が集まり、両手を空に向けると、その雪は鋭い氷の礫となって宙に解き放たれる。


 放射状に散った氷が、突進してくるギュネオスの脚を断った。

 黒き結晶の体がバラバラに崩れる。


「オーティス!!!」


「分かってる!!」


 金色の拳が走る。


 全身の筋肉に圧がかかり、靴底が地面をめり込ませた。

 音を立てて風が割れ、衝撃波とともにギュネオスの顎が空中で砕け散る。


「俺が足を止めさせる! お前は、その間にトドメをさせ!!」


「ああ! 頼んだ!」


 片手で肩を回すようにしながら、次の突撃へ足を踏み出す。


 戦況は一進一退だった。


 ただの群れではない。ギュネオスたちは連携していた。

 1体が囮になり回避を誘い、別の個体がその死角を狙ってくる。


 鋭い牙、しなる尻尾、無駄のない動き。


 だがそれでも、4人のスキルは確かだった。


 地を操る壁と突起、氷の礫、重力での制圧、そして桁外れの接近戦。

 雪煙が巻き上がり、次々とギュネオスが倒れていく。


 ───だが。


「……おかしい」


 ロビンが呟く。


「オーティス! 後ろ!!」


 アミルの声に、飛び退いた。


 ギュネオスの残骸だと思われた体が、砕けた頭部を再生させ、再び立ち上がったのだ。


「見てくる」


 ロビンが地上から再び浮き、宙から全体を見渡す。


 雪の白、砕けた黒が次々に四肢を胴体に繋げ、頭部が再生する。

 唸り声を上げて動く群れのその中で――


 1体だけ、動かない個体がいた。


 それは、意識を失ったように動かず、雪に沈んでいる。


 だが、よく見るとダニエルの放った氷柱が、首に深く突き刺さっていた。


「なにか分かった!?」


 地上を見ると、ギュネオスに囲まれながらもアミルが壁を作り防御の体制に入っているのが見える。


 手を伸ばし、氷柱ごとその獣を腕の中に引き寄せた。

 仲間を守るように獣たちが庇うが、無理やりにでも宙に浮かせて地上に下ろす。


「人型のギュネオスなら胸部にコアがあるけど……こいつら、違う」


 ロビンは抱えた獣の首を押さえ、その後頭部へ視線を落とした。


 黒い結晶に覆われた毛並みの隙間、頸椎の付け根にあたる部位だけが、不自然に抉れている。

 そこには赤黒い液体が凍りついたような管が、背骨に沿って脈打つように走っていた。


「首の後ろから背中に何かが流れてる。これ、コアじゃない」


「…………どういうことだ?」


 頭部は奥が抜けて見えるほどの穴があり、体を覆うのはギュネオスと同じ黒い結晶に覆われている。


 四肢を地面につけた獣型とはいえ、狼にも犬にも程遠い。


 しかし、この光景が物語っていた。


「脊髄を通して全身を動かしてる…こいつらの弱点は胸部にないんだ。首の後ろ……頸椎の付け根…ってことだと思う」


「コアじゃない…か。塵になってないってことは、目の前にいるこいつらは──」


「………元は、動物ってことかもね」


 倒れても倒れても再生する。

 心臓を貫かれ、塵にならずに地面に倒れた個体。


「……ッみんな、首の後ろを狙うんだ! 背骨に流れてるあの液体を断てば止まる!」


 アミルの指示で、戦況が動きだした。


「ロビン! お前の引力で一纏めにできるか!?」


「今やろうとしたところ」


 ロビンが上空から飛来し、両手を開く。

 空間に圧がかかり、複数の個体が一点に引き寄せられた。


「…………ごめん」


 その隙にオーティスの拳が、狙いを絞り込む。

 一発ごとに確実に砕け、地面に落ちる間もなく粉砕される黒い結晶。


 ――形勢逆転の兆しが見えた、その時だった。


 群れの一角が、不意に動きを止めた。


 唸り声が低く揃い、複数の頭部が一斉に“ある一点”を向く。

 黒いマズルの奥、空洞の向こうから覗く視線が――


 オーティスに、収束した。


「……ッ、まずい」


 ロビンの声と同時。


 ひときわ長い遠吠えが雪原に響き渡る。

 群れが、わずかに後退した。


 ――次の瞬間。


 弾けた。


 雪を爆ぜさせ、一斉にオーティスへと殺到する。


 正面、側面、死角――

 逃げ場を潰すように、角度を変えて飛びかかる。


「俺か……ッ!」


 ロビンは空中へ飛び、ダニエルとアミルは定位置で固まり、死角はない。

 それに対して、近接攻撃を得意とするオーティスの死角は多く、囲まれやすい。


 知性がある。


 踏み込もうとしたその足が、わずかに遅れる。


 その刹那、


 ――目の前に、影が落ちた。


「下がって」


 ロビンの声。


 彼女は俺の前に滑り込むように立ち、両手を前に突き出した。


 空気が歪み、見えない圧が前方に展開し、突進してきた狼たちの身体が一斉に弾かれた。


 だが、止まらない。


 押し返された個体が、牙を剥いてその“壁”に食らいつく。

 圧縮された空間に、鋭い鉤爪が食い込み、軋む音が響く。

 バリアのように見えるその面に、次々と黒い影が叩きつけられていく。


「……ッ、多すぎ……!」


 歯を食いしばり、ロビンの指先がわずかに震えた。


 その背後で。


 俺はすでに、取り出した結晶を迷いなく掌に握っていた。


 光が、吸い込まれる。


 全身の筋肉がわずかに膨張し、圧が満ちる。


 ロビンの背中が、視界の端で歪んだ。

 一瞬だけ、彼女の表情が曇った気がした。


 奥歯が噛み締められる。

 押し返すことに集中していたはずの意識が、ほんの僅かに乱れた。


 その隙を、群れは見逃さない。


 圧の縁に噛みついていた一体が、無理やり身体をねじ込み――


「っ……!」


 空気が軋む。

 押し破られる、その直前。


 背後から風が裂けた。


「――任せろ!!」


 金色の拳が、一直線に振り抜かれる。

 突破しかけた個体の首筋へ拳を叩き込み、頸椎ごと背骨のラインを粉砕する。


 衝撃波が波紋のように広がり、周囲の個体ごと吹き飛ばした。


 ロビンの圧が解かれ、雪煙が舞い上がる。


「助かった、ロビン!!!」


 振り返りざま、息を吐きながら言う。


「時間、作ってくれてありがとな!」


 こんな状況で、笑って。

 すでに次の敵を見ている。


 ロビンは一瞬だけ、言葉を失った。


「……違う」


 小さく、吐き出す。

 だが、その声は戦場の音にかき消される。


 すでに次の群れが、動き出していた。


「ダニー!! 次、"アレ"いくよ!!」


「…ッ分かってますよ!!」


 雪の下にある確かな大地に意識を集中させる。

 その隣で、ダニエルは静かに頷き、右手を虚空にかざした。


 周囲の空気が、一瞬にして凍てつく。


 狼の群れが雪の丘を越え、飛びかかる。


 その数、数十。


 彼らは獲物を認めると、一斉に速度を上げ、雪を蹴散らしながら襲い掛かってきた。


「――今!」


 鋭い声。


 瞬間、両手を地面に叩きつけた。


 地鳴りのような轟音と共に、狼たちの足元の雪が爆発した。


 雪煙の向こうから、巨大な土の塊が、まるで意思を持ったかのように、不規則に、そして猛烈な勢いで突き上がった。


 不意を突かれた狼たちは、せり上がる土塊に弾き飛ばされ、空中に放り出される。


 だが、それは攻撃の序章に過ぎない。


「凍てつけ……!」


 突き上がった無数の土塊の表面を、青白い光が這った。 

 瞬時にして硬質な氷の層となり、土塊は鋭利な氷の棘へと姿を変える。


 雪原に出現した、死の剣山だった。


 土の隆起によって空中に放り出された狼たちは、重力に従って落下する。

 その先に待つのは、鋭く研ぎ澄まされた氷の刃。


「ギャウン!」


 という短い悲鳴と共に、数頭の狼が氷の棘に串刺しとなる。


 地面を走り続けていた狼たちも、突然目の前に現れた氷の障壁と、足元から突き上げる氷の槍に、行き場を失った。

 回避行動をとる間もなく、次々と氷の棘に激突し、あるいは絡め取られていく。


 雪煙の中、赤の灯火が散る。


 辺りを包んでいた轟音が、雪と共にようやく静まった。


「……本物の獣を相手してる気分だったな」


 ダニエルが、氷の礫を手の中で砕きながら呟く。

 その顔には、動揺というよりも、未知への嫌悪と不安が滲んでいた。


 白い息を吐きながら、オーティスは手の甲で汗ばんだ額を拭った。

 目の前には塵にならず、雪上に倒れたままの“亡骸”がある。


「……やっぱり、消えない」


 風に流れる黒髪の隙間からのぞく眼差しは、ただじっとそれを見つめていた。


「脊髄に、何か埋め込まれてる」


 ロビンの指先が、首の後ろから背骨に沿って露出した赤黒いラインを優しくなぞる。


 それは結晶ではなかった。


 なにか、粘度の高い液がゆっくりと脈打っている。

 生きたまま異物を流し込まれ続けていた痕跡のように。


「……人工的に、ギュネオス化させられてる」


 ロビンのその呟きに全員が振り向いた。


 その時、ノイズまじりだった通信機に微かに電波が戻る。

 ピピッと音がして、機器が自動的に接続を始めた。


『──応答願います。こちら北区基地支援部、再接続を確認──』


 アミルが顔を上げると、ホログラムが立ち上がり、アリシアの顔が映し出された。


「こちらアミル。……今、戦闘が…終了したって感じ。状況は──」


 簡潔に、戦った敵の姿・性質・数・消えずに残った個体について説明する。


 やや間を置いてから、アリシアは口を開いた。


『D.R.Aにも連絡した。だが、四肢を地面に着け、活動するギュネオスは記録がないとのことだ。動物由来の異形個体も、過去には発見されていないと……』


「……マジか」


『歪流感知には、異常反応なし。つまり、彼らは“裂け目”を通ったものではない可能性が高い』


 ロビンが目を伏せる。


 雪原の風が再び吹き抜け、狼の死骸の上に白い粉雪が積もり始めていた。


『その場に残っている体や破片の1部でもいい。できるだけ多く回収してくれ。D.R.A.に送る必要がある』


「了解」


 アミルは短く答えると、目で合図を送った。

 頷き、地面に散らばった結晶片や断片を一つずつ丁寧に拾い上げる。


「これで群れの正体がわかるかもってこと? 動物をギュネオスにするとか、よく思いつくな〜」


「こいつらが、第7小隊を襲った可能性もある。……もう遅いかもしれませんよ」


 その言葉に、数秒の沈黙が落ちた。


「俺たちだったから対応できた。慣れた場所だと気が緩んでいる上に、戦闘になれてない人達がこんなの相手にできるわけがない。───全滅してる可能性もある」


 だが、アミルははっきりと首を振った。


「ダニー。彼らの家族は帰りを待って、今でも願いを空に届けてる。生きてても、仮にもう遅かったとしても──」


 彼は背にリュックを背負い、拾った破片を慎重に仕舞いながら言った。


「“連れて帰る”のが、俺たちの任務じゃん?」


 その声音は、驚くほど真っ直ぐだった。


 あの飄々としたアミルの姿はそこになく、彼は守るために言葉を刻んでいた。


 通信越しのアリシアが、いつもの冷淡な口調ではなく、どこか柔らかに呟いた。


『……ありがとう、アミル隊長』


 ほんのわずか、ホログラムの中の彼女の表情が緩む。


 空にはまだ、曇り空の中に沈むような淡い光が差している。氷の世界は、再び静けさを取り戻していた。


 ホログラムを切ると、進行方向の氷原を見据える。


「駐屯地まで、あと一日分の距離か……」


 そう言って、しっかりと雪を踏みしめた。


「よしっ!いこうか!」


 ──静かな第二幕が、始まろうとしていた。

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