40.それじゃ、行くわよ。
「それじゃ、行くわよ。」
マダムは、白く輝く小さな杖のようなものを取り出した。
そういえば、マダムのサブ職業は、魔法使いだったか。
もしかして、本当に、これで魔法を使うのだろうか?
がぜん、興味がわいてくる。
眠気を忘れ、食い入るように見つめていると、ふと、なんとも言えない違和感を感じた。
「……ん?
んん?」
なぜだろう。
何かが変だった。
杖の持ち手の下が、奇妙に曲がり、二股に分かれている。
先端は、平べったく潰れ、鋭くぴかぴかと光っていた。
そうだ。
私はこれを見たことがある。
これは——。
「……バールのようなもの?」
いや、違う。
バールそのものだ。
建設現場や、ホラーゲームでよく武器がわりに使われる、あれだ。
白くファンシーに輝いていて、やや小さくはあるけれど。
これは、まぎれもなく、れっきとした、バールだった。
「バール?」
アルマジロが、なんだそりゃ、という顔をして首をひねる。
クワガタムシもカタツムリも、また人間が妙なことを言い出した、とでも言いたそうな顔をしていた。
しかし、今回ばかりは、わたしは何もおかしなことは言っていない。
他は、まあ、わたしも悪いと言わざるをえない、かもしれないが。
「まあ。さすが勇者ね!
その名前を知っているなんて。」
マダムだけが、きらきらと目を輝かせながら、ほめたたえてくれた。
「そう、これは、経典では、バールと呼ばれているのよ。
神から授かった、神器のひとつなの。」
……えーと。
「そ、そうなんですね。」
とりあえず今は、それ以上のリアクションは無理だ。
睡眠不足のせいだろうか、頭がうまくはたらかない。
いや、十時間寝た後だったとしても、うまく反応できる自信はないのだが。
「さあ。
話はあとだよ。
まずは、移動しよう。」
幸い、小リスが話を前に進めてくれた。
「あら、そうだったわね。
ごめんなさいね。」
マダムが、白く輝くバールを、高らかに持ち上げる。
そして、ひと思いに振りおろし——たりはせず、くるりと軽やかに、大きく円を描いた。
尾を引く白い光が、ひときわ眩しく輝いたかと思うと、中空にぽかりと穴が出現した。
「こ、これは……!」
本当に、魔法のようだった。
魔法のステッキがバールだったことにさえ目をつぶれば、まさしくおとぎ話の中の魔法だ。
「ここをくぐれば、神域の森に行けるの。
少しだけ歩くけれどね。
さ、私についてきて。」
マダムは、ひらりと羽をはためかせ、光の中へと飛びこんだ。
クワガタムシも、あとに続く。
「さ。
あんたも行きな。」
ぷにょ、とカタツムリがわたしの背中を押した。
小リスが、わたしの体をかけのぼり、首に巻きつく。
「いこう、ユーシャ。」
「——うん。」
正直、少しだけ怖かったが、勇気を出して光の中へと足を踏み入れた。
「う、うわ?」
しかし、光に目が慣れてきてから、わたしは腰を抜かした。
なんと、足もとは、せいぜい幅五十センチほどの、石でできた細い道だったのだ。
両わきには、何もない。
大事なことなので繰り返すが、何もない。
ぽっかりと白い空間が、細い道の両わきに広がっている。
これは、落ちたら一体どうなるのだろう。
ふ、と立ちくらみがして、わたしはあわててその場にしゃがみこんだ。
少しのふらつきでも、終わる。
本当に、文字どおり、終わる。
「こっ、こっこっこっ、」
「なんだなんだ?
ニワトリか?」
あとに続いてきたアルマジロが、わたしの震え声を笑い飛ばした。
「おわっ、何だよ。
お前、こんなとこで立ち止まるなよ。
危ねえだろ?
って、のわああああっ?」
わたしのおしりにぶつかったアルマジロが、情けない悲鳴をあげながら、しがみついてきた。
全く、この非常事態でなければ、ヒップアタックでもお見舞いしているところだ。
一歩間違えば、もろともに墜落してしまいそうなので、やらないけど。
「こっ、こっこっこっ、こりゃなんだよ!」
「そう、それ!
それを言いたかったの!」
わたしと同じくニワトリになったアルマジロに向かって叫ぶ。
「全く、あなた方は何をやっているんです?
さっさと進んでください。
後ろがつかえているではありませんか。」
いらだちをあらわに、クワガタムシがわたしたちを急かす。
確かに、わたしたちの背後の光の扉からは、中途半端にカタツムリの触手がはみ出したままになっている。
だが。
「そんなこと言われても!
だいたい、ずるいじゃないですか!」
わたしは、クワガタムシに向かって叫んだ。
だって、ほんとうに、ずるいのだ。
クワガタムシも、それからマダムも、道の上にはいない。
彼らは、羽を使って飛んでいるのだった。
わたしだって、羽があって飛べたとしたら、ここまでうるさく騒ぎ立てたりはしない。
「全く。
これだから、ひ弱な人間は。」
クワガタムシが、なぜかわたしだけを鼻で笑った。
なぜアルマジロには何も言わないのか、納得できない。
「ひどい!
この、人でなし!」
「まあ、人じゃありませんからね。」
くっ。
確かに。
クワガタムシの指摘に、わたしはぎりぎりと歯を食いしばった。
「なんでだよ、旦那ぁ!
さっきの道は、普通の森の道だったじゃねえかぁ!」
おしりの方から、アルマジロの弱々しい声が聞こえてきた。
「今回は、ちょっと奥の方までいくものだから。
それから、念のために見つかりにくいルートを選んでるの。」
ひらひらと舞うマダムが、優しく教えてくれる。
そうなのか。
それなら仕方がない、のか?
「ごめんなさいね、ちょっとだけ急いでくれる?
早くしないと、入り口が閉じちゃうわよ。」
マダムの言葉に、わたしは再び震え上がった。
つまり、このままだとカタツムリがちょん切れてしまう、ということか。
まるで丸太に抱きつくように、わたしは石の道にしがみつきながら、にょきにょきと前に進んだ。
おしりのアルマジロが重い。
「ちょっと、前行くよ。
マスターを入れてあげなくちゃ。」
「おっ? おお!」
急に正気を取り戻したアルマジロとともに、にょきにょき前進すると、ようやく巨大なカタツムリが入ってきた。
「ありがとう。」
マダムが優雅にバールを一振りすると、入り口が消えてなくなった。
不思議なことに、後ろにも道が続いている。
これをたどると、どこに行くのだろう。
「ああ?
なんだよ。
これで前が詰まってたのか。」
カタツムリが、にゅるんと目を回して、ため息をついた。
「二人とも、掴まりな。
俺は、ちょっとやそっとじゃ落ちねえからさ。」
なるほど、カタツムリの腹足は、しっかりと細い石の道をホールドしていて、ものすごく安定感がある。
まさか、ここにもチートの持ち主がいたとは。
一も二もなくカタツムリの触手にしがみついたアルマジロに続いて、わたしも掴まらせてもらった。
ぷにょぷにょとやわらかく、ひんやりした触手を握ると、不思議なほどほっとした。
「ほら、大丈夫だから。
立って歩きな。」
カタツムリに言われるがまま、そろそろと立ち上がる。
確かに、落下の恐怖さえ和らげば、こちらの方が楽だ。
わたしたちは、白い空間を、連れ立ってひたすら進んだ。
次回の更新は、23日の予定です。
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