41.うわああああああ!
「うわああああああ!」
アルマジロが、涙をちょちょぎらせながら、感動の雄叫びを上げた。
「うるさいですよ。
もうすぐ神域に入るのです。
慎みなさい。」
クワガタムシが、ぎらりと巨大なクワを光らせる。
つられて声をあげそうになっていたわたしは、すんでのところで口を閉じた。
「……まあ。
でも、仕方ないよね。」
小声で、アルマジロをフォローしてやる。
だって、大地が、広いのだ。
生まれてこのかた、これほど大地のありがたみを感じたことはなかった。
そう。
わたしたちは、ようやく危険な白い空間を抜け、目的地の森へとやってきたのだった。
眉を八の字にしたアルマジロの肩を、ぽんとたたいてやる。
今は、こんなことだってできてしまうのだ。
なぜなら、大地が広いから。
謎の白い空間に墜落する心配など、もうしなくていいのだ。
晴れ晴れしい気持ちで大空を振りあおぐ。
生き生きと繁った木の葉の間から、こぼれ落ちてくる木漏れ日が眩しい。
胸いっぱいに、さわやかな森の空気を吸いこんだ。
「フィトンチッドを感じる……。」
ほんとうに、癒される。
さっきまでの恐怖で縮んだ寿命が、少し伸びたような気さえする。
いや、気のせいではない。
勇者になったせいで、わたしの寿命は確実に縮んでいたのだった。
それならもう少し余計に寿命を伸ばしておこう。
すう、はあ、と深呼吸を繰り返す。
「初めは正直なところ、まさかと思ったんだけれど。
あなたって、本当のほんとうに、勇者なのねえ。」
横を見ると、マダムが驚き半分、あきれ半分といった顔つきでこちらを見ていた。
「経典の聖句を、よく知っているのね。
もしかして、読んだことがあるの?」
いや。
「経典の存在自体、知りませんでしたよ。
わたしが元いた世界にある言葉なんです。
たしか、木々の発する浄化の力、的な意味の。」
「まあ、そうなのね。
経典でも、よく似た意味で使われているわ。
もしかして、世界を越えて伝わっている言葉なのかしら?」
興味深そうにマダムが言う。
「そうなのかもしれませんね。」
当たり障りのない返事をしながら、わたしは少しだけもやっとした。
さっきの神器、もとい、バールのことといい。
こちらの神様には、どうも違和感がある。
——もしかして、ここの神様は、実は異世界からやってきた地球人だった、とか?
荒唐無稽な妄想が頭に浮かぶ。
——いや、ない。
ないはずだ、多分。
少なくとも、まともな地球人だったら、魔法のステッキをバールにするような暴挙ははたらかないだろう。
きっと、こっちの世界の住人が、地球の文化を受け入れるときに、異文化ゆえに間違ったやり方で受け入れてしまったのだろう。
わからないけど、たぶん。
「おい、何考えてるんだ?」
気がつくと、アルマジロが下からわたしの顔を覗きこんでいた。
「お前、また変な顔してたぜ。
こーんな。
へんちくりんな顔。」
アルマジロは、目を中途半端に、不揃いに開き、だらしなく口元をゆるめて、長い舌を横からたらして見せた。
一目見ただけで、精神が不安定になりそうな顔だ。
わたしは迷わず、アルマジロのおへそに指を突っこんだ。
「ぎゃあああああ!」
アルマジロが悲鳴をあげる。
構わず、わたしはより深く指をねじこんだ。
「ふざけないでよ!
そんな変な顔、やろうと思っても無理だわ!」
強く抗議した瞬間、がちん!と、クワガタムシのクワが鋭い音を立てた。
「ちょっと、あなたたち?
もうすぐ神域だって、言ったばかりですよね?」
——そうだった。
「……すみません。」
「……もうしねえよぉ。」
アルマジロと一緒に、ごめんなさいをする。
クワガタムシは、うっかり腐ったものを口にしてしまったかのような、なんとも言えない不快そうな顔をして、深くため息をついた。
「全く。
神に救いを求めたい気分ですが。
こんなことで求めたら、神の怒りを買ってしまいそうですね。」
森の道をたどるうちに、いつしか木々の背は低くなっていき、草花の生い繁る、ひらけた場所にたどり着いた。
まるで、高い山にでも登ってきたようだ。
ひんやりと澄んだ空気の中、素朴な花々に囲まれ、鎮座していたのは、白く、巨大な石だった。
これが、いわゆる御神体なのだろうか。
だがそれは、決してきれいとは言えない石だった。
形もいびつだし、質感もざらざらと荒い。
おまけに、まるで何かにぶつかりでもしたかのように、ひび割れ、崩れかけている。
「これは……、」
振り返ると、マダムが頷いた。
「前の神殿から、持ってきた瓦礫のひとつよ。」
「がれき?」
「そうよ。
壊れてしまったの。
——壊してしまったのよ。」
うつむくマダムを、クワガタムシがさりげなく背後から支えた。
たぶん、何か事情があるのだろう。
それよりも、さっきから気になっていたのだが。
「これ、何かに似てませんか?」
「ん?
何がだ?」
アルマジロが首をひねる。
「いや、どこかでこれと同じものを見たような……。」
わたしも首をひねった。
ゆっくりと、石に近づいてみる。
白く、ざらざらと粉っぽい石だ。
いや、自然の中に存在する石というより、どこか人工物じみている。
「あっ。」
わたしは、思わず声をもらした。
そうだ。
これは、壁に似ているのだ。
つい最近死んだときと、こちらの世界に移動してきてから、ちょくちょくぶち当たっている壁に。
「ん?」
急に、視界が歪んだ。
「あっ?」
「おい、人間!」
「ちょっと、ちょっと!」
皆の声が、遠くなる。
気がつくとわたしは、白い空間の中を垂直に落下していた。
っていうか。
結局、落ちるんかい!
渾身のつっこみを入れてみたが、笑ってくれそうな存在は、軒並み姿を消していた。
白い空間の中、たった一人だ。
——これ、どうすればいいんだろう。
答えのない疑問を抱いたまま、わたしはひたすら落下していった。
次回の更新は、30日の予定です。
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