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38.洗うほど 身をすり減らす サボンかな。




「洗うほど 身をすり減らす サボンかな。」


 よみ人知らず。

 いや、私なのだが。


 カタツムリによって爆弾を投下された、その後。

 どう反応してよいか分からず、現実逃避のように川柳などを詠んでみた。

 とくに面白みもないし、微妙にパクリくさいが、今まで川柳など詠んだことはなかったので、勘弁してほしい。

 じゃあなぜ今そんなものを詠んだのか、などと言われそうだが。

 ごめん。

 わたしにも、よくわからない。


 まわりの皆も、突然の川柳に面食らったようだった。

 カタツムリとアルマジロは顔を見合わせ、あのクワガタムシまで、困ったように腕組みをしたまま、むっつりと黙りこんでいた。

 もしかしたら、適切な罵倒の言葉を選ぶのに手間取っていただけかもしれないが。

 その場をまとめてくれたのは、さすがの貫禄というべきか、マダムだった。


「まあ、そういうことね。

 短くまとめるとね。

 ——さ。

 続きは朝になってからよ。

 みんな、部屋に戻ってちょうだい。」


 無理やり感は否めなかったが、マダムの言葉に文句をつける者はいなかった。

 

 皆がぞろぞろとそれぞれのベッドに戻った頃には、時計の針は三時をまわっていた。

 夜明けまで、もうそれほど時間はない。

 わたし以外誰もいなくなった部屋、ただよう微妙な空気の名残の中で目を閉じてみたが、うまく眠りの中に戻ることはできなかった。

 もぞもぞと寝返りを繰り返していると、小さな声が聞こえた。


「ユーシャ。

 起きてる?」


 そうだ、小さすぎて忘れていた。

 小リスがまだ残っていたのだった。


「……寝てる。」


「起きてるじゃない。」


 呆れたように突っこんでから、小リスはさらに小さな声で訊ねた。


「……怒ってるの?」


 うーん。

 わたしは、怒っているのだろうか。


「たぶん、違う?

 たぶん、そう?」


 自分で言っておいてなんだが、答えになっていない。


「そうなんだね。」


 しかし小リスは、わたしの答えではない答えの中から、なんらかの答えを見出したようだった。


「悪かったと思うよ。

 いろいろ、だまっててさ。」


 そうか。

 小リスは良心の呵責を感じているのか。

 だから、わたしが怒っていると思ったのだろう。

 蛾が来なければ、もう少し長いこと、わたしには色々、黙っているつもりだったようだし。


「事情があったんでしょ。

 さっき、そう言ってたじゃない?」


 あれ、それはマダムだっけ。

 それとも、カタツムリだったっけ。

 どれも本当で、どれも間違いのような気がする。

 そもそも。

 今、わたしは本当に起きているのだろうか。

 起きているはずなのだが、ある意味、寝ているときよりよほど寝ているような気がする。


「そうだったとしても、それは、こっちの話だよ。

 ユーシャには関係のないことでしょ。」


「まあ、それは。

 そうとも言えなくもない、かもしれない、かな。」


 自分でも、何を言っているのか分からない。

 というか、何かを言っているようで、何も言っていない。

 もぞもぞと、寝返りをうつ。

 だんだん、今自分がどちらを向いているのかすら分からなくなってきた。


「ユーシャがここに来てくれたことを、みんな喜んでるんだよ。

 それは、ほんとうに、ほんとうのこと。

 勇者は、必ず世界に必要な存在なんだ。

 たとえ、マルセイのえらんだものでもね。」


 薄く目を開けると、枕元の時計のわきに座っていた小リスと目が合った。

 というか、今気づいたが。

 監視カメラは回収してくれなかったのか。

 まあ、見られて困るのは、わたしの間抜けな寝顔くらいなので、別にいいが。


「もっとも、ユーシャは、ここに来たくて来たわけじゃないんだろうけどね。

 あいつらがどんな条件で異世界人を連れてきてるのか、僕たちは知らないけど。」


 条件かあ。

 まあ、きっと、闇雲に連れてくるわけではないのだろう。

 よぼよぼのおじいちゃんや、はいはいしかできないような赤ちゃんが召喚されてしまったら、お互い困るだろうし。


「異世界人の召喚って、そんなに簡単なの?

 わたしの感覚だと、おとぎ話の世界の話なんだけど?」


 小リスは、ふるふるとかぶりを振った。


「僕たちにとっても、似たようなものだよ。

 あの磯臭い連中にだって、簡単なことではないはずさ。

 おおかた、神力を浪費するか、ろくでもないものを代償に捧げるかしてるんじゃないかな。」


 苦々しげに口を歪める小リスの姿が、二重にダブって見える。

 こらえきれず、わたしは大きなあくびをした。


「今日は、このぐらいにしておくね。

 これ以上は、もう、無理。

 いっぱいいっぱい。

 小リスも、もう、寝ようよ。」


 そうだ。

 寝るのだ。

 この世で一番大事なのは、お腹いっぱいよりちょっと控えめにごはんを食べて、たっぷり寝ることなのだ。

 あれ?

 一番って言いながら、二つあるな。

 まあいいや。

 二つとも、一番大事なのだ。


「ほら。

 ここで寝ていいからさ。」


 布団の端を持ち上げる。

 眠い。


「早くしてよ。

 もう、寝ちゃいそう、だから……。」


 本当に、もう、だめだ。

 もう、寝る。


「ユーシャ。」


 小さな声で、小リスがなにかをもごもご言ったが、うまく聞き取れなかった。

 頬に、ふわふわとやわらかな毛があたる。

 気持ちいいなあ。


 そんなことを思いながら、わたしは束の間の眠りの中へと沈んでいったのだった。





次回の更新は、9日の予定です。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!

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