37.蛾の話は、なんとなく、だいたい、分かりました。
「蛾の話は、なんとなく、だいたい、分かりました。」
「なんですか、その頼りない言葉は。」
クワガタムシが、呆れたようにため息をついた。
だが、本当のことなので仕方がない。
「まあまあ、旦那。
異世界人にとっちゃ、初めて聞くことばっかりだろうからな。
腑に落ちるまで、時間がかかるのも仕方ねぇよ。」
カタツムリが、自分のためのコーヒーを注ぎながら、取りなしてくれた。
「それより、勇者の話だ。
それが終わったら、朝までちょこっと仮眠して、移動しようぜ。
いくら蛾がお間抜けだったとしても、ここまで気づかれずにやってきたのも確かだからな。」
カタツムリの言葉に、マダムも頷いた。
「そうね。
手短にいきましょう。
勇者っていうのはね、本来、世界を守るためにある職業なの。
神々は、己の死の直前に、次の神のための勇者を選んできたのよ。」
「あれ?
でも、わたしを選んだのはマルセイだって言ってたような?」
「そのとおりだ。
死を前にした神が選べるのは、一人だけなんだよ。
その勇者が死んじまった場合、そいつが後継として認めたものが、勇者を受け継ぐ。
後継を定める儀式があってな。
マルセイは、勇者を抱き込んで、自分たちが選んだ奴を後継に定める儀式を執り行わせるんだ。」
カタツムリが説明してくれた。
「なるほど。
でも、勇者は拒否しないんですか?」
「マルセイの連中が関わるようになってから、勇者にされるのは、異世界から召喚された連中ばかりなんだ。
アンタだって、そうだろう?
召喚されたばかりで右も左も分からない中、自分を保護してくれたのがマルセイだったとしたら、アンタ、逆らえるか?」
「……できないですね。」
そもそも、マルセイの行為に疑問を持つことすらできなさそうだ。
一歩間違えば、わたしもそうなっていたかもしれない、というわけか。
こ、怖い。
怖すぎる。
「だからね。
私はずっと、勇者がマルセイに確保される前に見つけて、保護したいって思っていたの。
一方的に、あいつらの都合のいい話を聞かされて、利用される前にね。」
マダムは、真剣な顔で、わたしの手を取った。
「できればあなたには、あいつらのところには行かないでほしいわ。
行ったら、あなたは海から来た連中のところばかり、浄化に回らされて、私たちの仲間の住む場所には、滅多に来られなくなるだろうから。」
小リスも、カタツムリも、アルマジロにクワガタムシまでもが、顔を曇らせた。
マダムが、そっと、わたしの手を掛け布団の上に戻す。
「でも、無理強いするつもりはないわ。
そんなことをしたら、私たちだって、あの磯臭い連中と同じになってしまうものね。」
皮肉げに笑うマダムの言葉に、まわりの皆がうなずいた。
「アンタがウチの店に来てくれたのは、本当に、すごい幸運だったんだよ。
こっちの世界の事情に巻きこんじまって、本当に、ごめんな。」
「いや、マスターのせいじゃありませんから。
謝らないでください。」
話を聞く限り、カタツムリは全然悪くない。
むしろ、ろくに素性の知れないわたしのために、何くれとなく世話を焼いてくれたではないか。
「いや。
俺は、アンタがライチョウを洗うのを止めなかった。
洗うことによって、アンタがどうなるのか知りながらな。
それだけでも、俺は地獄行きさ。」
「へっ?」
変な声が出た。
マダムが悲痛げに顔を歪める。
「勇者は生け贄みたいなものだって、さっき話したでしょう。」
「はあ。」
確かに、そんなことを言っていたような気もする。
詳しい内容は、早くも忘れてしまったが。
「勇者はね、いわば、石鹸なのよ。」
「えっ?」
いや、それなら多分、もう知っていたような?
というか、あれか。
本当にわたしは、通販で買える洗剤の類だったわけか。
異世界製のマジカル勇者ソープ、今ならなんと3個セットに、さーらーに!もう一つおつけして、お値段変わらず七千五百円、税込み七千五百円でのご奉仕です!
——うーん。
わたしだったら、多分買わないけど。
カタツムリが、微妙な顔つきになって、ぽりぽりと触手で目と目の間をかいた。
「おい、アンタ。
なんか微妙な顔してるけど、おかしなこと考えてないか?
——石鹸っていうのはな。
つまり、己の身を削りながら、まわりを浄化してるってこった。
アンタは、あの黒いのを洗うたびに、自分の生命エネルギーを失ってるのさ。」
「生命エネルギーって?
それがなくなると、つまり……、」
その字面から考えると。
やっぱり、そういうことなのだろうか。
カタツムリが、神妙な顔で頷いた。
「そうさ。
つまりは、死ぬってこった。」
うん。
大正解だった。
あんまり、嬉しくはないけれど。
次回の更新は、3月2日の予定です。
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