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35.マダムは、苦々しげに、けれど優雅に




 マダムは、苦々しげに、けれど優雅にお茶のカップを傾け、話を続けた。


「奴らは、言葉巧みに、蛾に近づいたの。

 蛾をあやつって、私たちの神へと干渉するためにね。」


「あやつる?

 干渉?」


 なんだか、自分の前世はオウムだったような気がしてきた。

 さっきから、オウム返しばかりしている。

 話がわからなさすぎて、それ以外のリアクションができないのだ。


 そういえば、オウムの地鳴きはどんな声だっただろうか。

 確か、結構うるさかったような気がする。

 ギャー、とか、キャー、みたいな。

 鳥はすごく賢いので、教えればあまりそういう鳴き方はしなくなると、飼っている人は言っていたが。


 自分で言うのも何だが、わたしはあまり賢くない。

 もしもオウムだったとしたら、四六時中、わけもわからずギャーギャー鳴いていることだろう。


「私たちと蛾は、時間によって役目を分担していた、って言ったわね。」


 えーと、確かに、そんなことを言っていた気がする。

 蝶が、昼。

 蛾が、夜だ。


「私たちの仕事は、大きく分けると三つあるの。


 ひとつめは、神への祈りと感謝の場を守ること。

 ふたつめは、神の言葉を聞いて、皆に伝えること。

 みっつめは、神からのこまごました頼み事をこなすこと。


 言うまでもないけれど、最も重要なのは、ひとつめよ。

 奴らは、蛾をそそのかして、一番大きな神殿を、夜の間だけ()()()()()()にしたの。

 本当に、恐ろしいことよ。」


「ギャー。」


「ん?」


「あっ、いえ。

 気にしないでください。」


 わたしは、変な顔をしているカタツムリとアルマジロに、手を振った。

 心なしか、クワガタムシの黒い顔が、さらにどす黒くなったような気がする。

 あまりそちらを見ないようにしながら、神妙な表情を取りつくろった。

 マダムは、発掘したての珍生物の化石を見るような顔で、しばらくわたしを見つめていたが、やがて、ふう、と優雅なため息をついた。


「ところで、あなた。

 神って、知っている?」


「同じ名前の存在は、わたしの世界にもいましたけど。

 同じものなのかどうかは、よくわからないです。

 わたしの住んでいた場所では、神にもいろいろありましたし。」


「いろいろ?」


 今度は、カタツムリがオウム返しをした。

 ちょっと困る。

 わたしも詳しくないので、あまり突っ込まれると答えられない。


「えーっと。

 昔からその土地にいた神々が、八百万(やおよろず)……数え切れないくらい、たくさんいまして。

 時代がくだるにつれて、さらに、よその国からも、他の神的なものが伝わってきたんです。

 それぞれ、よって立つ世界観が違うので。

 それで、いろいろあるって言った、といいますか。」


 それでいいんだっけ?

 正直、ぜんぜん自信がない。

 ギャー。


「ふうん、数え切れないくらい神がたくさんいる世界、ねえ。」


 カタツムリは、触手でぽりぽりと、目と目の間をかいた。


「ここじゃ、神は基本的に一柱(ひとはしら)だ。

 新しい神が生まれれば、古い神は死ぬ。」


 なるほど、そうなのか。


「それで、だ。

 世界観っていうけど、世界観によって、神が変わるのかい?

 あんたの神ってやつは、実在するのか?」


「えっ?」


 実在って、何だろう。

 ギャー。


 でも、たぶん、しないんじゃないだろうか。


 近所の神社が祀っているのは天照大御神で、いちおう毎年初詣には行っていた。

 受験の前には、湯島天神のお守りをもらって、試験会場まで持っていったが、あれは菅原道真公か。

 どれも、お札やお守りを踏めと言われれば、ちょっとためらうくらいには、ゆるく信じている。

 だが、それらが実在しているかと問われれば、いいえ、が正解な気がする。


「神様って、実際に、この世にはいませんよね?

 信じる人の心の中に宿る、っていうか。」


 それが信仰なんだと、そう思っていたのだが。


「それは、違うわね。」


 マダムは、はっきりと否定した。


「この世界ではね。

 神は、本当にいるのよ。

 私たちから影響を受けるし、私たちの世界にも、さまざまな作用をもたらすの。」


「はあ。」


 そうなのか。


「だから、神殿が間違った状態になることは、私たちにとって、ものすごく重大なことなのよ。

 神殿は、神への祈りと感謝の場。

 そこからの捧げものが、神の一部になる。

 神殿が守られないということは、神が守られず、歪んでしまうということなの。

 そして、歪んだその力は、また私たちに返ってくるわ。」


 その歪んだ力というのが、時々現れるもじゃもじゃ、ということか。


 何となく、わかったような。

 それでもやっぱり、わからないような。

 ギャーギャー鳴きたくなるのを我慢しながら、おとなしく話の続きを待つ。


「蛾を、味方に引き入れるために。

 奴らは、もともと蝶と蛾の間にあった、亀裂を利用したわ。」


 マダムは、目を伏せる。


「亀裂?」


「そう。

 でも、今までほとんど問題にもならなかった、些細なことよ。

 なんだ、馬鹿馬鹿しいって、笑ってしまうようなこと。

 それを、奴らは言葉巧みに煽って、争いごとの種にしてしまったの。」


 どこかで聞いたような話だ。

 本人たち以外には理解し難いことで、どうしようもなく争い合う。

 親戚のおじさんの遺産争いが泥沼になっているのを、巻き込まれそうになった母があれこれ愚痴っていたことを思い出す。


「それで。

 亀裂っていうのは、一体、どんな?」


「——スイーツよ。」


 少し口ごもったあと、心なしか決まり悪そうに、マダムは言った。


 ……ギャー?




次回の更新は、16日の予定です。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!

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