34.えーと。 よし。 順番に行こう。
えーと。
よし。
順番に行こう。
混乱している時こそ、落ち着いて、順番に物事を整理していくことが大事なのだ。
知らないけど、たぶん。
「それで、蛾が裏切り者っていうのは、一体?」
わたしの疑問に答えたのは、優雅に花茶のカップを傾けていたマダムだった。
透明な茶器の中で揺れる花を見つめながら、マダムは、ため息をつくように語り出した。
「今からざっと、2000年ほど前かしらね。
新しい神が、生まれたの。」
……えーっと。
いきなり話がぶっ飛んでいるのだが、ついていけるだろうか。
こっそり周りの反応をうかがったが、小リスもカタツムリも、その後ろのアルマジロも、それから当然のように部屋の隅に控えているクワガタムシも、特に驚いた様子はない。
というか、クワガタムシは、一体いつの間にやってきたのだろう。
せめて一言、失礼しますぐらいは言ってほしかった。
「そのとき、私たち蝶と、あの蛾たちに、神託がくだったのよ。
生まれたての新しい神に仕え、お助けするように、ってね。
それからずっと私たち蝶は、その言葉を守り、使命を受け継いできたわ。」
つまり、この世界の鱗翅類たちは、神官的な役割を担っていた、ということだろうか。
というか、宗教の話かあ。
こじれると、どうにも厄介そうな案件だ。
「初めのうちは、うまくいってたのよ。
私たち、暮らしている場所も、ほとんど同じだったし。
起きている時間は違うんだけれど、それも都合がよかったわ。
昼間は、私たち蝶が。
夜は、蛾たちが。
お互い協力しながら、仲良く一緒にやっていたの。」
「はあ。」
わかったような、わからないような。
つい、気の抜けたような相槌をうつと、クワガタムシが鋭い眼光を投げかけてきた。
お前真面目に聞いてるのか、はさむぞ、的な視線だ。
はさまれるのは、ちょっと困る。
わたしは、ふかふかしたベッドの上で、気持ち居住まいを正した。
「変わったのはね。
私たちの森に、あいつらがやってきてからなの。」
マダムは、険しい表情で、揺れる花茶の水面を睨みつけた。
「500年前のことよ。海を越えて、開拓者を名乗る一団が、この大陸にやってきたの。
言い伝えでは、八隻の大船団で、周りには、海の生き物たちもたくさん付き従っていたらしいわ。」
「海の生き物?」
首を傾げたわたしに、カタツムリが口をはさんだ。
「見たことねぇか?
魚とか、貝とか。
あと、エビやカニなんかだな。」
「あ、ああ〜。
そういうやつですか。」
実際に、この世界の魚や貝を見たことはない。
だが、なんとなく想像はつく。
たぶんみんな二本足で立って、言葉を喋るのだろう。
「開拓者たちは、元いた世界を追われて来たらしいの。
新たな居場所を求めて、ここにたどりついたのね。
私たちは、最初、彼らを歓迎したわ。
新たな神も、新たな生き物の訪れを喜んでいるようだった。
でもね。
彼らは、私たちの想像していたような、よき隣人ではなかった。
彼らは、この大陸じゅうの富を、独り占めしようとしたの。」
「独り占め、ですか。」
「ええ。
彼らははじめは、その野望を周到に隠していたわ。
むしろ、私たちに、惜しげなくあらゆるものを与えてくれた。
私たちの持たない、新しい道具や、知識なんかをね。
そのおかげで、私たちは、確かに、豊かになったわ。
でも、その何倍も、彼らは豊かになり、力を持つようになっていったの。
彼らぬきには、私たち自身のことを決めることもできなくなるほどに。」
「はあ。」
相槌をうつものの、正直ちゃんと理解できている気がしない。
ぎぎ、と音が聞こえた気がした。
嫌な感じの音だ。
わたしは、そっとクワガタムシを視界からはずした。
というか、眠い。
あくびを噛み殺していると、カタツムリが、そっと新しいお茶を注いでくれた。
これは、ミントティーだろうか。
すごくさわやかな、いい香りがする。
さすがはマスターだ。
「マルセイも、彼らが作ったものなの。
表向きは、みんなのためにね。
でも、違うわ。
彼らが得をするように、ルールが決まっているのよ。
もっともらしい理由はついているけど、本当は違うの。
全てが彼らのために作られているし、私たちにはそれを変えることはできないのよ。」
「そうなんですね。」
相槌をうちながら、本当にそうなのかな、とわたしは考えていた。
マダムの語ることは、ちょっと蝶としての主観が強すぎて、まるまる事実として受け止めるのは、危うい感じもする。
「それで、それが蛾の裏切りとどうつながるんですか?」
たずねると、マダムは、ふ、と息をつき、お茶を一口飲んだ。
「彼らは、ものすごくうまくやったわ。
もう、彼らが求めていたものは、全て手に入ったんじゃないかしらと思うくらい。
でも、彼らは、もっと先を求めたの。
私たちの神よ。
神は、森に、特別に強い加護を与えていたの。
海から来たものたちはやってこない、深い森にね。」
「森って、壁で囲まれた、あの?」
「あそこも、そうよ。
そこだけではないけれど。」
「でも、神を奪うなんて、一体どうやって?」
そんなことが、本当にできるのだろうか。
「そのために、彼らは、蛾に近づいたのよ。」
忌々しげに、マダムは言った。
更新遅くなりました。
次回更新は、9日の予定です。
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