28.もう、いいわよね?
「——もう、いいわよね?」
マダムが、やわらかな微笑みとともに、クワガタムシを見た。
クワガタムシは、ぐっと唇を噛み締めると、短く頷いた。
「さっきは、ごめんなさいね。
改めて、お目にかかれて光栄よ、勇者さま。」
マダムは、目を伏せた。
「できれば聞いてもらいたい、長い話があるんだけれど。
その前に、職業なんかの確認をした方がいいかしら?」
小リスは頷いた。
「そうだね。
あと、ユーシャは、そろそろまとめて眠る必要がある。
食べるだけでは、回復に限界がある。」
言われてみれば、今日一日で、ずいぶんいろんな場所でいろんなことをしたような気がする。
壁を通り抜けるたび、大体意識を失っているし、時間の流れが違うので、感覚が麻痺しているが。
「なるほどな。」
アルマジロが頷いた。
「確かに、二回ももじゃもじゃ洗ったんだからな。
さすがの俺も、疲れたぜ。」
確かに彼も、随分働いてくれた。
なにしろ二回とも、わたしと一緒に来てくれたのだ。
彼がいたことで、いろいろ助かったこともある。
アルマジロが、くわっとあくびをした。
きれいに並んだ白い歯と、長い舌がのぞく。
「——わかりましたわ。
それなら、今日はみなさん、ぜひ、ここにお泊まりください。
わたしたちの話は、ゆっくりお休みいただいてから、明日また、ということでいかが?」
それは、願ってもないことだが。
カタツムリの方を見ると、彼はわたしを安心させるように頷いた。
「俺は構わねえよ。あんたが決めればいい。
俺の家を見てから決めたっていいし、今から店に戻って寝たっていいんだぜ。」
少し迷ったが、カタツムリが一緒ならたぶん大丈夫だろう、という気がした。
一応、アルマジロもいるし。
いざという時に頼りになるかは微妙だが、彼には不思議と精神を安定させる効果がある。
彼というより、彼のおへそやわき腹といったほうが正確かもしれないが。
とにかく、なかなか稀有な存在だ。
「それじゃ、お世話になってもよろしいでしょうか。」
わたしが頭を下げると、小リスは満足げにしっぽをふわふわと振った。
「よし。それじゃ、てみじかにいこう。」
小リスは、ぴっとそのしっぽでクワガタムシを指した。
「タグを出して。職業を表示するんだ。」
「わかりました。」
クワガタムシは、黒い蝶ネクタイの下からマイナンバー・タグを取り出し、くるくると操作した。
ややあって、わたしのものと同じように、ホログラム状の文字らしきものが浮かびあがったが、やはりわたしには読めなかった。
「ふうん、それだけ?」
小リスが小首をかしげる。
「変だな。ユーシャのもそうだけど、どうして自分で見られないんだろうな。」
言いながら、小リスは例によって目を赤く光らせた。
声もなく、クワガタムシが目を見開く。
「まあ。あなた、戦士ですって。
なんだか、読めない字も書いてあるけど。」
「……それは、壁の、です。」
わたしには、読める。
逆に言うと、戦士は読めないのだが。
壁というのは、もしかすると、わたしの元いた世界に近い存在なのかもしれない。
わからないけど。
ともかくそんな調子で、目を赤く光らせた小リスによって、すべてのサブ職業が明らかになった。
クワガタムシは、戦士。
マダムは、魔法使い。
アルマジロは遊び人。
カタツムリは商人だ。
まあ、言われてみれば、納得できるような、できないような。
「なんでだよぉ!
なんで戦士とか、武闘家とかじゃないんだよぉ!」
アルマジロは一生懸命抗議しているが、小リスはすげなくしっぽを振った。
「そんなこといわれてもさ。
僕がきめたわけじゃないからさ。」
そう言われて、次にアルマジロが目を向けたのは、なんたることか、このわたしだった。
じっとりした目を向けられて、思わず両手を前に突き出し、いやいやとかぶりを振る。
「いやいや。わたしにも、そんなパワーないから。
責任、とりようがないから。」
まるで責任逃れの釈明会見のようだが、事実なので仕方がない。
「本当かよ。
お前、何もできませんって感じのぼーっとした顔してるけど、どうも怪しいんだよなぁ。
実際、勇者だったし。
なあ、お前ならこれ、なんとかできるんじゃねぇの?」
「あぁ?
そんな失礼なやつには、できたとしてもやってやんないんだから!」
低レベルな言い争いをするわたしたちの頭を、カタツムリがぷにゅ、ぷにゅ、と小突いた。
「お前ら、電話中なんだから。静かにしな。」
気がつくと、マダムが机の上の黒電話でどこかに電話をかけている。
どうやら、部屋の手配をしてくれているようだ。
小リスが、たったかとわたしをかけのぼり、首に巻きついてきた。
何やらマイナンバー・タグが、赤く光る。
「ユーシャ。
もう、きみは卵じゃなくなったよ。
これからは、本物の勇者だ。
新しいスキルも獲得できてる。
おめでとう。」
目を赤く光らせながら、小リスが言う。
それは、おめでとう、でいいのだろうか。
わたしには判断できなかった。
だが、とりあえずわたしは、ありがとうと言った。
年内少しやることが立て込んでおりまして、次回更新は1月4日の予定です。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!
かなり早いですが、よいお年をお迎えください。




