27.とりあえず、食べましょうか。
「——とりあえず、食べましょうか。」
気がつくと、わたしは、あのホテルの333号室にいた。
どうやら、また気を失っていたらしい。
きらきらしたシャンデリアの光がまぶしい。
見回すと、猿以外のパーティメンバーが輪になって、なんともいえない顔で白いビニール袋を見つめていた。
「おう、あんたも、気がついたのか。」
カタツムリがにゅるんと目をひねってこちらを見る。
「はい。
——あれっ?
あっ、あっ、すみません。」
なんとわたしは、親方、空から女の子があ!スタイルで、カタツムリの触手に抱き上げられていた。
カタツムリは重そうな顔はしていないが、さすがに申し訳ない。
「構わねえよ。
あんた、軽いな。
人間の世界じゃ、痩せてる方がいいなんて文化があるらしいけどよ。
俺は、もっと食ってもいいと思うぜ。」
カタツムリは、百点満点のセリフとともに、そっと足から地面に下ろしてくれた。
自分がカタツムリでも、卵生でもないことが悔やまれる。
たぶんここは、きらきらや散る花びらのエフェクトとともに、恋に落ちるべき場面のはずだ。
「しかし、人間というのは、本当に珍妙な生き物ですね。
ところで、人間。
コロッケパンとは、一体なんなんです?」
クワガタムシが、腕を組みながら横目でわたしをにらみつけた。
その背後で、マダムがあらと小首をかしげる。
「知らなかったの? コッペパンにコロッケをはさんだ食べ物よ。」
「コロッケ、というのは?」
「じゃがいもをゆでて、つぶして、小麦粉と卵、パン粉をまぶして、油であげたものです。」
頭の中で、なつかしいコロッケの歌を再生しながら、説明する。
しかしクワガタムシは、あたかもこの世の理不尽に苦悶するかのような、険しい顔をした。
「なぜ、わざわざそれをパンにはさむ必要があるんです?
もうパンの粉も、その原料の小麦粉もまぶしてあるというのに?」
——まあ、確かに。
「でも、それがいい、っていうか。
おいしいものは、重ねれば重ねるほど、もっとおいしくなるナリよ。」
「ナリ?」
「あっ、いや、こっちの話です。」
わたしはかぶりを振って、丸っこくてかわいいロボットの姿を頭から追い出した。
「まあまあ、旦那。」
カタツムリが、ぷにゅぷにゅと触手を振る。
「マダムのおっしゃるとおり、とりあえず食べてみたらどうだい?
一の経験は、百の伝聞に勝る、ってやつだ。
べつに小麦粉が食べられないわけじゃないだろ?」
「——それは、そうですね。
とりたてて好んでいるわけでもありませんが。」
クワガタムシは、どこか不服げではあったが、頷いた。
なるほど。
そういえば、確か、クワガタムシの成虫は、樹液かゼリーみたいなものしか食べなかったような気がする。
まあ、そんなことを言い出したら、蝶なんて花の蜜しか飲まないはずだし、アルマジロやカタツムリがコーヒーを飲んでいるのもおかしいんだけど。
「それじゃ、人間。まずはお前が食べてみろ。」
クワガタムシは、ビニール袋から、おしゃれなオイルペーパーにくるまれたコロッケパンを取り出すと、ずいとこちらに突き出した。
「ありがとうございます。」
完全に毒味役扱いだが、まあいい。
お礼を言って受け取った。
まだ、あたたかい。
香ばしい香りに、ほっと肩の力が抜けた。
「こちらにお掛けなさいな。」
マダムが、ひらひらと手招きした。
ちらりとクワガタムシの様子をうかがったが、少し苦々しい表情ではあるものの、止められはしなかった。
少し迷ったが、言われるがままに、マダムからすこし離れてソファに腰を下ろす。
「いただきます。」
コロッケパンは、まだ少しあたたかかった。猿と小リスは、買ってすぐに持ってきてくれたのだろう。
パンもコロッケも、ふんわりときつね色でおいしそうだ。
いっしょにはさまれたフリルレタスの黄緑色が、あざやかで食欲をそそる。
オイルペーパーをむいて、かぶりつく。
——うん、おいしい。
「おいひーな!」
ん?
顔をあげると、アルマジロもコロッケパンにかじりついていた。
その隣ではカタツムリが、触手で器用にオイルペーパーをむいているところだ。
「これは、うまいな。ふわっと、サクっとの食感がいいぜ。」
一口かじって、頷いている。
確かにカタツムリの言うとおり、食感もいい。
間違いなく、これまでわたしが食べた中で最もおいしい、コロッケパンだった。
クワガタムシは、まだうさんくさそうな顔でこちらを見ていたが、仕方なさそうにコロッケパンを手に取った。
緊張の一瞬だ。
オレンジ色のブラシのようなものが見え隠れする口に、コロッケパンの一部が吸い込まれていく。
「——どうですか?」
なぜか少し緊張しながら、聞いてみる。
クワガタムシは、じろりとわたしを見た。
「まあ、思っていたよりは悪くないですね。思っていたよりは、ですが。」
そう言って、二口目を食べている。
「勘違いひないでくだはいね。一度食べかけたら、最後まで食べ尽くすのが私の性分なだけです。
一度喰らいついたら、最期まで。
それが私の、命に対する礼儀でふ。」
——うん。
たぶん、ほんのりと怖いことを言っているのだろうが、どうにも緊張感に欠ける。
コロッケパンは、生き物から緊張感を奪ってしまうタイプの食べ物なのだろう。
「あら、本当だわ! なんて、おいしいの!」
気がつくと、いつの間にかマダムもコロッケパンに口をつけていた。
というか、マダムの食べ方が一番気になっていたのだが、見逃した。
にっこりと幸せそうに微笑むマダムを見ると、一度はひどい目に遭わされたものの、もういいかな、という気がしてきた。
もう、謎のきらきらも、甘い香りも漂ってはいないことだし。
そしてわたしたちは、しばらく無言で、輪になってコロッケパンを食べた。
ゴージャスな部屋の中に、妙にゆるんだ空気が満ちる。
なんだか眠くなってきたとき、ビニール袋の中から、小さな声が聞こえた。
「おめでとう、ユーシャ。
レベルが4にあがったよ。
一段とびにあがるなんて、さすがは【卵】もちだね。」
姿を現したのは、黄色い小リスだった。
そういえば、また忘れていた。そんなところにいたのか。
口の端っこに、パンの屑がついている。
隠れていないで、堂々と食べればよかったのに。
「ここのみんなにも、サブの職業が追加されているよ。それぞれ、かくにんしてね。」
わたしたちは、顔を見合わせた。
次回の更新は、5日〜6日朝の予定です。
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