26.何事にも、終わりはやってくる。
何事にも、終わりはやってくる。
それは、あるときには幸せなことだろう。
苦しみにも、悲しみにも終わりがあると信じられることは、今その中にいる者にとっては何よりの希望であり、救いであるはずだ。
そしてついに終わりが訪れたときには、その苦しみ、悲しみの深さの分だけ、身を震わすような安堵と解放感を味わうことができるのだ。
しかし、どんな終わりにも、その多寡の違いはあれど、必ず寂しさがついてくるものだ。
それが楽しいことの終わりなら、なおさらだ。
わたしたちも、例外ではなかった。
洗って、洗って、洗って。
また洗って。
ひたすら、洗って。
息つく間もなく、同じことをずっと繰り返しているうちに、最初はけたたましく騒いでいたアルマジロやマダムも、いつしか静かになった。
最後の方は、皆、まるで何かに取り憑かれたようだった。
ぎらぎらと目を血走らせつつ、ほのかに微笑みを浮かべながらひたすらもじゃもじゃを洗い続けるわたしたちの姿は、知らない人が見たらぎょっとしそうなくらい怪しかったに違いない。
もう洗うべきもじゃもじゃが一羽もいなくなったとき、わたしたちは、限界に達した疲労感のほかに、奇妙な満足感と、寂しさを感じていた。
ああ、もう終わってしまったのか。
できることなら、もっと洗い続けていていたかった。
わたしたちはみんな、妙にしみじみとした顔で、輪になって空を見上げた。
「……終わったわね。」
最初に口を開いたのは、マダムだった。
彼女の長い触覚が、やわらかなそよ風にそよぐのが、目の端に映る。
もう、空を覆う黒い雲はどこにもない。
どこまでも、青く、高く、きれいな空だった。
そして、わたしたちの足もと、湖を白くふわふわと埋め尽くしているのは、無数の白く丸い鳥だった。
湖が波立つのに合わせてふわふわと揺れる様子は、まるで本物の雲のようだ。
足もとには、白い雲。
頭上には、青い空。
あれ、いつの間に天国に来たんだっけ、と錯覚してしまいそうな景色だ。
まわりを高い壁に囲まれてさえいなければ、完璧だっただろう。
「はははははは! 素晴らしい! 素晴らしいではないか!」
幻想的な景色をぶち壊すように、美しいバリトンボイスを高らかに響かせながら、青い鳥が舞い降りてきた。
そういえば、彼もいたのだった。
青空を飛ぶ彼は保護色で目立たないので、うっかり忘れていた。
それにしても元気がいい。
地上で洗浄作業にあたっていたメンバーは、みんな疲れ切っているのだが。
青い鳥が降りてくると、それまで沈黙していた白い鳥たちは、くっくっくっ、があぁがあぁ、と、口々に鳴き声をあげた。
ぱたぱたぱたと、その中からひときわ丸く大きな鳥が飛び上がり、青い鳥の前に進み出る。
黒く、丸く、きらきらした目の上についている、眉毛のような赤い肉冠がりりしい。
そして言うまでもないことだが、ふわふわで、つやつやしていて、かわいい。
「このたびは、なんとお礼を申し上げればよいのやら。」
白い鳥たちのリーダーらしきその鳥は、鈴を鳴らしたような澄んだ声で、青い鳥にお礼を言った。
青い鳥は、鷹揚に頷いた。
「なに、当然のことをしたまでだ。
それよりも、これが勇者と、仲間たちだ。
パーティーを組んで、ここまで来てくれた。」
リーダーは、感じ入ったように一礼すると、こちらへ向き直った。
「勇者さまがた、ありがとうございます。
おかげさまで、こうして皆、無事に元に戻ることができました。」
リーダーが一礼するのにあわせて、無数の白い鳥たちもぺこりとおじぎをした。
見渡す限りの白い鳥が一斉におじぎをするのは、ものすごく壮観だった。
まるで白い波のようだ。
「いや、いやいや。
わたしたちも、みなさんにきれいになってもらえて、すごく嬉しいので。
本当に、よかったです。」
しどろもどろになりながら言うと、アルマジロもカタツムリも、そしてマダムも、クワガタムシまでもが頷いてくれた。
クワガタムシは、疲れていてもやはりサイコな雰囲気だったが、ほんの少しだけ険がとれたような感じがした。
もしかしたら、少しだけ分かり合えたのかもしれない。
しみじみしていると、木々の間から、のんきな声が聞こえてきた。
「おや? おやおや。また、ちょっと遅れちゃったかな〜。」
「もう。だから、のんびりしすぎだって言ったのに。」
赤い飾り毛のある猿と、その頭の上に乗った黄色い小リスが姿を現した。
「悪いね〜、また遅くなっちゃった。」
猿のおばちゃんは、両手に山ほど袋を携えていた。
今度は、つる草で編んだナチュラルなものではない。
なんと、白いビニール袋だ。
猿はにこにこしているが、違和感がものすごい。
というか、小リス。
そういえばすっかり忘れていた。
どうやら、気づかないうちにいなくなっていたらしい。
「これ買ってたらね、思ったより時間かかっちゃって。
ごめんね〜。はい、これ、おみやげ。
これが勇者パーティの分。」
にこにこしながら、猿は地面に袋を下ろすと、そのうちのひとつを横にとりわけた。
「残りはライチョウのみんなの分ね。持って帰って、分けて食べて〜。」
あれ。ライチョウみたいだと思っていたが、本当にライチョウだったのか。
「あれ、ライチョウって、飛べたっけ?」
首をひねっていると、カタツムリがぷにゅぷにゅ、とわたしの肩をつついた。
「飛べるぞ。
普段は歩いて移動することが多いから誤解されがちだが、近年では30km以上にわたって飛ぶこともできると考えられている。」
まるでどこかの事典に書いてあるようなことを言う。
感心していると、小リスがわたしを急かした。
「ほら、ユーシャ、早く。冷めちゃうでしょ。早くして。」
「えっ? うん。」
一体何が入っているのだろう。
うながされるままに湖からあがり、袋の中をのぞく。
ビニール袋の中には、さらに茶色のがさがさした紙袋が入っており、紙袋の口を開けると、ふわりといい香りが漂った。
これは。
「コロッケパン?」
猿のおばちゃんがにこにこする。
「そうそう。
ごめんね、お肉は入ってないんだけど、おいしいよ。」
「ライチョウのみんなには、コッペパン。」
小リスが言うと、いつのまにか隣にやってきたリーダーが、嬉しそうに笑った。
「これはこれは。ありがとうございます。」
そういえば、確かにまた、おなかがすいていた。
「はい、どうぞ〜。」
にこにこと袋の持ち手を手にひっかけてくるおばちゃんに、私は苦笑するしかなかった。
「ありがとうございます。」
今度は素直にお礼を言って受け取る。
「こないだの果物も、おいしかったです。ありがとうございました。」
「よかった〜。嬉しい。それじゃまた、持ってくるからね!」
——うん。ちょっと失敗だったかもしれない。
「あれ、もう時間切れかな? 早いな〜。
でも今回でかなりレベル上がったみたいだからね!
次はもっと、ゆっくりお話ししようね〜!」
えっ?
どういうことかと聞き返そうとした次の瞬間、目の前が赤く染まった。
赤く染まる視界の中、みんながにこにこしながら手を振っている。
えっ、これ、壁……?
それにしても、死ぬほど痛いんですけど。
ほんとに死んだんじゃないかと思うくらい痛いんですけど。
心の中で文句を言いつつ、わたしの意識は遠のいていったのだった。
更新遅くなりました。
次回の更新は2日の予定ですが、日付をまたぐかもしれません。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!




