24.体の中心にある何かを、ぐにゃぐにゃと無理やり折り曲げられるような
体の中心にある何かを、ぐにゃぐにゃと無理やり折り曲げられるような感覚のあと、わたしはあの湖にやってきた。
レッサーパンダを洗ったほうの湖だ。
空は明るく、水は暗い。
相変わらず、まわりは白く、高い壁に囲まれている。
この閉塞感を懐かしく感じるときがくるなど、思いもよらなかった。
わたしの周りには、わたしがパーティに指定したメンバーが、一名を除いて、見事に集合していた。
「これは……、」
口をぽかんと開けたまま、呆然と立ち尽くしているのは、クワガタムシだ。
せっかくのつやつやのボディがもったいない。
早く、あの鋭い眼光とサイコな雰囲気を取り戻してほしいものだ。
「やっと、やっとよ……! なんて、素晴らしいの……!」
うっとりと両手を握り合わせているのは、妖艶なマダムだ。
狭く薄暗いホテルの部屋で見たときよりも、不思議と彼女は生き生きと美しく見えた。
鮮やかな羽根が、陽の光を浴びてますます鮮やかに輝いて見える。
そして。
「おお……、まさか、またこっち側に来ることになるとはな。」
「おい、人間! これはどういうことなんだよぉ! 説明しろよぉ!」
カタツムリとアルマジロは、平常運転だ。
どういうわけか、あのやたらと押しの強い猿だけは見当たらない。
パーティ編成に失敗したのだろうか。
小リスに聞いてみようかと、あたりを見回したときだった。
「っ! おい、ちょっと待て!」
突然、カタツムリが叫んだ。
いつになく鋭い目と声に、あたりに緊張が走る。
いつもは平和そうなカタツムリの目が、ぎらりと光った。
にゅるん!
目にもとまらぬ早さで、その全身が、殻の中にしまわれる。
そして次の瞬間、カタツムリの殻は、まるでコマのように激しく回転しながら、音をたててわたしの目の前にすべりこんできた。
「うわああぁ!」
情けない叫び声をあげながらのけぞると、カタツムリの険しい顔が、目の前ににゅるんと飛び出した。
び、びっくりした。
というか、カタツムリの殻って、こんなふうに使えるのか。
ものすごい機動力だ。しかも多分、防御力も兼ね備えている。
ず、ずるすぎる。
「おい。あんた!」
「は、はい! ごめんなさい!」
一瞬で現実に引き戻されたわたしは、あわてて身をすくめて小さくなった。
温厚なカタツムリをここまで怒らせるなんて、わたしは一体何をやらかしたのだろうか。
——だめだ、心当たりが多すぎる。
とりあえず先手を打ってごめんなさいは言えたが、細かい部分を詰められたら、99.99%、詰む。
冷や汗が、たらりと背筋を伝うのを感じた時だった。
真剣な顔で、短く、カタツムリは告げた。
「——服を、着ろ。」
「えっ?
——あっ。」
自分自身を見下ろして、思わずわたしは間抜けな声をあげた。
そうだ。臨死体験?をしていたせいで、すっかり忘れていた。
わたしはいまだに裸の大将スタイルのまま、生乾きの服を肩にかついでいる状態だったのだ。
服を着ていたのは、死んでいるとき限定だったらしい。
なんという、まぎらわしい。
心なしか、カタツムリのほほは、ほのかに桃色に染まっている気がしなくもない。
何だか急に恥ずかしくなってきて、わたしはうつむいた。
「——えーと、あの。……ごめんなさい。」
「いいから、早く着ろ。あっち向いててやるから。」
服はまだ少し湿っていて着にくかったが、わたしは可及的速やかに全ての衣服を身に着けた。
ちなみに、紳士的に視線をそらしてくれているのはカタツムリだけで、他は興味なさげにしているか、珍妙なものを見る目つきでじろじろ見てくるかのどちらかだった。
なお、何となくお分かりいただけるかと思うが、前者はクワガタムシで、後者は残りの全員だった。
「ニンゲンちゃんって、メスだったのね。
いえね、もちろん、そうかなって思ってたんだけど。
わざわざ服で隠してるから、分かりにくいでしょ。人間って不思議よねえ。
あ、ここってこうなってたのねえ。面白そう。わたくしも着てみたいわ。」
マダムは、ひらひら、ふわふわとわたしの周りを舞いながら、あちこちガン見している。
いや、別に、構わないといえば構わないのだが。
その後ろからの、突き刺さるようなクワガタムシの視線が怖すぎる。
そんなに気に入らないなら、直接マダムに言ってほしい。
そんなもの着なくても、あなたはそのままが一番素敵です、とか。
そんな無粋な布切れであなたの美しさを覆い隠すなんて、大いなる罪だ、とか。
なんかそういう、昔の映画のセリフみたいな感じのことを言えばいいんじゃないかなと思う。
——昔の映画を馬鹿にするな、とか怒られそうだけど。
「確かに、変わってるよな。
服って、着ないと恥ずかしいもんなのか?」
首をひねっているのはアルマジロだ。
「まあ、人間の大多数は、そうかな?
昔住んでた国では、服を着ないのは罪だったし。」
さっきの格好で公道を歩いたとしたら、たぶん職質され、パトカーに乗せられて、警察官に服を着るよう諭されるだろう。
よほど悪質でなければ、いきなり猥褻物陳列罪でブタ箱いき、とはならないとは思うが、それでも、罪は罪だ。
うん。ここが日本でなくてよかった。
「ここだと、みんな全裸だし、人間の裸を見てどうこう、ってこともなさそうだから、別にいいかなと思ったんだけどね。」
服を着終わり、ははっと笑うと、カタツムリがこちらを振り返った。
「みんなじゃないぞ。少なくとも、俺は、服着てるだろうが。」
「えっ?」
目を丸くするわたしに、カタツムリが指し示したのは、己の背に乗った、大きな殻だった。
「これは……、てっきり、家だと思ってました。」
カタツムリは笑った。
「たまに、そう言われるんだけどな。
自分以外は入れない場所なんて、家じゃねえよ。
家はちゃんと、別にあるんだ。」
言いながら、カタツムリは、遠く空の向こうを振り仰いだ。
なにやら、黒い雲が、こちらに、やってくる。
いや、雲ではない。これは、皆、鳥だ。
「早く! 皆、準備を!」
鳥の雲の中から、青い鳥のバリトンボイスが響きわたる。
「アルマジロさん、早く! もう一回、洗うんです!」
「おう? おう、わ、わかったよ。」
わたしたちは皆、湖の浅瀬にじゃぶじゃぶと足を踏み入れた。
そこに、一羽目のターゲットが着水した。
まるで雨のように空から降ってきた、黒く、もじゃもじゃしたかたまりを、アルマジロが、さっと手を伸ばし、洗う。
あっという間に、きれいになった白い鳥が姿を現した。
「数が多いんです。みんな、アルマジロさんみたいに、手伝って下さい。
わたしは、ここにいますから。」
そう告げたのを聞いていたように、空から鳥が降りはじめた。
そして、再び、祭りが始まった。
次回は28日に更新予定です。
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