23.深く、暗い水の底から急に浮かびあがったようだった。
深く、暗い水の底から急に浮かびあがったようだった。
目の前がぐらぐら揺れるような感覚が、なかなかおさまらない。
いや、違う。
これは、わたしの感覚の問題ではない。
実際に、世界が激しく揺れていた。
「ユーシャ、ばか! ユーシャ、ばかばか!」
しっぽを振り乱した小リスが、わたしの肩にかじりつきながら、げしげしとわたしの顔を蹴りまくっていた。
痛い。爪が刺さる。普通に痛い。
「ちょ、やめ、ちょ、」
しかし小リスはやめない。
口のまわりも蹴りの射程圏内に入っているため、うまく声を出すこともできない。
悪いなとは思ったが、わたしはたまらず小リスのしっぽを引っ掴み、持ち上げた。
だらりと逆さまになり、くるくる回る小リスと目が合う。
小リスの反応は、しかし、思いもよらないものだった。
彼は、まるで幽霊でも見たかのようにしばらく固まったあと、ぶるぶる震えだし、全身の毛を逆立てて、絶叫した。
「ぎぃやあああああ! たすけてえ!」
いやいや、なぜそうなるのだ。
助けてほしかったのは、わたしのほうだ。
「ちょっと、ちょっと。いくらなんでも、それはなくない?
なんでわたし、顔蹴られてたの?
爪刺さりまくってたよ。痛かったんだよ。」
さすがに文句を言うと、小リスは信じられないものを見る目でわたしを見た。
そして、なにかを悟ったかのように目を閉じ、だらんと全身の力を抜いた。
白いふわふわのおなかの中央、おへそらしき十字のくぼみがかわいい。
はああ、と、小リスは深く長いため息をついた。
「心配したぼくが、ばかだった。
だけど、一応、いっておくね。
ユーシャ、たぶん、今さっきまで死んでた。顔が変だった。」
「失礼な。」
抗議すると、小リスはうんざりしたように首を振った。その反動で、体がくるくると回る。
そういえば、もう小リスを逆さづりにしておく必要はなさそうだった。
遅まきながら地面に下ろしてやると、小リスはわざわざわたしの頭の上まで駆け戻ると、どすんと勢いよく腰を下ろした。
「そういう意味じゃないってば。
いきものは、死ぬと、変わる。とくに、顔が。
ユーシャの顔は、死者の顔だった。
いったい、なにがあった?」
ようやく、小リスの言いたいことが理解できた。
しかし、お互いにとって残念ながら、その質問をしたいのはわたしの方だった。
「わたしにも、わからない。
気がついたら、誰もいない、壁もない森でひとりぼっちだったんだもん。
大きな黒い山があって、そこが揺れると、透明なもじゃもじゃが、溶岩みたいに押しよせてきたんだよね。
変な黒い鳥が、まだ来ちゃいけない、まだ早すぎるって言ってて……、」
話しながら、あれ、もしかしてわたし、本当に死んでたのかもなという気がしてきた。
あの気味のわるい場所は、死後の世界だったのだろうか。
だがわたしは、確か、壁にぶち当たって死んだはずで……あれ?
「わたし、生きてる?」
「たぶんね。ぼくの見たところでは。」
小リスは頷いた。
「ふむ、間違いないな!」
そして、無駄にきれいなバリトンボイスで話に横入りしてきたのは、わざわざ見上げるまでもなく、あの青い鳥だった。
鳥は、その晴れ晴れしく青い翼をはためかせながら、優雅にわたしと小リスの前に舞い降りた。
「話は聞かせてもらった。
帰ってこられて幸いだったな、勇者よ。
黒い鳥は、おそらく我が同胞であろう。その者は、何か言ってはいなかったか。」
「えーっと。」
わたしは半目になりながら、必死に記憶をたどった。
まるで起きたらすぐに忘れてしまう夢のように、どんどん記憶が曖昧になっていくのだ。
「たしか、透明なもじゃもじゃが、動物を魔物に変える元凶……とか。かなりの量が、あふれ出していった、とか。」
青い鳥は、重々しく頷いた。
「なるほど。それでか。
今回取り憑かれたものたちは、それぞれは小さい。だが、とにかく数が多いのだ。助っ人がいたほうが良いな。
あの、よく働くアルマジロはどうした? 一緒に来なかったのか?」
おお。アルマジロが評価されている。
「はい、残念ながら。」
ふむ、と青い鳥はくちばしで羽をつついた。
「ならば、助っ人になりそうな者を連れてくるといい。」
「はあ。」
でも、どうやって?
小リスが、とんとんとわたしの頭をつついた。
「ユーシャは、勇者だから。パーティーを選べる。
パーティーは、勇者といっしょに、光の湖に行ける。」
なるほど。確かに、勇者ならパーティーを組むものかもしれない。
「どうすれば選べる?」
「ただ、思い浮かべればいい。
そうすれば、ユーシャが壁を通るとき、メンバーも一緒に呼ばれるから。」
なるほど。それなら、もう、決まった。
まずは、何をおいてもアルマジロ。それからカタツムリに、猿のおばちゃん。
そして、わたくしも連れてってくれないの?と言っていたマダムに、その用心棒のクワガタムシを加えた五名だ。
一部には、ちょっとした復讐も兼ねて働いてもらおう。
「ふむ。決まったなら、壁を動かしなさい。」
「あっ。でも、洗う対象は?」
訊ねると、青い鳥は翼を広げ、飛びあがった。
「それなら任せておくがいい。全員連れて行ってやろう。」
飛び去る青い鳥を見送ってから、わたしと黄色い小リスは、白い壁の前に立った。
「それじゃ、いこうか。」
黄色い小リスとわたしは、あの湖を目指して、白い壁へ足を踏み出した。
次回の更新は、24日(木)の予定です。
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