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19.残念ながら、座るのに適当な石などはなかった。




 残念ながら、座るのに適当な石などはなかった。

 まあいい。

 どうせ今のわたしは、ぼろぼろでどろどろなのだ。


 直接地べたに座って、まだあたたかいコロッケを頬張る。

 サクッと香ばしい衣と、ほくほくしたなめらかなじゃがいも。


 思ったとおりだ。

 ものすごくおいしい。


 しばらく全てを宇宙の彼方にすっ飛ばして、わたしはひたすらコロッケを口に頬張り、咀嚼し、飲み込み続けた。

 そこにあるのは、ただ純然たるコロッケだけだった。

 コロッケを飲みこんでいるのはわたしだが、わたしの全てを飲みこみ、包んでくれるのもまた、コロッケだった。

 何を言っているのか自分でもよくわからないけど、まあそういうことなのだ。


 残りのコロッケがひとつになったとき、はたとわたしは我にかえった。

 わたしの膝の上では、小さな黄色いリスがせっせとしっぽの毛づくろいをしている。

 わたしとリスの目が合った。


「そういえば、ごめん。わたしだけ食べてたね。

 コロッケ、いる?」


 本当はもっと早くにすすめるべきだったのだろうが、すっかり夢中になってしまっていた。


 小リスはくすりと笑った。


「いいよ。ぼくは、お肉はあんまりすきじゃないし。

 ポケットの中でずっと木の実を食べてたから、今はお腹いっぱいだしね。」


「そ、そっか。」


 齧歯類が木の実を齧る音や衝撃は、それなりのものだと思うのだが。

 全く気づかなかったなんて、なんだか自分で自分が信じられなくなりそうだ。


「あっ、でも、そろそろ行こうか。お風呂の時間だ。」


 ぴょこり、と小リスは飛び上がった。

 いっそうふわふわになったしっぽをふりふり、わたしの膝から地面へと降り立つ。


 ひとつだけ残ったコロッケをしまって、小リスについて歩く。

 やはり、景色は変わらない。

 空は余計なものを排してただ青く澄み渡り、壁は白く高く聳え続け、大地はどこまでも荒れ果てている。


「ねえ。」


「なに?」


 小リスは、振り返らずにたったかと走りながら返事をする。


「お風呂って、どうやって入るの?」


「そりゃ、お風呂場にいって、はいるんだよ。」


 小リスは、何を当たり前のことを、というように言った。


「こんなところに、そんなものがあるの?」


 正直、全く想像がつかないのだが。


「こんなところ、だなんていったら、怒られちゃうよ。

 ここはね、はじまりの場所。

 すごく、とくべつな場所なんだ。」


 小リスは、誇らしげにふわふわのしっぽを振った。


「けっこう、なんでもあるんだよ。

 探せさえすれば、だけど。

 ユーシャはだいじょうぶ。ぼくが案内してあげるからね。」


「そっか。それは、ありがとう。」


 よくわからないままにお礼を言うと、小リスはやはりふわふわとしっぽを振った。 

 そのふわふわを見ていると、なんだか全てがそれで良い気がしてくる。


 うん。とりあえず、歩こう。

 ふわふわと揺れるしっぽを見ながら、わたしはただ、歩き続けた。




◇◇◇




 どのくらい歩いただろう。

 ふいに、むっと熱く湿った空気が、わたしの顔に吹きかかった。


「あっ、もうすぐだね。

 ユーシャ、服を——、いや、そのままでいいかな?」


「えっ、なんで?」


 聞き返しながら、ふと、嫌な予感がした。

 最近、わたしの嫌な予感は、その精度を増しつつある気がする。


 そしてそれは、やはり大当たりだった。


 ばっしゃあああああん!


 凄まじい音を立てて、大量のお湯が、壁の上から、降ってきた。


 気づいた時には、もう逃れようがなかった。

 わたしは、その奔流に打たれ、飲みこまれた。




◇◇◇





「ほんっと、どういうことなの……。」


 最近、こんな台詞ばかり言っている気がする。


 目を開けると、わたしは、光る湖の浅瀬に座りこんでいた。

 水は、あたたかい。

 お風呂というには少しぬるい気もするが、水は澄んでいてきれいだ。水底で輝く、さらさらした砂がよく見える。


「ついたよ。」


 わたしの頭の上で、小リスがしゃべった。

 そんなところにいたのか。手を差し出すと、小リスはちょこんとその上に乗った。

 

「ここ、どこ?」


「お風呂場だよ。」


 うすうす、そう言われるのではないかと思っていた。

 でも、やっぱりちょっと違和感がある。


「どっちかというと、ここ、湖じゃない?」


「そうとも言うね。

 でも、間違いなくお風呂だよ。

 ほら、みんな入ってるでしょ。」


 えっ、と思ってよく見ると、薄くただよう白いもやの中、確かにいくつかの影がある。


「じゃあさ、どうしてお風呂が光ってるの?」


 んー、と小リスはかわいらしく小首をかしげた。


「わかんない。でも、ずっと昔からそうだから。」


「それに、どうして空が暗くなったの?

 さっきまで、あんなに明るい青空だったのに。」


 そうなのだ。四方を壁に囲まれた、この湖——お風呂場の空は、藍色に暗く沈んでいる。

 まるで、いきなり朝から夜になってしまったようだ。


 小リスは、今度は逆側に首をかしげた。


「それもわかんない。ここはいつも夜なの。

 はじまりの場所は、いつも朝。それと同じ。」


 時間が止まってでもいるのだろうか。


 確かに、もじゃもじゃを洗ったときも、戻ってみたらほとんど時間は経っていなかったが。


 考えこんでいると、小リスが頭の上でジャンプした。


「とにかく、洗おう。ほら。」


 いわれるがままに、わたしは自分の腕をそっと撫でてみた。

 もやもやと、黒っぽい泥が水に溶け、浮き上がる。

 レッサーパンダの時ほど劇的ではないが、やはり気持ちがいい。

 手を洗い、足を洗う。

 顔を洗ってから、ちょっと迷った。


「ねえ。」


「なあに?」


 わたしの肩の上に移動した小リスが、首を傾げる。


「ここって、服脱いでも大丈夫なのかな?」


 いわば混浴の露天風呂のような場所だろうし、いいだろうとは思うのだが、ちょっと恥ずかしい。


「すきにするといい。

 だいじょうぶ、ここにはユーシャを害するものはいない。

 ぼくも、ちゃんとみてる。」


 そうか。

 小リスもいるし、他の影は、だいぶ遠いところにいるし、きっと大丈夫だろう。


 思い切って、わたしは服に手をかけた。







 


次回の更新は、14日の予定です。

ここまで読んでくださって、どうもありがとうございます!

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