13.それでさぁ!
「それでさぁ! もう、ほんっとーに凄かったんだよぉ! もやもやもやって! スーッてぇ!」
「へぇ、なるほどな。」
カウンターに座って身を乗り出し、身振り手振りしっぽ振りで、熱く語りを繰り広げるアルマジロを眺めながら、わたしはコーヒーの続きを飲んでいた。
結局あの後、壁の中を通り抜けたわたしたちは、ちゃんとカフェに戻ってきた。
逆浦島太郎状態で、ほとんど時間は経っておらず、わたしのコーヒーはまだ温かかったし、アルマジロのコーヒーも、カウンターに飛び散った分を除いて、できたてのいい香りを漂わせていた。
巨大なカタツムリの店主は、ちょうどふきんでカウンターを拭いているところだった。
普通におかえりと声をかけられ、ただいまと返したところで、アルマジロが怒涛の勢いで話を始め、今に至る。
「はいよ。」
店主は、にゅるにゅると触手を伸ばし、わたしのテーブルに果物の載った皿を置いてくれた。あの小猿のくれた、オレンジに似た果実だ。
「ありがとうございます。」
「いやいや、お礼を言うのはこっちの方だぜ。こんなにたくさん、悪ぃな。多分これ、珍しいやつなんじゃないか?」
つい押し負けて貰うことになってしまった手提げは、まるごと店主にあげることにした。果実はけっこう皮が分厚くて、手で剥くのも大変そうだったし、木の実はわたしは食べないし。
幸い店主は喜んでくれたようなので、ほっとしているところだった。
アルマジロの前にも皿を置いたカタツムリは、切れ端を自分の口にもひょいと放りこんだ。
「ん! うまいぜ。」
よかった。
「マスターも、もっと食べてくださいね。そっちの方が、わたしもアルマジロさんも嬉しいですし。」
アルマジロの意見を聞いたわけではないが、確実にそうだと思う。
「おう! Grazie!」
「う、うんま〜いぃ!」
アルマジロは、さっそく果実にかぶりついている。
「これ、初めて食べたけど、うんまいな! お前も食べてみろよぉ!」
促されて、口に入れてみる。
「おいしい。たしかに。」
甘酸っぱい香りが、口いっぱいに広がる。
外皮は分厚いが、中の薄皮は柔らかいし、一つ一つの粒が大きく、みずみずしい。
疲れている時に食べたら元気が出そうだ。
しばし皆、無言で果実を咀嚼し、飲みこむ。
「なあなあ、そういえばさ。」
最初に口を開いたのは、アルマジロだった。
「最後、猿のおばちゃんが言ってなかったか? 職業レベルがあがったってさ。」
「ああ。」
確かに、そんなことを言われたような気もする。
多分、ゲームなんかでよくある、勇者レベル1とか、そういうやつだろう。
「職業レベルなあ。」
カタツムリが、時計の針のように目をぐるぐると回す。
「レベルがあるって、話には聞いたことあるけど。マイナンバー・タグには、レベルの表示欄はないんだよな。」
えっ、そうなのか。
いわゆる隠しパラメータのようなもの、ということだろうか。
確か小猿は、確認してみてね〜、と軽く言っていたような気がするのだが。
「まあ、いいんですけどね。」
わたしは肩をすくめた。このぶんだと、きっとまた近いうちに壁にぶち当たるだろう。そのときにまた、聞いてみればいい。
それよりも、わたしには、もっと差し迫った問題があった。
「実は、それとは別に、ちょっと困ってまして。」
アルマジロが、小首を傾げた。
「なんだよ、困ってるって。」
「実はわたし、今晩泊まるところがなくてですね。」
思い切って、言ってみた。
この二人? いや、二生物? には、本当のことを話してみてもいい気がする。
アルマジロとカタツムリは、顔を見合わせた。
「——うん。なんか、そんな気はしてたよ。」
最初に口を開いたのは、カタツムリだった。
「明日からの宿に関しては、いくつか選択肢があるから、考えてみな。
今日はこの店の二階が空いてるから、あんたさえよければ泊まってくといい。素泊まり状態になっちまうから、悪いんだけどな。」
それではアルマジロが逆上するのではないかと思ったが、アルマジロは意外なことに取り乱したりはせず、落ち着いている。
「うちに泊めてやっても、俺はいいんだけどな。父ちゃんと母ちゃんがびっくりするかもしれねぇし。カタツムリの次は人間かって。」
「前も次もねえけどな。」
やや冷ややかに呟いた後、カタツムリはにゅるにゅると触手を振った。
「ま、ともかくだ。もう少ししたら、店閉めるから。そしたら、ちょっと外出て、このあたりでも見て回るか。」
「ありがとうございます。」
◇◇◇
わたしにとって幸いなことに、時計は元いた世界のものと全く同じだった。
アラビア数字が読めて書ければ、たいていのことはなんとかなりそうだ。
きっかり5時に正面扉の鍵をかけたカタツムリは、カウンター裏の小部屋でシックな帽子とスカーフのようなものを身につけると、裏口の鍵を開けた。
なんと、裏口の鍵は暗証番号式だ。指紋認証用と思しきパネルまでついている。指紋を持つ種族は限られていそうなので、もしかすると別の何かなのかもしれないが。
「ずいぶん厳重なんですね。」
「何かと物騒なことも多い場所だからな。帰ってきたときに、開け方教えるよ。」
「ありがとうございます。」
カタツムリの後にわたし、その後ろにアルマジロの順で、裏口を出る。狭い路地裏は、夕陽を受けて茜色に染まっていた。周りの店舗らしき場所の裏口からも、ちらほらと生き物らしき影が出てくるのが見える。
歩きながら、カタツムリはわたしに説明してくれた。
「泊まる場所の選択肢だけどな。
まず一つ目は、マルセイの公式宿泊所だ。マイナンバー・タグを提示して、あんたが勇者の卵だってことを証明すれば、明日にはそれなりの部屋の準備が整うはずだ。
ただ、まあ、職業のグレードに応じた働きも求められるから、ちょっと面倒なこともあるかもしれないけどな。
二つ目は、ここらへんじゃそれなりのグレードのホテルだ。俺の知り合いがやってるところだから、信用もおけるし、かなり快適なはずだ。ただ、残念だけど、あんたの職業を公開しないで泊まれるのは、せいぜい3日ってところだな。公開した後は、公式宿泊所と同じで、多少の面倒は覚悟してもらわないといけない。
三つ目は、俺の家。ここが多分一番快適性は劣るけど、面倒はないな。まあ、俺のことを信用してもらえるなら、って話だ。
その三つと、便利そうな店を紹介しとくかな。ちなみに、日用品はだいたいマイナンバー・タグを見せるか、サインすれば手に入るから。」
「便利なんですね。」
「ある面では、そうだな。まあ、どこもそんなもんだろう。なにかがよければ何かが悪くなる。トレード・オフってやつだ。」
「はあ。まあ、そんなもんですかね。」
分かったような、分からないような返事をするわたしに、カタツムリは苦笑した。
「ほら、まずは一軒目だ。ここがスーパーマーケットだ。たいていの食品と、日用雑貨なら揃ってる。ちょっと買い物してみるか?」
まるでアウトレット・モールのように、たくさんの店が立ち並んでいる。とにかく、広い。
スーパーマーケットという言葉から連想するよりも、ずいぶん立派だ。
「人間って、確か牛肉が好きなんだっけな。ほら、肉コーナーはこっちだ。」
「う、うーん……、ありがとうございます。」
カタツムリにとっての人間像がどういったものなのかやや気にはなったが、確かにわたしも牛肉を愛する人間の1人である。大人しくカタツムリの後ろにくっついて、わたしも肉コーナーへと足を踏み入れた。
次回の更新は、27日の予定です。
ここまでお読みくださって、どうもありがとうございました!




