12.す、すご……、これ……っ!
「す、すご……、これ……っ!」
「うおおおおおおぉ!」
「はははははは、はははははは。」
少し奇妙な湖のほとりは、盆暮れ正月をあわせたようなお祭り騒ぎだった。
三人寄れば文殊の知恵というが、三人寄れば文殊菩薩もさじを投げるほどのカオスを作り出せることを、わたしは初めて知った。バカは死ななきゃ直らないというが、死んでからも学べることはたくさんあるようだ。
悔しいことに、もじゃもじゃを洗う作業は、楽しかった。
水に手をつけ、もじゃもじゃに近づけると、それだけですーっと黒いもやのようなものが溶け出し、暗い水の底に吸いこまれるように沈み、消えていくのだ。
もじゃもじゃの毛の中に手を入れると、もっとすごかった。まるで魔法のように黒い毛がほどけ、その下のなめらかできれいな毛が顔をのぞかせるのを見ると、自分の原始的な本能が激しく刺激されるのを感じた。
壊れものが包まれていたプチプチを片っぱしから潰す時のような、取り憑かれたような楽しさ。そして、もじゃもじゃに隠された本当の姿って一体なに、という好奇心。
意味をなさない感嘆詞を垂れ流しながら、ひたすらもじゃもじゃを洗いまくるわたしの隣では、目をキラキラさせたアルマジロが、プロボクサー顔負けの速さで、もじゃもじゃへと連打を繰り出していた。ときどき手を止めてわたしを触りにやってくるが、そのとき以外は、わたしもアルマジロも、無心で作業に集中していた。
そんなわたしたちの頭上を、美しいバリトンボイスの高笑いとともに旋回しているのは、青い鳥だった。直接触れていないので効果はそこそこだが、彼も全体的な洗浄に、着実に貢献しているようだ。
もはや誰も、泥がどうとか、水がどうとか気にしていなかった。
ブレーキの壊れた暴走機関車のように、全てを洗い切るか、最後の石炭が燃え尽きるかするまで、誰も止まりそうになかった。
そしてその瞬間は、唐突にやってきた。
「こ、これ、これは……!」
「お、おおぉ……!」
「ははは、ははぁ!」
かつてはもじゃもじゃだったものが、明るい陽の光の中、やおら尻尾を持ちあげた。
赤茶と焦げ茶のしましまが、つやつやと輝く。
「ふわぁ。」
じゃばり、と音をたてて顔をあげたのは、大きなレッサーパンダだった。大きいといっても、もじゃもじゃだった頃よりはだいぶコンパクトになっている。
レッサーパンダは、まだ少し黒っぽい顔を、丸っこい手でごしごしこすった。
こ、これは……。
悔しいが、ものすごく、かわいい。
わたしは、ぬれた手でその顔を拭ってやった。ほおと鼻のまわりの白い毛が輝きを取り戻す。
「ありがとう。」
黒くまんまるな目をぱちぱちさせながらお礼を言うレッサーパンダは、ものすごくかわいかった。
これなら理解できる。これは神だ。間違いない。
「うわー、きれいになったなぁ! よかったな、お前!」
アルマジロが、ばしばしとレッサーパンダの背中をたたく。
「うん、本当に、全身が軽くなったよ。
これで、もう大丈夫だと思う。
さすが勇者だね。本当にありがとう。」
元もじゃもじゃのレッサーパンダは、まるで中身まで愛らしく生まれ変わったかのように、きらきらと透き通った微笑みを浮かべた。
青い鳥が、祝福するように周りを飛びまわる。
「めでたい! めでたい! なかなかどうして、やればできるではないか!」
パワハラ予備軍っぽい発言はいただけなかったが、青い鳥がいなければ、このすばらしい結末がなかったのも事実だ。
テンションがぶっ壊れぎみのアルマジロとわたしは、笑いながら青い鳥に手を振り、歓声をあげ、万歳三唱をした。
何はともあれ、最後は丸くおさまって、めでたしめでたしだ。さて、わたしとアルマジロは、カフェに帰るとしよう。
「それじゃ、お疲れさまでした!」
元気よく挨拶をした時だった。
「おや? おやおや、ちょっと遅れちゃったかな〜。」
ひょい、と頭の赤い飾り毛を揺らしながら現れたのは、つる草を編んで作った手提げ袋に、オレンジのような果実や木の実を詰めこめるだけ詰め込んだ小猿だった。
そういえば、こんな猿も幻覚の中にいたような気がする。
「悪いね〜、遅くなって。ありがとね。はい、これ、お土産。」
わたしの胸くらいの身長の小猿は、にこにこしながら手提げをわたしに差し出した。
「いや、あの、ご厚意は嬉しいんですけど……、」
知らない人から理由もなくものをもらってはいけないと、昔おばあちゃんが言っていた。
やんわりと押し返そうとしたが、小猿はにこにこと害のなさそうな笑みを浮かべながら、絶妙なタイミングと力加減で手提げを押しつけようとしてくる。
「いいからいいから。これまだまだあるの。い〜っぱいあるの。置いといてもどうせダメになっちゃうんだから。ね!
せっかくだから持って帰ってよ〜。口に合わなかったらね、ご近所さんにでもお裾分けしてくれればいいし!」
これだけのセリフをしゃべる間、猿はわたしの手に手提げの持ち手を引っ掛けようと、体をひねり、手を伸ばし、軽やかなジャンプまで織り交ぜるという猛攻を見せていた。
こ、この猿、できる。
隙を見せたら終わりだ。
「そ、そんな、こんなにたくさん、悪くって! 大体わたしなんかより、こっちの彼の方が、すっごく頑張ってくれたんで!」
早くも体力の限界がきてしまったわたしは、押し付けのターゲットを自分からそらそうと、アルマジロを話に引きずりこんだ。
アルマジロはまんざらでもなさそうに頭や背中に手をやりながら、首を横に振った。
「いやいや、んなことねえよ! お前がいなけりゃ、俺、どうしていいか全然わからなかったと思うし。すっげー貴重な経験もさせてもらったし、マジで感謝だぜ。」
な、なんだ、アルマジロめ。
お前、ものすごくいい奴じゃないか。
「いやー、それにしても、何かをきれいにするって、いいもんだな! なんだか自分まですっきりした気分だぜ!」
にこにこと叫んだアルマジロに、わたしはふと、何かを思い出せそうな気がして、固まった。
そうだ、つい最近、何かを思い出そうとして失敗したのだった。あれは——。
「おぉ〜、いいね! いいこと言うねぇ!」
小猿は、にっこり笑う。
「それじゃ、いっぱい食べて、ゆっくり休んでね。
あとね、職業レベル上がってるみたいだよ。確認してみてね〜。」
小猿がにこにこと、両手で手を振る。
あれ?
気づいたときには、遅かった。わたしの片手には、しっかりと例の手提げが引っかかっていた。
白い壁が、迫ってくる。
やっぱり、最後はこうなるのか。
「ありがとー!
ところでさ、おばちゃん、誰?」
無邪気に手を振り返すアルマジロが訊ねると、猿はウインクした。
「また、次の時にね!」
そしてわたしたちは、ぐにゃりと壁に飲みこまれた。
次の更新は、25日の予定です。
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